22 夜明けの俺
文字数 3,921文字
「朝早くにすみません」
五時前だから当然頭を下げる。
「よほどの用事だろうな。尾行されていないだろうな。とにかく入れ」
寝間着姿の蘭さんは不機嫌だ。背後で吉原さんが俺を見つめている。にらめやしない。
「……お前は疲れているな。あれの気配がいつもと違う」
休息無しで、ただただ純度百の怒りでできた精神エナジー。胡蝶蘭はすべてを見抜く。
ようやくリビングへ通される。
「もう魔法は使わないので、お茶を入れるのが面倒だ」
「いりません。聞いていませんか?」
「誰から? 何があった?」
「柚香の件は? 傭兵の件は?」
首を横に振る蘭さんの目が戦士のものになった。面倒だけどすべて話そう。
「傭兵たちが二人捕まり、ネーチャーとトリオスで救助しました。五人衆と門番と執務室長と百夜目鬼が現れたけど、夢月がUFOを消滅させました。
親衛隊に返り討ちされて、ブルーがハデスブラックに食べられたそうです。他もみんなレイブンレッドにやられて柚香は叛逆者になりました。雪月花端末がなくなりました。
春日が蘭さんに化けて俺の部屋に来たので、夢月がとどめを刺しました」
「……端折り過ぎだが、断片でも胎教に悪すぎる」
蘭さんは黙りこむ。ずっと黙りこむ。
雪月花ではない端末を手にだす。それへと、
「落ち着け。相生がここにいる。色々聞かされたが――」
碧菜とみたいだ。二人はしばらく話しこむ。俺の話は事実と分かったようだが、藍菜にも春日の件はまだ伝わってないようだった。
「一番重要なのは柚香の件」
通信を終えた蘭さんがソファにもたれかかる。
「あの子に非はない。稚拙な作戦で罠に飛びこんだ。本部と夏目の失態を被っただけだ。だから我が身に代えても庇う。
二番目は春日の件。三番目はサント号の件。あの馬鹿は、一晩に仲間を二つも倒したのか? 私がいなくなるなり?
何か起こすと思っていたが次元が違う。誰も庇えるはずない」
「春日を倒したのは俺が主犯です。それに、奴は精霊の化け物になりました。布理冥尊みたいだった」
「精霊になっただと? ……聞いている話と違う」
蘭さんが立ちあがる。そわそわと室内を歩き、どこかに連絡を取ろうとしてはやめる。
「本部のこと。聞かせてもらえますか?」
「まず二人に会いたい。ちょっと待っていろ」
蘭さんが奥へと消える。戻ってきたその手には雪月花端末が三個あった。
「夢月がしょっちゅう紛失するから、櫛引博士から予備をいただいていた。その中でもこれらは、敵に媒体を奪われたことを想定した新基準だ。操作も機能も変わらないがな。これをあの子たちに渡してくれ。お前もまた持ってほしい。ここに転送できるようにしておく」
「了解です」
使い走りなどと思っていられない。俺はマンションをでる。真紅のバイクにまたがり……ガレージでなく自宅を行き先に選ぶ。
***
半壊した部屋に転送と思ったら路上に現れた。時間が早いから人に見られなかったけど、もうバイクごと転送は使わない。玄関前にバイクを引く。
桧はでてこない。俺も声かけない。
夢月は制服をしわくちゃにして、まだ柚香に抱きついていた。めくれているし。
柚香はうなされていない。顔色も悪くはない。
俺は夢月の頬を軽く叩く。
「柚香は疲れていると起きないから、部屋に泊まった時に抱っこし放題。でも秘密だよ」
夢月があくびしながら端末を受けとる。片手で慣れた感じに操作する。
「じゃあね。何かあったら連絡してください」
寝ころんだまま柚香を抱えて、蘭さんのもとへ転送する。
柚香は夢月でなく俺に助けを求めた。だから柚香は絶対に守る。夢月も危うい立場だけど、俺よりは強い。ともに闘う。
でも俺が今からすべきことは、
まだ怖くなさげなアグルさんに連絡する。
『五時過ぎ? 堪忍してくれよ。俺たちは若くないから、あれだけの戦いでも回復が――』
この人もガイアさんもいい人だ。伝えたくない。たぶん敵になる。でも。
「すみません。本部の春日さんを倒してしまいました。迷惑をかけるのでネーチャーから除名してください」
沈黙が長い。寝なおしたのかと思った頃、押し殺した声が聞こえた。
『本部からのメッセージを見ていた。君は布理冥尊に寝返ったな。画像も送られてきている。君が穴熊パックの生身の姿と一緒にいる。……いつからだ?』
……えーと。俺が監視されていたなんて、柚香との上野のデートが筒抜けだったのだから当然だし。あれは一昨日だから……泳がされて、今夜の出来事ではっきりしたなと勘違いされたわけで。押部諭湖のことは清見さんにしか話してないし。
「ほんとにごめんなさい」
えーと。清見さんに会いにいく。それよりも。
『弁解しないのか?』
えーと。本部にばれるくらいならば、布理冥尊にもばれたと想定しないと。
「半分は事実です」
だから諭湖も疑われる。焼石嶺真は夏の頃から疑っていたような。
『責任をとり、僕たちが君を狩ることになるかもしれない。それでもいいのか?』
それでも清見さん……。俺より弱いけど、誰よりも頼りになった。あの人こそ優しくて強い。その人を……。
「仕方ないです。抵抗しないで逃げるだけにします。代わりに俺の家族には手をださない。柚香にも夢月にも。それだけは許しません。では」
『待て――』
端末の電源を切って……。やっぱり諭湖も守らないとな。せめて伝えておかないと。どうやって?
