01 文京区シェアルーム
文字数 3,315文字
まだ三時だから、岩飛は『昼は蝶』だろう。桧は学校。竹生夢月にしても――。
夢月もここでの集団生活を始めた。披露宴会場がテロのターゲットになり、一人娘は朝まで消息不明。半狂乱に近かった母親へと、ふらふらの俺が事実を伝えた。目のまえでスカシバレッドになってみせた。俺が夢月を守ると約束した。
夢月さんが高校を卒業したら結婚します。それまでに戦いを終わらせて、こっちの世界で一人前の男になります。そう告げた。
夢月は自室で寝ていた。俺はひたすら必死に地面に足をつけていた。じきに彼女の母はアメリカへ赴いた。しばらく帰ってこない。曾祖母は「そうかい、そうかい」と高級介護ホームに入居した。
「いらっしゃい」つなぎ服の湖佳がドアを開ける。「お客さんがいますよ」
リビングの八人掛けのでっかいテーブルで、髪を伸ばしだした千由奈がなにか伝えたそうな顔で座っている。この子はここのところ……その向かいに相変わらずショートヘアの木畠茜音がいた。
立ちあがった茜音の手に黒いマントが現れる。彼女が白いビキニ姿になる。
おお……。胸は並み以上で手足がすらりとした彼女こそスタイルがいい。すなわちエロい。十一月も半ばというのに、夏が待ち遠しくなった。
精霊である茜音が拳を握る。
「腐れ外道!」
正義の一撃を感じた。だとしても、俺は両手のひらで茜音のパンチを受けとめる。2メートル吹っ飛ぶ。立ちあがろうとして、激痛が走る。両手首があらぬ方向を向いていた。
「腐れ外道!」再びの正義の怒りが俺を襲う。
「加減して!」千由奈が叫ぶ。
手加減されたか分からないけど、俺はレインホワイトの、すなわちレベル207のドロップキックを生身で受ける。玄関まで吹っ飛ばされる。
意識が飛びかかる。
「それくらいでよろしいでしょうな。次は死にますぞ」
巻き添えを喰らいかけた湖佳が言う。
「湖佳、早く治してあげよう」千由奈が言うけど。
「参謀殿にマントを返してもらわぬと精霊になれません」
「相生。殴られた
カジュアルシャツの茜音に戻ったレインホワイトが言う。
痛いほどに分かっている。陸奥柚香を裏切ったから。それに対する木畠茜音の怒り。
俺は脚の筋肉だけで立ちあがる。
「優柔不断のスカ野郎って、お前がオウムのときに言ったよな」
そのためじゃないにしても、睨んでしまう。
「選ぶ相手が違うだろ! 振る相手が違うだろ!」
茜音は涙目になった。
「陸奥は自己中心で挙動不審なお前のペースに合わしていた。三人で学食で食ったのは九月だよな。陸奥は幸せそうだった。お前なんかに……お前なんかにだ!」
その手にまた黒いマントが現れる。指摘通りだとしても、俺は心に仮面ネーチャーを思う。
「俺に勝てると思うのか?」
規格外対レベル142だとしても……やっぱり負けるかも。それでも俺の手に端末が現れる。
「宴の後!」
ツインテールの精霊が叫ぶ。その手には桜の枝。どちらも変身できない。
「智太さんが選んだ道に間違いはない。これ以上
ハウンドピンクが茜音を睨む。すなわち白ビキニの茜音のレベルが一割落ちて、スカシバレッドは一割上がる。さらには補助攻撃の詰め合わせ。
「この男の本質だと思うけどね。千由奈も信じすぎると、ああ巫女と同じ目に……」
湖佳が茜音のもとへ歩み、手を突きだす。
「この部屋が壊れても困るのでこれくらいでいかがでしょうか。例の件を智太殿にお伝えしませぬか」
「あんたらから説明しておけ。私はバイトに行く」
茜音がマントを湖佳に返し、自分の鞄を持つ。唾をかけたさそうな態度で俺の横を過ぎる。玄関のドアを乱暴に開けて去っていく。
「湖佳。とりあえず智太さんの怪我を治してあげて」
ハウンドピンクも不登校の女子中学生に戻る。
***
「手首も折れている」
見えないパックに伝える。すごく痛い。
――命に別条がない部位なので後日です
風が答える。レベルが戻った穴熊パックは生身の傷を癒せる。誰のでも治せるわけではないらしいけど、俺の傷は完治できる。でも後日とはいつだ?
