46 血みどろの牙
文字数 3,853文字
穂村だって俺と同じだ。倒すべき敵を目前にした俺と同じだ。ならば俺も彼女を敵として扱う。獅子である穂村利里は敵だ。
「その眼差し……地上の誰よりも素敵なのに」
俺の目を見て、穂村の目も赤く変わる。
「フレイムオブカタストロフィ!」
巨大で密度ある炎を水平に放たれる。
こいつは俺を怒らせた。もう逃げ惑わない。
一直線に最短距離に。
「終わらせる!」
スカシバレッドはソードを盾に突き抜ける。
「焔舞!」
さらなる炎が待ちかまえていた。肩を焼かれながらえぐられる。
だとしても刹那の交差を――すべてが込められたクリティカルな一撃を避けた。
ならば即座に切り返せ。体とひとつになったスピネルソード。レオフレイムの背中。
「ジャスティスブラッドクロス!」
彼女も振り返る。
「焔舞!」
赤と赤の熾烈な競演。裁きのXが迎え撃つ炎の剣を弾き飛ばす。
むき出しになったレオフレイムへと。
身とつながった対のソードで。
「ジャスティスブラッドクロス!」
レオフレイムの浴衣がXに裂ける。彼女の顔が苦痛に歪む。
スカシバイク。背後の寄り添う体温。水族館。思い返すな。
終わりにしたいなら、夢月だけを思え。
姫の笑み。心と一体になったソード。姫を守るソードで。目を閉じて吠えろ!
「ジャスティスブラッドクロス!」
牙のごときXを叩きつける。
穂村利里の悲鳴。耳を閉ざしたい。
すべてが終わった後の竹生夢月の笑みを思え。無垢な笑みだけを思え。エナジーは無限に湧き上がる。
落ちていく穂村を冷血なスカシバレッドは追撃する。
傍観するハゲと宗像がいた。その足もとには千由奈。激突してドームを揺らす穂村。
西日本のエースである彼女は立ちあがる。血みどろの浴衣。その手にソードはよみがえる。俺を刺し違えるべき敵と見る。レオフレイムこそ最高の戦士だ。スカシバレッドへと跳躍する。
終わらせろ。互いの牙で削りあえ。
「焔舞!」
「ジャスティスブラッドクロス!」
強者である穂村の剣がスカシバレッドの胸を貫く。
さらなる強者が血のXを叩きつける。
レオフレイムがドームに穴を開けて落ちる。
まだだ。終わらせるために追撃しろ。とどめを刺せ。
俺の手で? 穂村を?
できるはずないだろ。
スカシバレッドはしゃがみ込んでしまう。
「ぼろぼろじゃないか」
ハゲが俺を笑う。その手に藍色のマントが現れる。
「俺の特性が分かるよな。“海賊”と“天使”だ」
それが何故に羽根の生えたシャチになる? 気にしている場合ではない。こいつは強がっている。横たわる俺に怯えているから、俺を龍にさせたくないから精霊になれない。
誓って絶対に金輪際龍にならない。こんな奴らを喰らうはずない。
だから座ったまま喘ぎながら、にらみ返すだけにする。
「……住吉ならば傷ついた龍を倒せるだろ」
宗像の手に端末が現れる。
「一緒に戦ってくれよ」
邪神のごときスカシバレッドから目を離せぬままハゲが言う。
「相討ちでかまわない。お前だけは復活に力を貸す」
宗像が千由奈を抱きかかえる。端末のボタンを押す。
「二人とも倒れるのはうまくないからな」
「ざけんな!」
龍の咆哮。千由奈とともに消え去ろうとする力をかき消す。
スカシバレッドは立ちあがる。オヤジどもは腕に生えたソードだけを見ている。
「……冗談抜きに永遠の闇へと引きずられそうだ」
宗像が千由奈の身体を俺へと向ける。
「だが私は姑息だ。この娘を餌にされたくなければソードを消せ」
ハウンドピンクである千由奈はぐったりと目を閉じたままで、笑う。
「桜散れ」
手に現れた枝を振る。
「私も姑息だ。追跡はまだしない」
宗像だけが消える。
「む、宗像……。どうせ戻ってこないよな」
藍色パンツだけのハゲが震えだす。
「そういう男だものな。……俺は誤った。みんな誤った。誘いに乗らず、黒岩のようにあの方の力でいれば、終わりなど来なかった」
ぐちぐちうるさい弱い敵を尻目に、スカシバレッドはハウンドピンクを抱き起こす。春風の治癒を授かり、胸の傷口が塞がる。
「私が生きている限り龍は不死身だ。殺されて追跡されるか、兄のもとに連れていくか決めろ」
よろよろの千由奈がハゲをざまあと笑う。
「連れていく」
ハゲが両手をあげて降参する。真下からの炎に飲みこまれる。
がおおおおお
ドームを突き破り、巨大すぎる二本足のライオンが現れる。黒焦げになったハゲを引きちぎり投げ捨てる。狂った目をスカシバレッドへと向ける。
「桜吹雪!」
ハウンドピンクが全霊をかけて枝を振るのに、なにも起きない。
地上のサイレンなど暴走した穂村の耳に入らないだろう。馬鹿すぎる報道のヘリコプターが飛んできた。ライオンが顔を向ける。
すべての盾となれ。スカシバレッドは飛龍のごとく化す。
「敵は俺だろ!」
巨大な異形であるレオフレイムのぶっとい首へとスピネルソードを突き刺す。体ごと突き抜ける。スカシバレッドが穂村の血で染まる。
ライオンである穂村の最後のあがきが始まる。その雄叫びにドームが崩壊していく。その咆哮にスカシバレッドは吹っ飛ばされる。
どんどんと飛ばされる。
どんどんと。しゃちほこが見えた。
名古屋城までも飛ばされたではないか。天守閣に激突する。巨大な獅子が空をまたいで跳ねてくる。
胸の傷がまた開いた。でも俺をターゲットにしてくれるなら、名古屋の被害は最小限――。ライオンの口から巨大レーザー!
