34 古巣
文字数 4,000文字
端末を操作して、もう一度モスプレイへ戻る。ハウンドピンクと与那国司令官しか残っていなかった。
「あと三分で石神井公園上空だ。――トリオスは石垣島まで追いつめられたが、海に潜り逃げきった。魔女の魔法は月明かりに匹敵したらしい。……魔法紳士ウェーブラビットが犠牲になった。ベテランさんが一掃されたな」
模擬戦に立ち会ってくれた稲葉さんも……。勝利の味がしない。
「落窪さんの看病に行かせてください」ハウンドが言うけど。
「必要ない。死んでも誰も見舞いに来させるな。彼からの少ない申し出のひとつ」
司令官が答える。
「それよりトリオスたちのおかげで百夜目鬼の特性が判明した。“太陽”と“楽園”と“呪”。連中で残っているのは奴だけだ」
「レイヴンレッドは生き延びました」
俺が伝える。与那国司令官は、そうかとだけ言う。
司令官と互いに敬礼を交わす。スカスカのハウンドピンクは、もはや桜を散らせない。千由奈を抱えて東京の空にでる。公園の裏の裏で変身解除して、二人は疲労困憊で我が家へと歩く。午前三時半。
台所でいつ寝たか覚えてないが、昼近くに起きると毛布が掛けてあった。
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神奈川県沿岸部の一連の破壊行為を隠ぺいすることはもはや誰にも出来ず、宗教団体によるテロ活動と流布されだした。その内紛とも伝わった。それでも、あの四文字はSNSでは見当たらない。勇気ある岩飛が神奈川のネットカフェで上下二文字ずつ検索させられたが、それらしきはヒットしなかった。
あの戦いに参加した三チームと一人は報酬ポイントを四等分した後に、各チームの方針に沿って再分配した。つまり俺と夢月は四分の一ずつ独占した。
仮面ガイア レベル63(-39)
仮面アグル レベル63(-38)
スカシバレッド レベル測定不能
白滝深雪 レベル188(+2)
シルクイエロー レベル 56(+6)
スパローピンク レベル 99(+16)
キラメキグリーン レベル 68(+29)
エリーナブルー レベル 6(0)
リベンジグレイ レベル 95(-90)
ハウンドピンク レベル186(+1)
穴熊パック レベル 90(増減不明)
南極トビー レベル108(+3)
HA16 レベル105(増減不明)
スーパームーン レベル測定不能
花鳥風樹は藍菜の見舞いに行き、端末で正確なレベルを計ってもらった。HA16こと桧の特性も調べてもらったが、千由奈だけが聞いた。
「“月”と“哀”」
俺にだけ教えてくれた。
「太陽と相克するブルームーンだ。人の姿の精霊になった時に、右耳に三日月のピアス、左耳に半月のピアスがあったそうだ」
それが意味することは、百夜目鬼を倒す者、もしくは後継者らしい。
「誰にも言うな。夢月の耳に絶対に入れるな」
何度も念押しする。俺まで蒼白になってしまう。
「……哀ってネガティブかな?」
「だろうな」千由奈が答える。「こんなの本人に言えるはずない。端末が壊れたと司令官はごまかしてくれたけど」
戦いから一週間が過ぎた。柚香と夢月とはメッセージだけで少々やり取りしている。藍菜は退院したらしい。穂村からも連絡が来た。また水族館に行きたいねと、他愛もない内容。
落窪さんは復活したらしい。仮面の二人も――。
仕事を一週間休んだ二人は、久しぶりの出勤前に俺と会ってくれる。朝六時半にアジトでだ。その後にすべきことは決まっている。俺と柚香だけじゃない。みんなの力を借りる。
こんな状態だから、俺もレベルオーバーになったことに感慨を持てない。
*****
カーテンもなく薄暗く埃っぽい部屋。場所はどこだか知らないままだけど仮面ネーチャーのアジト。テントに飽きた際に二度ここで寝たが、ばれてすごく怒られた。
二人はすでにいた。備品の整理をしていた。
「親衛隊隊長と執務室長を倒したことを心から祝福する」
白い長袖シャツのガイアさんが、がしりと俺の手を握る。
「戦いはもうじき終わる。僕たちは見守ることしかできないけどね」
紺色の長袖シャツのアグルさんも、さわやかに笑いながら俺の手を握る。
「ありがとうございます。……お疲れさまでした」
二人が前線に立つことはもうない。レベル80を越えないと合体できないし、もはやそこまで数値が伸びることは考えられないからだ。
仮面ネーチャーは解散してしまう。俺は元のチームに戻ることになる。
「僕たちのバイクは余計なものを取り除き、自宅に持ち帰り私用に使う。君が望むのならば、スカシバイクとティアラは、古巣に帰っても使ってもらいたい」
「よろしいのですか? ぜひ使わして下さい」
しかも転生でなく変身する絶好の口実だ。モスに戻ろうが個人事業主は続ける。
