07 黄昏林道
文字数 2,948文字
「白い渦が見えたら、おなかに力を入れて踏んばってください。そしたら転生しても意識を失いません」
甘ったるい声で諭される。胸を押し当てられて立ちあがらせられる。
ここはどこだ? 東京と違い重い雲が覆っている。それでもまだ日が落ちない山の中。意識なきまま未舗装の林道に座りこんでいたようだ。
俺はまず自分の指を見る。赤いマニキュア。俺好みじゃないけど彼女にはきっと似合う。その指で頬をさする。
俺はスカシバレッドになっている。
不敵に笑ってみせる。
「木畠茜音と一緒に隼斗と会っていた。しばらくあの子は来ない」
「こっちの世界ではアメシロとピンクと呼びましょう。ブルーもまだですね。こんな時間だから仕方ないですけど」
「俺たちはなにをすればいい?」
「じきに指示が来ます。落ち着いてくださいね」
はやく終わらせたい。空から何かがばさりと降りてきて身構える。……俺の手に赤い籠手が現れた。今日は矢が装てんされている。
「やめてよ、私だよ」
白色のオウムがイエローの頭にとまる。
「与那国司令官がまだだから、モスプレイが登場しない。指示も分からない」
「連絡を取れないのか?」
「これは
「指示があるまでは待機。言われてはいますけどね」
イエローが付け足す。
この国の平和とか悪の邪教集団を倒すとか関係ない。壬生隼斗を生かす。いや、元気にしてやる。そのために戦い続けないとならない。それは、茜音やイエローやブルー、おそらく司令官も同じだろう。一人は実社会で寄りそい、二人はポイントを譲り、もう一人はチームの勝利よりも仲間の命……隼斗の健康を優先と記した。
「ピンクの具合はどうでした?」
「うーん、ぼちぼちかな」
戦場なのに雑談してやがる。でも、まだ修羅場のような状況で出会っただけの連中だけど、俺はこいつらを信じる。俺の仲間だ。駆けだしレッドであろうと、こいつらの力になってやる。逃げるのでなく勝利するために。
「二手に分かれよう。俺は道を上に進むから二人は下を目ざして」
俺は指示待ち人間じゃない。
「敵の全容も分からないのに一人で? たしかにレッドのレベルは35あった」
「最初からそんなに! 私たち三人合わせたより多いです」
「たしかに幹部補相手なら互角だけど、コンディションは26だった。おそらく経験不足が数値化されている。つまり実質は35の26パーセントだから、9ぐらいだ。上級戦闘員がレベル7前後だから、それを相手にアドバンテージがある程度」
戦闘員って、奇声をあげて刀を振りまわすだけの連中だよな。つまり俺は強い雑魚ってことか。
「だったらイエローと行く。茜音はここで待っていて」
俺は勘を信じて林道を歩きだす。イエローが横に並び俺へとうなずく。
「私はいまの体だと戦闘力はないけど一緒に行く。あとから転生されてくる人は、先行したメンバーのもとに現れる。それとレッドでいるときはアメシロと呼べ。オウムだからと馬鹿にするな!」
アメシロが路上を低く飛び先行する。こいつも役になりきってやがる。ならば俺も。
「私たちも急ごう」
イエローとともに駆けだす。オネエ言葉が心地よい。
***
「正解だ。女性の悲鳴がした。私は鳥なんで耳と目だけはいいからね」
アメシロがイエローの頭に戻る。
「165センチのイエローのが160ぐらいのレッドより止まり心地がいいからだ。170センチのブルーが来たらそっちを止まり木にする。140のピンクの髪は巣にして寝るには最高だけどね」
160ならば実際の身長が173センチの俺とならちょうどバランスがいいかな。なんて思っていられない。奴らは一般人も襲うのか。まさに悪の組織だ。
「さらに偵察しようか?」
アメシロが言うけど俺は首を横に振る。
「離れず案内だけでいい。勝てる相手ならば急襲しよう」
命は大事に。モスガールジャーのモットーには従う。
ここはどこの山だろう? 雑木林に挟まれた道は薄暗くなっていく。遠くでカラスが鳴いている。オウムの指図を受けながら、警戒しつつ歩いていく。
「アメシロがモスプレイに乗っていないならば司令官不在か。指示は届いているのか?」
いきなりブルーが姿勢よく横を歩いていて驚かされる。
「悲鳴が聞こえたそうです。布理冥尊の仕業でないとしても助けましょう」
俺を挟んでイエローが正義の目を向ける。ブルーがうなずきかえす。駆けだすので追いかける。アメシロも羽根を広げる。
暮れていく砂利道を走りながら、ピンク色の毛糸帽子の男の子をまた思いだす。
「みんなの報酬と代償は?」立ち止まることなく聞くけど。
「そんなことをここで聞くな」ブルーに一蹴される。
「失礼極まりないですね」
「戦うことに集中しろ」
イエローとアメシロも追随する。答えたくないだけかも。
「俺の――私の報酬もまだ分からなかった」
「そうか? 昨夜のポイントと別に初回ボーナスも受けとったはずだ。うすうす感づきそうなものだがな」
「レッドの特性は?」イエローが話題をそらす。
彼女の走り方は女にしか見えない。俺も見習わないとな。ブルーは、こいつ男だろって目で見ると、野郎が走っているとしか見えない。スカートは一番短くて、脚線も一番だけど。
「質問されただろ。――龍と陰。内容は博士に問い合わせ中だが、どうせまた言葉遊びが返ってくる」
アメシロが代わりに答える。
「だが龍は使えそうなネーミングだな。
私は“
イエローは“猪”と“貫”と“
ピンクは“巨樹”だけだ」
「そして私は“
特性は聞きもしないのに教えてくれる。オウムにも特性があったのか。というか、そのままじゃないか。
***
下からエンジン音が聞こえ林に身をひそめる。幌をつけた中型トラックが通りすぎる。荷台に黒色の男たちが複数腰かけているのが視認できた。
「あれは下級戦闘員だよね?」
俺は尋ねるけど、ブルーの頭からオウムの体が薄らいでいく。
『待たせたな、モスガールジャー諸君』
司令官の声がした。知らぬ間にスマートウォッチをはめていた。
『今回の任務は人質の奪還。の手助けだ。しかし群馬の山奥に彼女たちが到着するのは一時間後になる。それまでに人質たちは洗脳される恐れがある。なので我々は必死で時間稼ぎをしないとならない。健闘を祈る。
これこれアメシロ噛むではない。急に呼びもどしたのは悪か――』
「人質ってなに?」二人に尋ねる。
「拉致された一般人だ。奴らは生け贄と呼んでいる。精神エナジーの強い人を悪へと洗脳する。最後は力づくでな。それを阻止する。……雪月花がな」
「トラックには十人ぐらい乗ってましたよね。他にもいるわけだし、おそらく幹部クラスも」
イエローの顔が青ざめた。またも修羅場らしいが、そんなシチュエーションにピンクを転生させる訳にはいかない。魔法少女だかを待っている場合ではない。
「三人で端からやっつけよう!」
レッドは二人に強い目を向けて、真っ先に走りだす。森はどんどん暮れていく。