スカシバレッドは天守閣を盾にする。瓦解するそれともども空堀に落ちる。腕からソードが消える。瓦礫が降ってくる。
……ゴキブリと猫が戦っているようなものだ。もう立ちあがりたくない。
「戦い足りない。龍になれ」
巨大な赤いライオンが俺へと命じる。お前だってぼろぼろだろ……。自衛隊は賢くて飛んでいないのに、テレビのヘリだけ追ってきた。生で中継されている。日本中のみんなが見ている穂村こそ、いまの世への叛逆者だ。
なんでこんなことになっちゃったのだろう。
「穂村ごめん」
彼女と並んで歩いた夜の京都を思いだす。静かな街並み。ピンク色の狼煙……。ピンク色の狼煙!
「穂村ごめん」
高精度ならば避ける必要はない。ひとつの結末を見届けるだけ。
音もなく照射される高位エナジー。巨大なライオンが石垣へともたれる。
それでも獅子は闇雲に空へとレーザーを放ち、またモスキャノンを浴びる。堀へと巨体を転がす。その腹部に大きな穴が開く。
その体がしぼんでいく。赤いシスターになる。
彼女へと体を引きずる。瀕死の陸の王がスカシバレッドを見る。
「どげんしたと?」
平静さを取り戻した瞳。
「うち、また暴走したと?」
その姿がかすんでいくのを、獅子はなおも耐える。
「俺たちのせい。穂村ごめんなさい」
スカシバレッドは彼女を抱えようとして腕がないことに気づく。
「そげん顔されたら赦すしかなか。……うちも赦されるかな」
スカシバレッドの右腕に唇を当てる。
「まだ戦うと? ちかっぱ頑張りね」
左腕にもキスをする。スカシバレッドへと残りのエナジーを注いで、レオフレイムが消滅する。
気絶した千由奈を乗せたコノハが飛んできた。隼斗であるちびっ子が俺へと手を伸ばす。
スカシバレッドの手は復活しているけど。
「夢月は? 柚香は?」
その答えを聞くまで握り返せない。
スパローピンクは
「どの姿でも僕には智太さん。だから一緒にグリーンを奪還しよう」
そう言ってくれるならば、こう答えるしかない。
「まだだ。順番を変えた。さきに千由奈の兄貴を救う」
スカシバレッドは自力で浮かびあがる。
「千由奈。宗像を追跡しよう」
ハウンドピンクは目を開ける。
「は、春風の治癒」
なおもスカシバレッドの胸の出血をとめる。
「私は犬死したくない。あなたも休むべき」
また目をつぶる。
「千由奈ちゃんこそ休ませてあげて。お願いします」
寄りかかったピンクを、もう一人のピンクが支える。俺へと強い目で訴える。
『司令部より。これ以上独断を続けるならば、貴様にもモスキャノンを照射する』
アメシロの声がした。
『嫌ならばモスプレイに戻れ』
『智太君! ジジイはずっとスカっちを狙っていたんだよ! 私がずっと脅したから撃たなかったんだよ』
夢月の元気な声がした。……そんな理由でないはずだ。大都会の真ん中で撃てなかった……でもない。俺を照射しなかったのは、俺が龍にならなかったから……。それだけでもないはず。
『私はモスガールジャーへの帰還を許された』
柚香の声は震えを耐えていた。
『智太君も許された』
二人の声を聞けただけで、スカシバレッドは安堵する。そんな感情はエナジーに変わらない。でも愛情は力に変わる。穂村を倒した悔恨さえ越える。
『第35普通科連隊に包囲されているのだから早く来い。また本部に私がどやされ……もうあの組織は存在しないか。誰かの仕業でな。はははっ』
終わりを共有してくれるのならば。
最後の最後の戦いのために、モスへと合流しよう。違った。合流させてください。
滅茶苦茶だろうが一途な正義を、もう邪魔するものが現れないでくれ。切に願う。
「夜闇」
弱った結界に守られながら、スカシバレッドはコノハを追う。
敵味方で生き延びているのは花鳥風樹。宗像。焼石。三度目の死を待つ百夜目鬼。夢月。それとモスガールジャー。
それと櫛引博士。