「よくぞあそこまで壊したな」
ガイアさんがゴリラのように微笑む。
「新品とまではいかないが修理しておいた。精神エナジーを注ぎながら自力で直す。お前はメカに疎いだろ。また壊れたら連絡しろ」
「こことガレージは今日限りで使えなくなる。スカシバイクをどこに置くかは夏目に相談しな」
「了解です。……今後はどうされるのですか?」
本部の手伝いをするのか? それだけは聞いておけと、藍菜に言われている。
「動的亀甲隊に入隊させてもらう」
「はい?」
「一戦闘員としてね。非番の時しか参加できないけど、亀の隊長も男を十人以上従えるのだから引退できないな」
傭兵さん達も解散が決まり、正義の味方を続ける七人が亀甲隊に入るらしい。あのクールをコンセプトにしていたチームは、十三人のむさくるしい男たちと美女一人のチームになる。……つまり関東管轄は、亀甲隊とモスガールジャーとスーパームーンだけか。裏方作業の亀甲隊こそ格好いい。正義オブ正義だ。
「さてと。そろそろお開きだな」
ガイアさんが悲しげな目をする。
「仕事をしていたからとはいえ、相生とは生身でなかなか会えなかったのが残念だ」
「いつかみんなで会えると思います。その時はバーベキューしましょう」
俺の真面目なセリフに二人が大笑いする。
「ガレージに行こう」
アグルさんが荷物をまとめる。
「実を言うと、ここの真下なんだ。場所は豊洲の裏の裏」
「最後だからシャッターを開けて三人でツーリングするぞ。ここは十分後に炎上するが、延焼はしないように施してある」
ガイアさんが荷物を背負い、釘打ちされたドアをゴリラパワーで開ける。二人は革ジャンを羽織る。
数分後には、復活したスカシバイクは黒いバイク二台と連なって倉庫街を駆ける。都心に入り、三台はそれぞれの目的地へと分かれていく。
俺は広尾を目指す。
***
「お待ちしてました、ぐひひ」
エプロン姿のやつれた落窪さんが出迎えてくれた。
「先日はありがとうございました。リベンジグレイ、格好よかったです」
「見納めですよ、ぐひひひ……」
「直接来て良いのですか?」ここのところ藍菜は慎重だったのに。
「もはや公安は介入してきませんからね。それに規格外が二人もいれば、ですよ」
「智太君、ひさしぶり」
チェック柄シャツとデニムの夢月がソファに寝転んでいた。ジャージ姿の藍菜が腰をマッサージしていやがる。
「夢月はともかく、猟犬を呼ぶ必要があるのか? オウムだのペンギンだの、ここはふれあいランドか?」
「コウモリまでいるしね。んだね?」
柚香と茜音がいがみ合いながら奥の部屋からやってきた。どちらも珍しくスカート。その後に、千由奈と岩飛が続く。千由奈はベージュのスカートにだぼっとしたトレーナー。岩飛は極薄手のクリーム色セーターとスリムな白チノパン。手当で買った新品の服を着ている。
「久しぶり」柚香が笑いかける。ぎこちない笑み。
「そうだね」俺も笑いを作る。
「全員揃ったから、夢月ちゃんそろそろ終わりでいいかな? 私も退院したてだし」
藍菜が
「うん」
「そしたら夢月ちゃん起きてね。みんなが座れないから」
「アメシロちゃん、そのシャツかわいい。私もそっちに移動しよ」
それぞれがソファに座る。俺、夢月、由香、藍菜、茜音、千由奈、岩飛……。三人掛けのソファに四人座るから、隣の岩飛に押されてきつい。一人掛けの三脚には藍菜と茜音と夢月が座る。
「モスの三人は部活とお店で出席できない。花鳥風樹の残り二人は留守番」
大型バイクに轢かれた後遺症もない藍菜がみんなを見渡す。
「それでは三チームによる、彩りランド支部殲滅作戦及びエリーナブルーの復帰戦のブリーフィングを始める。まずは日にちだが本日の二十時より」
「本宮に寝泊まりしていた奴らが、そこに集結したらしい。なので、なめてはいけない戦力だと思って。しかも支部は市街地にある。潰れた複合レジャー施設に偽装している」
茜音が話を引き継ぐ。
「デリケートな戦いになるから、あの支部の内情に詳しい南極トビーに事前に参加してもらった」
「私は千由奈さんの護衛で来た。そう聞いていましたけどね」
岩飛が珍しく語気を荒げた。
「古巣を売れって言うのですか? できるはずないっす。私は帰ります」
「岩飛座っていろ」千由奈が言う。「正義のためだ。耐えてくれ」
「……だから、あの二人は連れてこなかった。なるほどね」
岩飛は立ちあがる。
「私は帰る。追いたければ追えばいいです」
その隣で、俺は自分の立ち位置が分からなくて座ったままだけど。
「あやちゃん、ふじみ野に帰りたいの?」
藍菜が笑いながら言う。
「その程度の整形なら気づく人はいると思うよ。池袋東口の繁華街よりは少ないにしても」
岩飛の動きが止まる。
「
茜音が岩飛をにらむ。