14 晩秋の空
文字数 2,967文字
アメシロのオウム声がサント号上に流れる。この円盤はモスウォッチなしでも通信できる。
『お釜がもう一つできるほどにモスキャノンをぶっぱなしたのちに、深雪君が結界を張り超音波を放つ』
与那国司令官が言う。
『トリオスの金銀は深雪君を援護してくれ。直後に赤三体が突入。主戦はスーパームーン。レオフレイムとスカシバレッドがサポートだ。魔女が現れたならば、奴と何度か戦っているトリオスが前線で指揮しろ。アギトゴールド君頼んだぞ』
「シンプルな作戦ですな」とクワガタ女が答える。「あぶく銭つかまされんようせんとあきまへんで」
こいつがトリオスの実質リーダーだったのか。さすがは尼崎出身。どんな町か知らないけど。
俺は心に雪月花を思う。右手に端末が現れる。柚香との通信は切れたまま。画面を二回タップする。
「さむ! 空だし! 寒いからこっち! 変身!」
制服姿の夢月が現れると同時にかぐや姫になる。晩秋の山形上空ではスクール水着を選ばなかった。
「……レオフレイムがいる。あいかわらずお笑いみたいな格好」
「まだスーパームーンと呼べばいいのですかね。知性を感じられない名前と顔」
「レオちゃん、今日こそは仲よくしましょ。そろったところでほんまものになりますか」
タガメ女が浴衣姿になる。
「よけいに寒いわ!」
残る二人も変身して、くしゃみする。浴衣姿のレオフレイムがまた焚き火する。
「レオフレイム、遊びは終わり。消して」
アギトゴールドが強い口調で言い放つ。鼻をすする。
『五分前。巫女をそちらに転送する。コードを教えて』
サント号の上に乗った五人がフリーズした。トリオスの三人が二人を見る。紅月は俺を見る。
「関東の人はえげつないな」
レアシルバーがぼそりと言う。
「オウムさん一分前で充分ですわ。――スカシバはんはレオフレイムと一緒に行動してな。かぐや姫は自力で飛んでください」
アギトゴールドが三人に告げる。
「……了解」
「うん」
「飛べなくて迷惑かけます。スカシバさん、よろしく」
レベルが一番低いスカシバレッドはレオフレイムの運搬役かよ。
***
『60秒前』アメシロの声が緊張しだした。
北風が吹いた。スカシバレッドは顔を合わせない。よろしくとレアシルバーが会釈する。深雪は無言のままだ。かぐや姫はちらちら見ている。
「かわいい……」レオフレイムの嘆息。
思わず目を向けてしまう。
深雪は黒髪に戻して短くしていた。首にかかるおかっぱ頭。子猫の瞳。罪悪感を上回る後悔……。
『45秒前。ターゲットに二百メートル手前まで接近して』
スカシバレッドは我に返る。レオフレイムが隣に来る。
「せいや! ミカヅキ!」
お祭り娘が現れた。ハンターの目で林に隠れたアジトを見つめる。なのに深雪をちらりと見る。瞳に逡巡が漂う。
『30秒前、29,28』アメシロのカウントダウンが始まる。
『早まらぬようにな。モスキャノンに巻き込まれるぞ』
背後で黒い光。スカシバレッドはどうしても見てしまう。ショートヘアの黒神子――。
『19,18、17、ギャー!』
アメシロがオウム声で悲鳴をあげた。
『き、巨大化した虎に襲撃された。援護に来て』
さすがレイヴンレッド。
『いや。本機は宇宙まで退避する。諸君らはすぐに作戦を開始せよ』
与那国司令官のどたんばの捨て鉢。
「ばれているならば最大限の攻撃や」
アギトゴールドが紅月を見る。
「魔女はなおもあんたを恐れていましたぜ。滅びの光を」
「だったら至近からだよ。遠くからだと巻き添えが拡大する」
深雪の声、柚香の声だ……。
「……うん!」
お祭り娘が嬉しそうに飛びだす。ミカヅキに乗り両手で空を抱きかかえる。それを林へと向けて、白い光に包まれる。
いなくなった。……また一撃で消えてしまった。でも。
死んではいないと、野生の感が断言した。
「魔女だ! どこだ?」
「左下からフレア、避けろ!」
サント号が上空へと退避する。
逃げる場合じゃない。
「俺は戦う!」
スカシバレッドはサント号から飛び降りる。
「私も行きます!」
レオフレイムがしがみついた。飛べない彼女を巻き添えにできないだろ。
「私は高度2000メートルから落下しても平気です。跳躍も200メートルできます」
ならば巻き添えだ。
夢月はどこだ? 雪月花端末は静かなまま。俺は彼女を守ると誓った。なにもできなかった。死んでいるはずない。もう死なせない!
魔女が宙に浮かんでいた。俺へと手を向ける。白い光。レオフレイムが背中にいようと余裕で避ける。
白い魔女がまた手のひらを向ける。背中のレオフレイムが足をスカシバレッドの腰に絡ませる。両手を上に伸ばして下ろす。
「この体勢で使えるのは、フレイムオブエンペラー!」
髪に熱を感じた。白いフレアを炎が飲みこむ。白い光は突き抜ける。スカシバレッドは軽々と避ける。
「地上戦に持ち込もう!」
レオフレイムの声は風にも負けない。
スカシバレッドは地上を目指す。……俺の体のどこかで端末が振動した。スクランブルだ。やはり夢月は生きている。なのに俺のはスクランブルに対応できない仕様。
心に雪月花を思う。
「どこにいる!」
端末に怒鳴る。返事はない。白い光が飛んでくる。
「フレイムオブトルネイド!」
レオフレイムの叫びとともに、炎の渦に包まれる。炎が守ってくれるけど、なにも見えない。しかもかなり熱い。
「空中戦はサント号で戦い慣れているけど、スカシバさんの背中を抱くのは……汗ばんでますね。いい匂い」
スカシバレッドの貞操シールドが発動した。なんて奴だ。
「そろそろ地面です。解除します」
炎の渦が消える。同時に白い光。命を賭した模擬戦の成果。これくらいぎり避ける。
『スカシバレッド聞こえる?』
深雪の声がした。
『私は雪月花の端末をオンにした。スーパームーンのスクランブルに対応できた。彼女はライフがほとんどないまま閉じこめられている。回復するそばから消えていく。私がフォローしても同じ。……魔女の呪いだ』
「どこにいる?」
『夢月はアジトに落とされた。露天風呂がある庭。敵は掃討済。結界を三重に張ってあるから君は来なくていい』
来なくていい?
「そちらに向かう」行くに決まっている。
『……彼女の傷はひどい。見るべきではない』
通信が切れる。……だとしても。
「私とサント号が囮になります」
レオフレイムがようやく体を離す。
「ここにいる六人が力を合わせれば必ず魔女を倒せる。まずはあの子を復活させて」
魔女は俺を怒らせた。六人も必要ない。それでも。
「お願いします」
スカシバレッドはすべての仲間に感謝する。再び空へと浮かぶ。
アメシロから連絡はない。モスプレイが消滅すれば、俺は昨夜の宿に、深雪は東京に戻される。でも、とにかく夢月。上空からアジトが見えた――。
金色の矢! なによりも早く鋭い。スカシバレッドはそれでも避ける。夢月との模擬戦の成果だ。そうに決まっている。
「やっぱりおめも一晩で回復しだな」
天馬の特性をもつセイントアローが待ちかまえていた。剣闘士のくせに手には洋弓。矢を放ってくる。
そんなもの、スカシバレッドは首だけを横に曲げて避ける。姫を守るソードを両手に現す。