41 狂宴
文字数 2,542文字
紅月の野生の感でなくても分かる。十三夜以上に頼れなければ、三対三であろうと勝てない。生き延びるのは奴らだ。
「だ、だめだ。おなかに赤ちゃんがいる。どんな影響があるか分からない」
「だったら空から逃げよ。ミカヅキ! 月の引力!」
瞬間コンボ。紅月が蘭さんを乗せて壁の穴から、横浜港上空の青い空へと飛んでいく。俺と深雪を置いて――。俺たちも逃げないと。
「太陽の引力」
魔女が手をかざす。
「エセお姫様を帰らすわけにはいかない」
ミカヅキが引き戻される。テーブルに激突する。蘭さんが転げ落ちる。おなかを抱える。
その体が浮かび上がる。
「お姫様は私と戦いなさい。勝てたなら、花嫁を解放します」
生身で魔法を使った百夜目鬼の手に、白いマントが現れる。
「太陽の色は白。その光を浴びた月は青色。真なる後継者が現れたのを感じました。なので惨めなお姫様。あなたは不要です」
百夜目鬼が白い魔女となり浮かぶ。
「蘭を返せ!」
紅月が宇宙くノ一となる。ネーミングを再考してほしいが、それどころではない。
「清め賜へ、強め賜へ」
深雪が俺へと祓う。
「紅月にかけろ」
「これからは智太君だけを強める! それに早く終わらせないと、蘭が」
蘭さんは青白い顔で歯を食いしばっている――。その手に雪月花端末が現れる。
「だめだ! 変身するな」俺は叫ぶ。
「そうですね。あなたが加わると体勢が変わる」
白い魔女が浮かぶ蘭さんへと手のひらを向ける。
「うっ」蘭さんが気を失う。
怒り。俺たち四人のとてつもない怒りを感じた。
四人?
「……焼石は何をしているのです?」
魔女から不審な声がした。
「私さあ、テロリストで蘭さんだけは好きだったから。……もう一人いるからさあ、だけじゃないけどさあ」
レイヴンレッドは焼石嶺真に戻っていた。この季節にいまだ白Tシャツだが、それどころではない。
「だからさあ、病院に連れていく。邪魔するならば、あなただろうが倒す」
焼石はジャンプして蘭さんを抱える。泰然な態度でドアへと歩いていく。
「あなたは生粋の信徒よりも従順でした。一度だけ赦します」
魔女は止めない。
「彼女を信じるしかない」黒神子がつぶやき。「清め賜へ、強め賜へ」
「スカ、こいつを倒して蘭を連れ戻す。私もカラスを信じるけど、なんか悔しい」
紅月の手にルビーソードが現れる。
「黒岩が顔ださないから三対一だ! 二十六夜、二十六夜!」
片手で弱い月明かりを放ちながら、白い魔女へと向かう。
「フレア!」
魔女が右手から閃光を放つ。
「きゃあ!」
紅月が吹っ飛ばされる。壁にめりこむ。
「清め賜へ、強め賜へ」
深雪はひたすら俺を祓う。
「清め賜へ、強め賜へ」
「深雪、もういい。ありがとう」
スカシバレッドの手にもソードが現れる。
「紅月、ともに戦うぞ」
「スカやっぱり来るな!」
紅月の手に雪月花端末が現れる。
「こいつめちゃくちゃめちゃくちゃ強い。やっぱり逃げよ! 敵前逃亡!」
「逃がしません!」魔女が両手を向ける。「白色光フレア!」
紅月が白色の光に包まれる。
その光は壁を傷つけない。紅月だけがいなくなっていた。
「逃げるの間に合った?」深雪が聞いてくる。
「分からない。私たちも離脱しよう」
「ユートピアの園!」
魔女が両手をひろげる。
「これであなたたちは祝福に包まれました。この楽園からは一人しか逃れられません」
それから白い魔女は天井に手をかざす。小学生の兄妹と吉原さんが現れる。
「あなたたちは楽園に不要です。家に帰りなさい」
吉原さんたちが消える。
魔女が俺たちを見る。
「あなたたちが戦う相手はハデスブラックです。私は偽りの紅い月を成敗できただけで満足です。ご機嫌よう」
白い魔女が消える。
「ほんとだ。離脱できない」深雪がつぶやく。
――私まで閉じこめられた。この姿でどう生きればいい。地中で過ごせと言うのか?
黒い悪魔が床から顔を覗かせる。……悪魔ではない。露わになっていく体は、フロア全体を占めるほどの巨大すぎる、首の長い黒い亀。甲羅にトゲがぎっしりと生えている。
俺たちへと凍てつく反動を吐く。
「包み賜へ!」
深雪の結界が二人を包む。
「狂おし賜へ」
神楽鈴を鳴らす。
「私はとっくに狂っている」
醜悪な玄武が俺たちへと赤い目を向ける。
「楽園の中でお前たちを食えば、私は祝福に背き完全に消滅する。……これ以上強くなれない。あの方を越せない。そういう呪いをかけられた。
だから、お前たちをただ殺すだけだ。道連れに、巻き添えに殺すだけだ」
おのれへの絶望さえも力にする。こんな奴と戦えない。それよりも紅月……夢月はやられたのか? 生き延びたのか? それよりも。
「一人しか出られないというのも呪いか?」
俺は尋ねる。
「そうだ。かりに私を倒しても、お前たちは殺し合わないとならない。……永遠のユートピアなど存在しない。この楽園も一時間後に太陽に飲み込まれる。その時ここに残る精霊の力は、完全に消滅する」
「なにそれ……」
深雪がスカシバレッドの手を握ろうとする。
あの魔女は嗜虐だ。いつか倒してやる。そのためには、こんな化け物と戦っていられない。だらだら戦って勝てるはずない。
俺が終わらせる!
「すぐに夢月を確認して!」
深雪にそう言って、スカシバレッドは亀の化け物へと飛ぶ。
「ファイナルアルティメットクロス!」
赤いXで凍てつく反動を弾く。
亀が蛇のように首を伸ばし、スカシバレッドに噛みつこうとする。毒牙がずらり。その中は。
馬鹿め。
「私を食い殺せ!」
スカシバレッドは逃げない。真正面から口へと飛びこむ。
暗闇。でかすぎる牙が突き刺さる。貫通して切り裂かれる――。猛毒だ。瞬時にしびれていく。
だとしても。
「ジャスティスブラッドクロス!」
レベル200を越えて出せるようになった高位の
真っ暗闇。ハデスブラックが悶絶する。スカシバレッドは血を嘔吐する。
だとしても。
「ジャスティスブラッドクロス!」
更なる正義のXが闇を赤く照らす。悪魔の獣の口腔を破る。スカシバレッドの体は酸のごとき唾液に溶けていく。
だとしても。
「ジャスティスブラッドクロス!」
ハデスブラックの脳髄を破壊す――