04 男の立ち位置
文字数 2,661文字
「夏目、逃げろ」
清見さんが冷静にドアを開ける。
「そ、そだね。私はリハビリしないと。じゃあ、さようなら」
司令官が去っていく。陸さんが途中まで同行する。
「月は授業中だ。現れるのに平均で三分かかる。柚香、早く取り消せ」
蘭さんは言うけど、俺たちのテーブルの上に体操着姿の竹生夢月が現れる。
「体育の授業だったのか。そりゃ何も言わずにこそこそ抜け出せるよなって、そんなはずないだろ! すぐに戻れ!」
「はあ? 柚香のスクランブルは絶対だって、一時間説教を二回されたから急いで来たのに」
白いTシャツに紺色の膝上ショートパンツをめくった夢月が蘭を見る。ついで俺に手を振り、涙の柚香で視線が止まり、そこからずれていき。
「敵は……こいつか?」
春日をにらむ。ハンターの眼差し。
「な、何を言う……」
擬態野郎が動揺していやがる。
「春日は布理冥尊みたいな顔をしているが、本部の人間だ」
仕方ないから教えておく。
「ふっ飛ばしたくなる面だが擬態だ。敵じゃないらしい」
声にだして呼び捨てた気がするが、今さらどうにもならない。
「紅月、降りろ! 俺に尻を向けるな!」
仮面ガイアが夢月の太ももを叩く。パシンといい音がした。
夢月がきゃあと悲鳴をあげる。某国の国旗ほどに真っ赤になる……。涙目になるのかよ!
「おまわりめ。智太君の真ん前で私の肌に触ったな……。赦さない」
紅色の光とともにかぐや姫が現れる。
「うわあ」
十二単衣にテーブルの上のドリンクが弾かれて、春日にかかる。
「いい加減にしろ!」と清見さんがおしぼりを投げる。
「ふん!」
かぐや姫が奇跡的なイナバウアーで避ける。立ちあがった春日の顔に当たる。
***
まだ一単衣にスタイルチェンジしてなかったのか。そんなことはどうでもいい。
「紅月さん! 私はかわいこ戦隊モスガールジャーの新隊員。芹澤陽南と申します。コードネームはキラメキグリーン。
特性は“流星”と“
紅月さんのひとつ下です。お噂はいろいろうかがっています! これからよろしくお願いします!!!!!」
「やった! 初めての年下女の子だ! こっちこそよろしくね!」
変身を解除した夢月が芹澤とカウンターの向こうでハグする。彼女の目線から察するにカラオケをやりたさそうだ。二度ほど聞かされたが、かわいい声色だったな。
もちろんそんな場合ではない。夢月が現れ司令官が逃げ、結論ありきだった会議が混沌としてきた。
「ガイアさん。こんなに汚れちゃって、きれいに拭いておきますね。……素敵な体。今度アグルさんとご一緒に非番の昼にお越しくださいね。ウフフ」
「どこも濡れてない。シルク、いいから向こう行け」
陸さんの好みは三十代ゴリラ体形なのか。ここぞとばかりに仮面ガイアの隣席を確保している。いらないと言われているのに、司令官のボトルで勝手に水割りを作る。ガイアさんはトイレに逃げる。清見さんはイライラしているから目を合わせないようにする。
収拾がつかないので、俺はカウンター席に座る。十二単衣のせいで俺のコーラまでシャツに浴びた春日が俺を睨んでいる。知ったことじゃ――。
春日が笑いながら力を込める。……制服姿の桧になった。妹が俺を嘲笑う。
「この野郎!」
「なんだ? おら!」
「ぐえ」
飛びかかろうとした俺に、トイレから戻ってきたガイアさんの大外刈りが決まった。受け身は取れたけど一本だ。
「何を興奮している」
誰にも気づかれずに老人の姿に戻った春日が笑う。
脅しのつもりか。俺はすぐに立ちあがる。
「夢月来い。一緒に変身だ。このジジイを倒す」
「うん! やった!」
夢月がカウンターを軽々飛び越えてくる。彼女を皆から隠すように覆って抱き合う。
ガイアさんが春日の盾と立つ。その手に端末が現れる。知ったことじゃない。
「変身……」
夢月が俺の目を見あげて、動きを止める。
「……智太君。怖いよ」
俺へと怯える。
「原理主義どもの相手などするか。喰われそうだ。――深川蘭。どう収まったか本部に連絡しろ。早急にな」
春日である老人の手に端末が現れる。老人が消えていく。
「……なにしてら?」
店の隅で蘭さんに延々と説教されていた柚香の低い声。彼女は俺でなく夢月を見つめていた。
「そこから離れて」
夢月はよけいにしがみつく。
昼下がりのスナックの沈黙は五秒……。
「帰る」俺が彼女から離れる。「芹澤。駅まで案内して」
桧のもとに行かないと。
「いい加減にしろ! チーム編成が決まっていないだろ」
ガイアさんが怒鳴る。
「皆さんで決めてください」と俺はドアを開けるけど。
「相生。何かあったのか? 手助けしよう」
清見さんが立ちあがる。
この人は仲間だ。涙がでそうになる。
「ひとりで大丈夫です。……やっぱり俺は仮面ネーチャーと組ましてもらいます。ガイアさんよろしくお願いします。モスガールジャーは深雪を信じてやってください。よろしくお願いします」
二度頭を下げて外にでる。柚香が茫然としていた。
「蘭……。また言われたよ。なんで私が原理主義なの?」
芹澤が閉じかけたドアの向こうで夢月の声が聞こえた。
***
歩きながら藍菜に電話するが話し中だ。
「本部の方用だったダミーのタクシーがあります。それを使用してください」
芹澤が道案内をする。
明朗な声。すらりとした背格好。特性まんまに向日葵だ。
「また一緒に戦えますよね! 私はその時までにずっとずっと強くなって見せます!」
俺はうなずくだけ。心が図太いほどに強くなった彼女へと、質問は受け付けないオーラをだしておく。柚香のこと。夢月のこと。原理主義のこと……。俺こそ聞きたい。
コインパーキングに回送タクシーが止まっていた。芹澤が俺をうながし、精算機にコインを入れる。
「どちらまで?」
スマホをいじっていた三十代のドライバーに聞かれる。こいつも本部の人間か。
「中井草の駅まで」
桧は、俺が卒業した高校に通っている。目的地がばれようが構わない。すでにあいつらは俺の身内を知っている。正確に模写できるほどに。
タクシーが動きだす。直立不動の芹澤の敬礼に見送られる。
「あなたが誰なんて教えてくれませんよね」
運転手がバックミラーで目を合わせようとせずに聞く。答えるはずない。
駅のそばで降りる。領収書を頼んだら無料だった。だったら高校までお願いすればよかった。
じきに直属でなくなる司令官へと連絡する。まだ話し中。
思い出少なき母校へと歩きだす。