08 さらなる修羅場
文字数 3,494文字
「数十年後の技術ほどのステルスだ」
エリーナブルーに教えられる。長身で凜とした横顔に
上空からの指示に従い、林にひそみ広場を覗く。
「幹部不在。人数も想定より少ない。ラッキーというべきですかね」
シルクイエローが優しく微笑む。こいつも男だ。そして俺より強くて優しい人だろう。
丸太棒に縛られた一般人はちょっと年上ぐらいの女。気絶しているようだ。トラックで連れてこられたらしき若い男性も、抵抗しながら縛りつけられる。
奇声をあげながら気勢をあげるのは、下級戦闘員が十名。中級が二名。褐色のコスチュームの上級が一名。人質のまわりで野蛮なキャンプファイヤーみたいに踊っている。こりゃ気を失うわな。
すぐに助けにいきたいけど、緑色の迷彩服にベレー帽を被ったエリート戦闘員が一名いる。こいつだけは、他の連中の後ろで腕を組んでいる。たまに時計を気にしている。
「エリートはレベルがおおよそ18。私たちに気づいていないから、
そう言うブルーを俺はにらむ。
「あの子を巻きこむことを口にするな!」
そう怒鳴る俺をブルーが眼鏡越しににらみ返す。
「そんな意味で言ったのではありません」
イエローの温和な顔がきつくなる。
「敵を壊滅する必要はないのだから、ポイントを稼ぐ絶好の機会に立ち会って欲しかったのです。……本来ならば、囚われの人を救うためだけに戦えですけどね」
いない人間は代償が無いかわりに貢献も受けとれないのか。なんだか嫌らしいシステムだな。最初からスパイラル(意味は茜音に教えてもらってある。連鎖とか螺旋だ)に取りこまれているみたいだ。
『私の考えだと、弱いのを倒してから三人がかりで対エリートがいいかも。人質を傷つける恐れがない煙幕弾で掩護する』
アメシロの声がモスウォッチ(腕時計の正式名称だ)からした。
ゲームでも最後にボス戦だものな。司令部が上空から見守っていると心強い。
『うーむ。最初に難敵を倒すこそ定石かもしれぬが、敵数が多いと人質の身に何が起きるか分からぬし、レベル35のレッド君がいれば心配ないだろう』
割り込んだ司令官の声に、ブルーが「おお」と賞賛の目を向ける。実質はレベル9だろ。エリート戦闘員の半分だろ。
***
三人の顔にゴーグルが現れる。
『5,4,3』
モスウォッチが秒読みを始める。というか、AIを真似ているがアメシロの声だ。一人二役だ。
『1,0』
ヒューーーー…………ドッカ~ン
伐採した木材置き場が白煙に包まれる。
「突入!」
ブルーが飛翔する。俺はイエローと共に地を駆ける。作戦は少し変更した。ブルーが人質を解放して守る。残る二人は敵を端からやっつける。最後にラスボスエリート戦闘員を三人がかりでぶっ倒す。
司令官が言うには、俺たちだけで片を付けて鼻を明かす作戦だそうだ。
『トラックが二台接近中!』
アメシロの叫びが時計から聞こえた。
『お、おそらく奴らだが、一般車の可能性もある。どどっちにしても人質が乗っていたらモスプレイで攻撃できないし。茜音っち、どうしよう?』
司令官の動揺しまくった声……。
突入した直後にかよ。もはや引くことなどできない。――ゴーグル越しに、立ちすくむシルエットが二体映しだされた。
どうにもならない! こんな時あの子だったら。
「モスガールジャー見参!」
叫びとともに手にソードが現れる。下級戦闘員を背中からなで斬りする。
「私が二代目レッド。スカシバレッドだ!」
赤い剣筋が煙幕を二度断ち切る。二体の戦闘員が消えていく。
「レ、レッド?」
慌てふためく影が同士討ちしている。生き残った背中にソードを突き刺す……。
戦いのさなかにふと思う。初代レッドはどうしたのだろう?
