27 清め賜へ、強め賜へ
文字数 3,951文字
マンティスグリーンが片側だけになった鎌を振りおろす。
「ウラミルフさん。俺はあんたよりずっと強くなったぜ」
「くっ」
リベンジグレイが剣を両手に受けとめる。
「清め賜へ、強め賜へ」
黒神子姿の深雪は御幣を手に俺へと祈る。
「織部、分かっているだろうな? お前はもはや人ではない。」
リベンジグレイが異形をにらむ。
「おぞましきに手をだした貴様らは、精神エナジーが倒れれば、心は永遠の闇に閉ざされる」
「それが怖くて寝返ったのか?」
マンティスグリーンはにらみ返す。
「あんたも原理主義だよな。なんなら喰いあおうか?」
「清め賜へ、強め賜へ」
「私は堕ちぬために貴様らから去った。……拾ってくれる人がいたから去ることができた!」
美麗の女戦士がハナカマキリを押し戻す。
「ただただ過去のおのれを恥じ恨み、私を救った正義に報いる!」
刀を振るう。
「ちょろいんだよ」
飛ぶ斬撃をマンティスグリーンが跳ねて避ける。
「清め賜へ、強め賜へ」
深雪は俺へとひたすら祈る。
俺はスカシバレッドの体を見る。切り付けられ、熱波を浴びた。かわいそうに。
でも俺は彼女と痛みも苦しみも共有できる。俺が叱咤すれば、スカシバレッドは立ちあがる。深雪が俺に戦えと言うのだから、俺はおのれを鼓舞できる。
俺もスカシバレッドもまだまだ戦える!
「清め賜へ、強め賜へ」
深雪はエナジーの残滓を、祓いの魔法に注ぎ続ける。
『スパローピンクは力尽きた。彼女を置いて、エリーナとシルクがスカシバと合流の機会を狙っている』
モスウォッチ経由でアメシロが伝える。
隼斗だって強い。おそらく自分から置き去りになるのを望んだ。俺をセンターにするために。
「清め賜へ、強……」
「無駄な努力!」
いきなりカマキリが振り向く。俺たちへとレーザー光を放つ。
スカシバレッドは立ちあがる。姫を守るソードを両手に、祈りつづける人の盾となる。
バシン!
レーザー光を弾く。
「……め賜へ。清め賜へ、強め賜へ」
俺の力は今までになく……。
「清め賜へ、強め賜へ」
「隙あり!」
リベンジグレイがマンティスグリーンへと刀を振り上げる。なのに。
「ぐわっ」
見えない鎌にわき腹を斬られる。さらに二対の脚で蹴飛ばされる。
「怪我した擬態だよ。多少やられたが、もう治ったぜ」
カマキリが両方の鎌を顔の前でかまえる。
目前で何が起ころうが、俺は深雪の前から動かない。清め賜へ、となおも続く。
「く……。ここまで強くなれるのか。だが」
リベンジグレイは立ちあがる。……強め賜へ、となおも聞こえる。
「若き戦士のために、私は倒れてもいい!」
清め賜へ。
リベンジグレイが剣を上段に駆ける。レーザーを弾く。
強め賜へ。
マンティスグリーンを縦に斬りつける。避けられるけど。肩を深く裂かれるけど。
清め賜へ。
リベンジグレイが、カマキリのむき出しの腹に剣を突き刺――。
「……時間切れか。無念」彼女が消える。
「強め賜……。もう駄目。相生、がんばってね。へへへ……」
柚香が倒れこむ。相生智太は振り向かない。授かりし力をみなぎらせる。
マンティスグリーンが俺を見る。
『津軽海峡上空でジェットゴキ消滅。紅月は帰還中!』
深雪のもとへ瞬間移動で帰ってこいよ。
絶対的存在が到着までの時間稼ぎ……。そんな弱き心は力を減らす。俺は落窪さんほど強き心じゃない。だったら心に炎を燃やせ。俺がこいつを倒す!
スピネルソードへとエナジーを注ぐ。
「アルティメットクロス!」
「マンティスクロス!」
赤いXが緑を突き破る。マンティスグリーンの腹に当たる。
「げひっ」
巨大カマキリが前かがみになる。
「アルティメットクロス!」
陰惨なまでの赤い斜め十字の追い打ち。
「ふげっ、……なんだこりゃ」
カマキリがうずくまる。鎌が焼け落ちる。
擬態だろうが知るか!
さらにさらに追い打ちをかけるべく、スカシバレッドが駆ける。
「くそ……。人の姿に戻れぬとしても」
マンティスグリーンが残された鎌で立ちあがる。
「原理を我が身に!」
ハナカマキリが力を込める。その背中からツノが生える。その目がより邪悪になる。
目前で、見上げるほどの巨体となっていく。溶け落ちた鎌が手に戻り、巨大に復活する。
知ったことじゃない。
『マンティスグリーン形状変化。レベル、オーバー。測定不能……』
だから知ったことじゃない!