布理冥尊の情報。同じ親衛隊。ペンギン……。
自転車以外で人生初の二輪車運転。十秒でコツをつかむ。広尾を目指す。
***
位置情報を形だけでも消さないと、藍菜に迷惑がかかる。
記憶を頼りに早朝の町をさまよい、二十分ほどしか迷わずに広尾の低層マンションに到着した。わざと離れた場所から歩く。五時四十五分ならば起こしてOKだろう。
ドアホンを鳴らしても反応がない。紗助君と岩飛がここにいる。居留守に決まっている。
「いい加減にしろ!」
六時まで鳴らしたら藍菜がようやく出てきた。酒臭い。
「迷惑かけていますけど、清見さんの住所を教えてください。それと、岩飛を尋問させてください」
「はあ?」
藍菜がコップで水を飲む。落窪さんは現れない。
「本部からの通信をまとめて確認した。
智太君がパックと会ったのをリークしたのは私。昨日清見さんに相談したから理由は知っていた。
スカシバレッドは報酬の力を利用して布理冥尊をたぶらかしスパイに仕立てました。
あなたを擁護するためにそう伝えたはずなのに、湾曲しやがった。それほど本部は頭に来ているみたい」
どうでもいいけど。
「昨夜の戦いで、あの子は明らかに俺の味方になりました。……欺瞞の力に取り込まれたうえに、本宮に尋問されるかもしれません。その前に助けるべきです」
「それで岩飛に居場所を吐かさせるのか? まさにレッドの発想だね。でも私の家で拷問はさせない。それに、嘘をつかまされるだけ。どうしてもというなら、仮面のアジトに連れていけ」
藍菜は頭痛薬を口に入れる。また水を飲み。
「最初に死んだキラメキグリーンはみんなに連絡をして、何があったか察したみたいだ。数時間前から自転車で都内へ向かっている。……彼女を慰められるのならば、特例としてメンバーの居場所を教える」
頷くに決まっている。俺よりもタフなハートと一直線な行動。いずれ芹澤は強い正義の女になる。それまでは、スカシバレッドは偶像を続けてやる。
床の布団でいびきをかく落窪さんを起こさぬように、納戸に入る。もわっと体臭。岩飛は拘束されたままだった。部屋の明かりをつけた俺に怯える。
「…………!」
涙顔で必死に首を振る。きつい展開。
「俺はスカシバレッド。穴熊パックの居場所を教えて」
彼女の猿ぐつわをはずす。
「パックは白金台で両親と暮らしています。トイレに行かせてください! 半日以上放置なんてひどすぎる」
手錠もはずす。へっぴり腰で部屋からでて、落窪さんにつまずき転ぶ。それでも彼女は漏らさなかったし、落窪さんも起きなかった。
……切羽詰まっていたからか、簡単に情報を入手できた。
「監視しろよ。逃げられたら、俺もとばっちりを受ける」
部屋の外から紗助君が覗いた。疑るような目。
「何かあったのか?」
「多少ありましたけど、じきに解決します」
トイレの前に移動する。……窓はなかったよな。マントは回収してあるけど精霊の盾をまとうかも。念のためエナジー銃を心に思う。
紗助君はしげしげと俺の手もとを見て。
「俺はもう戦わない」
自分の部屋に戻っていく。彼から若草の香りは漂わない。
「岩飛いるよな。返事が無ければ開ける」
二分後に声かける。
「すぐにでます。できればシャワーも浴びたいです」
トイレを流す音に続いて、彼女が現れる。疲れた顔。俺の顔を見て不快そうになり、俺の手もとを見て両手を上げる。
「で、でたらめを言ってごめんなさい。諭湖は……千葉県在住です。盾も解除します」
だまされるところだったのか。……こいつは敵。疑わないと。
撃つ気はないけど、銃を彼女の顔に向ける。
「絶対にだな。もしかして船橋辺り?」
だとしたら清見さんが住む町。
岩飛が顔を逸らしつつ何度もうなずく。必死な態度がかわいい。背丈があるからユーモアに感じてしまう。
「絶対の絶対?」念押しに。
「住所を暗唱できます。シャワーさせていただいたら教えます」
「一緒に行こう。そこまで匂わないから我慢して」
エナジー銃を突きつけたまま、岩飛を玄関に誘導する。時間はそんなにない。
目が合って、彼女が舌打ちを我慢した気がした。