「落ち着け! 生け贄の周りに集まれ!」
『トラックの到着予測は五分後。任務を変更します。四分三十秒以内に人質を回収して帰還。変わらずブルーが奪還! あとの二人は掩護!』
双方の指示が入り混ざっている。俺は敵を探しては背後から攻撃する。
げっ、一撃で倒れぬ奴がいた。振り向き俺へと刀をおろすので、ソードで受けとめる。……こいつら力だけはある――矢が装てんされた籠手が見えた。
「どうやって発射する?」
押されて目の前まで来たモスウォッチに尋ねる。敵の顔がにじり寄る。こいつは中級戦闘員だ。
『掛け声!』与那国司令官が答える。
「く、喰らえ」
矢は発射されたけど、はずしてしまう。すぐに装てんされる。
「喰らえ!」
敵の眉間に刺さる。中級は薄れていき、圧がなくなる。俺は肩で息をしていた。
頑張れ、スカシバレッド!
白煙の向こうに黄色い影が見えた。槍を振り回している。煙幕が薄らいできている。
「女性の救出成功。まず一人をモスプレイへ保護する。この地点から高度八百まで降りてきてくれ」
闇空に青い影が飛んでいく。俺の顔からゴーグルがなくなる。つまりもう不要。
黒色が二体向かってきた。刀を軽やかに避けながら一体を切り裂く。振り向きざまにもう一体の背中を――。
右肩を衝撃が貫いた。同時に爆音。つんのめり転がる。激痛が押し寄せる。……朱色コスチュームが銃を構えていた。上級戦闘員かよ。
『レッド被弾! ライフポイントが6低下!』
まったくもってゲームのノリだがリアルに痛い。この子の生命値はどれくらいだろうって、腕がしびれてきた。
また銃声。俺へと刀を振り上げた黒色が消えていく。
「猿どもが手柄を横取りするな」
仲間をたやすく撃った上級が、俺へ銃口を向ける。口もとが笑っていやがる。
『出血しているのでライフは削られる。イエロー応急処置をお願い! 相生君頑張って!』
「本名は駄目です! レッド踏ん張りどころです!」
イエローの声も荒い。彼女は下級と中級の二体に応戦していた。
飛べ!
心のどこかで声がした。だからしゃがんだ姿勢から跳躍する。際どく銃弾を避ける。
右肩を押さえながら眼下を見る。イエローは中級と槍で交戦していた。その足もとで一体が消えていく。
「喰らえ!」
俺はピストルを向ける上級へと矢を放つ。矢は体に突き刺さらずポトリと落ちる。奴は銃口を下ろす。もっと降りてこいと笑いながら手招きする。
残りの敵は……、エリートが下級を二体引き連れて、人質の前に陣取っていた。薄暮に浮かぶ俺を見つめている。こいつは背丈が2メートルあるな――。
軽々と跳躍した!
目前に飛んできたエリートに蹴りを喰らう。こみ上げてきたあの子の胃液を口に感じた。
左頬に衝撃を受けて首が曲がる。
この子の顔を殴るな!
怒りが沸き立つのに、俺は墜落していく。
ズシン!
ズドン!!
地面に激突した俺の背中への、上空からの飛び蹴り。彼女の血の味を知ってしまう。
『レッドのライフ値が――』
迷彩服から伸びる手が、俺の左腕をひねり上げる。
「貴様らは機械に頼りすぎだ」
エリートがはまったままのモスウォッチを握りつぶす。俺の手首も
「私が相手です!」
中級を倒したらしいイエローが槍を向けながら突進してきて、銃声とともに転がる。
下級戦闘員の卑しい喝采が聞こえる。
パラララララと、軽やかな機銃掃射の音。空から攻撃を受けて、油断していた上級が倒れこむ。
エリートは俺を持ちあげ上空からの盾にする。俺はそいつに籠手を向ける。至近から、その目を射る。矢は眼球に跳ね返される。
「生き延びたのは私と傷を負った
エリートが俺の両手を
イエローは身動きしない。太ももから地面を濡らす出血が、もはや真っ暗な闇なのに視認できる。
「司令室からの指示だ。雪月花到着までまだ三十分以上。全員退避せよ」
ブルーがイエローを守るように着地する。
「ピンクの招集は中止した。人質を見捨てるのはやむ無し。捕囚は許されないから、逃げられぬなら華々しく散ってくれだと。――スパローが残るから全滅にはならない。だから私は最後まで援護する。ともに散って、ともに生き返ろう」
イエローの
私服の男が助手席から降りてきた。踊りだした戦闘員たちが頭をさげる。
おそらく幹部クラス。