スカシバレッドは振りおろす鎌を華麗に避ける。舞い上がり、二つの目に燃えるソードを投げる。
「ぐおわああああ……」
悪夢のごとき異形の悲鳴が、秩父どころか比企郡さえも震わす。
スピネルソードは手に戻る。
スカシバレッドが獲物の急所を探る。この腹はもはや鋼。頭蓋も同じ。でも脳髄の破壊。全てを死点に導く。なぜに守らない。すでに二秒もむき出し。ならば。
彼女は舌舐めずりをして。
目を鎌でかばい喚くカマキリの頭に至近から。
すべてを込めて。
「ファイナルアルティメットクロス!!!!!」
紅蓮の炎とともに十字に斬りつける。
10メートルを超すハナカマキリが倒れる。地響きが丘を揺らす。
『レッドの瞬間レベル……。測定不能』
「なんてこった……」
しぼんだマンティスグリーンが、鎌を地面に体を引きずる。俺から逃げようとする。
「もう終わりだ。俺はもう救われねえ」
人喰いめ!
俺はまだまだ戦える。
二人がやってきた。だから、対のソードを投げて手をあける。背中に刺さり、ハナカマキリがまた悲鳴をあげる。
「救われるはずがない」
スカシバレッドが、人でなくなった織部をにらむ。
その手をブルーが握る。イエローも握る。
二人へと布理冥尊への怒りを分かち、逆流して、同時に叫ぶ。
「「「スパイラルレインボー!」」」
マンティスグリーンが消滅する。
***
「スパちゃんが寝ていたから連れてきたよ」
かぐや姫が戻ってくる。スパローピンクが、ミカヅキに頭と足を垂らして乗せられていた。落ちたらどうする。
『任務完了。モスガールジャーは本機に帰還して。雪月花もご苦労。貴隊とはここで解散する』
アメシロはまだ緊張を隠せない。
俺たちは、彼女たちと離れてすべきことがある。記憶を消せない女の子。なにより伊良賀紗助……。
ブルーがピンクを抱えて上空へと飛んでいく。
緊張を緩めたスカシバレッドからは、すでに授かった力は消えている。ぼろぼろぼろの体でイエローの柔らかい体を運ばないとならないけど、深雪にお礼したい。彼女は白い巫女に戻り、紅月がしゃがんで抱えていた。十二単衣が焦げた地面に広がっていた。
「なんでこんなに力を使わせたの? お蘭だって、ここまで頼らない」
かぐや姫から理不尽ににらまれる。
瞬間値だろうと、こいつと同じで
ツノを生やしたマンティスグリーンの鎌は、俺を一撃で屠る。野生の感がそう
紅月が深雪を揺らすけど、顔を見ただけでいいや。イエローも待っているし。伊良賀紗助も。あの女の子も……。
目を見れば分かると、相生智太をスカシバレッドと見抜いた子。記憶が消えていない子。
「紅月? ……終わったんだね? 相生も生きているよね?」
深雪がうっすら目を開ける。かぐや姫への全幅の信頼。
「エビとゴキブリだけ倒した。スカが鬼を倒しやがった。楽しみに取っておいたのに」
またスカシバレッドを理不尽かつ意味不明ににらむ。その目線の先に、深雪は気づく。
「相生さ、こっちに来てけ……方言がでちゃった。へへ」
深雪の格好をした柚香がはにかむ。
「私はもう動けませんので、あなたが立たせてください」
こっちだって歩くの精一杯だけど。
「柚香の口調のがいい」
スカシバレッドは彼女を起こす。ぼろぼろの身でも軽いな。小さいな。きっと相生智太が抱えても。いまからシルクイエローとスイカふたつを抱えて飛ぶよりは……。
「私は相生がどんな姿でもいい」
黒髪の柚香がスカシバレッドの胸にもたれる。そこから俺の目を見る。
「でも最後に相生の顔を見たい」
ふたりは光に包まれて、見つめあったまま裸になって、もはや腹などに力を入れられず、時空に飲みこまれて――。
****
強まる雨音に目を覚ます。隣には柚香が眠っていた。
飾りけのないワンルーム。でも女の子の匂いがする部屋。俺は柚香の部屋に送られた。
彼女はまだ眠っている。時計は十時半……。さすが柚香。慎重にも部屋に明かりをつけてでかけるのか。冷房も。二人とも私服だけど靴は脱いでいる……。魔法のしわざか?
短い金髪をさする。柚香がすこし微笑む。悪くない夢を見ている。このまま起きるまでここにいよう。ここがどこだか知らないし、俺ももう少し寝たい。……ふたりして起きたらキスしたい。
なのに時空にホールが開く。
「あっ、智太君起きたんだ。寝顔かわいかったよ」
薄青のパジャマ姿の夢月が現れる。
「私は着替えてきたよ。今日はここにお泊り。だって柚香ばかり智太君と寝るなんてずるいから。起きたら何かやりそうだし」
夢月がシングルベッドにもぐりこむ。俺は二人に挟まれる。汗臭いねと笑われる。だったらくんくん嗅ぐなよ。寝返りうてないほど狭すぎだし。
なんでも柚香の下宿は夢月の家の近くで、ちょくちょく泊まりに来るらしい。ここは世田谷区だけど、最寄りの駅は渋谷区とのこと。
スマホは鞄の中か。机の上にあるけど、夢月をどかすのが面倒くさい。モスガールジャーからメッセージが届いていると思うけど。あの二人はどうなったのだろう……。
どうでもいいや。もうちょっと寝よう。柚香がまた夢で微笑む。俺は天井を見上げて目をつむる。
「蘭はどうしたのかな?」
夢月が魔法で明かりを消す。