――と言うのは冗談です
痛みが消える。穴熊パックが黒ビキニ経由で地味めな女の子の姿に戻る。あらためて俺へと、
「参謀殿とブリーフィングをしておりました。東北遠征に智太殿にも参加していただきます」
「東北?」素っ頓狂な声をだしてしまった。あっちはもう冬だろ。
「ええ。本来は出身地である深雪が主にすべきですが、おお巫女殿はとてもそのような任務を果たせる精神状態にありませぬ。なので、花鳥風樹とモスガールジャーで暇なメンバー、すなわち私と千由奈と智太殿になります」
「ただし、
いまや『昼は蝶』のナンバーワンである岩飛はだせないか……。女の子二人だけで一番も二番もないし、南極トビーが来ても自分だけ生き延びるだけだし。
桧と隼斗と夢月は学校……義務教育を放棄した元布理冥尊の二人はともかく、俺だって学生ではないか。でも死んで三割も落ちたレベルを挽回する機会だ。柚香が行かないのならば、彼女と顔を合わせずに済むのならば……ちょっと待て。
「東北には星空義侠団がいる。俺たちが出向く必要がない」
柚香の先輩であるセイントアローが率いる正義の一団。
「奴らこそ不穏らしい。あの団体の残存とねんごろと本部がつかんだ」
千由奈が言う。ねんごろって仲良しみたいな意味だよな。
「大司祭長が手下を集めなおすターゲットかもしれない。……桧と同様に」
桧には、蘭さんの口からすべてを告げてもらった。魔女が後継者と目していることを。その魔女が夢月を殺したことも。俺と柚香とハデスブラックを閉じこめて殺し合わせたことも。妹は怒りに涙したらしい。
「桧がサディスティックな魔女のもとに去るなど、絶対にありえない」
俺は断言する。
「あの方がサド? ならばあなたは何でしょうか? 自分の胸に聞いてください」
湖佳が俺へと冷えた笑みを向ける。
俺は何も言い返せない。
「智太さんの言葉尻をとるのはもうやめよう」
千由奈の困惑した顔。
「話を戻すよ。四人は隠密で動く。なので司令部は参加しない。もちろん何かあればモスプレイもスーパームーンも登場する。スパローピンクも」
それはピンク同士の個人的希望だろ。
「日にちは?」
「智太殿の都合に合わせます。ただし一日では終わりませんな。目指す地は北温泉ランド。すなわち山形県です。そこの名湯各所にあの団体支部が築かれだしたようです。ひとつずつ消していく必要があります」
「そこに魔女はいるのか?」
「いないとしても現れるでしょうな。覚悟だけはしてください」
月明かりをだせない状況下だったとしても、ライフ値が一秒に1回復できない宇宙くノ一だったとしても、紅月を一撃で消し去った。
「魔女は原理主義ではないのだよな?」俺は尋ねる。
「呪の文字はネガティブにもポジティブにも捉えられます」湖佳が答える。
桧の哀と同じ。もう一つ聞くことがある。
「東北の奴らは原理主義なのか?」
「いいや。それどころか比較的まともだったと聞く」
千由奈が答える。ならば何故、花鳥風樹は戦う? 彼女たちは原理主義を成敗するだけのはず。
「疑問に思うこと分かりますぞ。私たちは方針を変えました。――智太殿を殺した者の手下にも報いを与えねばなりませぬ。これは桧殿の発案です」
「トビーも同意してくれた」
なんて答えればいいのだろう。……俺は弱くなった。この子たちを守れないかもしれない。だとしても、千由奈と湖佳が行くのならば断れるはずがない。いや、むしろ頼るべき女子中学生だ。
「ありがとう。だったらすぐに向かいたいけど、金曜日に必修が二つある。なので、その日の夕方出発しよう」
「はあ? 土曜日の午前に旅立ちましょう」
週末に清見さんのお見舞いに行こうと思ったけど、明日うかがおう。……戦って強くならないと、夢月を守れない。さもないと、死してなおレベル248の彼女に守られるだけだ。