29 どんどん嵌まる
文字数 3,072文字
「あれ? 合体できそうだったのに」
かぐや姫は残念そうだ。
彼女とだけは共に離脱できるように、やはり俺たちはパートナーらしくて、限りなくひとつになりかけた。でも俺はマント経由の精霊で、夢月は端末経由の正義の味方だ。同じだったら合体していたかも。夢月が紅いマントでスクール水着になってスカシバレッドと抱き合えば、おそらく……化け物が出現する。龍と鳳凰の巨大ミックス。……百夜目鬼が喜んでやってきそうだな。原理をこいつらの身にって。
などと考えている場合ではないだろ。この女は、後半からは問答無用で本部を瞬時に五人も倒してしまった。鉄人フォルツーナはスカシバレッドの仕業としても、こいつは十五夜を出しまくった。正義の味方あがりの人たちを壊滅させやがった。
スカシバレッドは立ちあがる。お尻と髪の毛の埃をはらう。
「東京には帰りません。栃木にも寄りません。このまま本部残存の二人を探して倒しましょう。とりあえず私の私服をだしてください」
謝って済みそうもないし、いまさらどうにもならない。あの人たちは永遠の闇に閉ざされるわけでもない。年配は回復が遅いみたいだが、三日も寝込めば日常生活できるだろう。ならばシンプルに進めるだけだ。
「うん。初夜! あれっ? どっかいっちゃった。スカっちごめんね。ミカヅキ!」
スカシバレッドは寒々しいままかぐや姫に抱きつく。宮城を後にする。
「でも居場所なんて分からないよ。どこを探すの?」
この姿で北海道に行きたくない。
「九州から始めましょう」
「やった、皿うどんだ!」
ミカヅキが音速にギアをあげる。
***
さすがに広島で休憩を取ってもらう。
全国チェーンの例のディスカウントストアがあったので、スカシバレッドは衣服の調達を試みる。このスタイルはあの店に違和感なさげだけど、夢月にお任せで見立ててもらい屋上で待つ。彼女のスマホで電子決済は当然だ。しかし身も心も寒い。
「ドンキでペイペイ使えなかったよ」
露骨に固有名詞を言いながら、夢月が手ぶらで戻ってくるではないか。
「この制服着る? 私はかぐや姫になれば平気だよ」
夢月は159センチでスカシバレッドは163センチ。あの子のが足も長めだからスカート丈ががっつり短くなる……。スカシバレッドの制服姿。見たいけどあの子は二十歳だ。それに自分の彼女を白い下着姿で変身解除させるわけにはいかない。
「あなたの部屋に行けば服があるかしら?」
「竹生堂は鍵なくしちゃったから入れないよ。窓を割ったりロックを壊すと、お母さんに一時間も怒られるんだよ。あっ、あの病院に学校のジャージじゃあるよ。パジャマにしているんだよ」
「それでいいわ。貸して」
「うん。敵前逃亡!」
計画性がゼロの赤い二人は広島から東京の藍菜の病室まで離脱する。この距離だと立ちくらみみたいになった。夢月は平気ぽい。
真っ暗で静かな部屋。窓には分厚いカーテン。スカシバレッドはコスチュームの上から赤い上下のジャージを着る。体育の授業はどうしていたのかより……藍菜に声かけるべきかな……六畳ほどの個室が赤く照らされた。
「じゃあ行こう。ミカヅキ! 月の引力!」
壁が前倒しに破壊されると同時に病院内にサイレンが鳴り響く。
「ちっ、スカっち、はやく」
屋上から軍用ヘリコプターが離陸するのを見ながら思う。トリオスより何より、かぐや姫とだけは共闘してはいけなかった。などと後悔する間もなく。
「ミサイル撃ちやがったよ」
善悪の境い目。なのにミカヅキはターンする。飛んでくる黒い弾頭を、姫りんが蹴り返す。
ミサイルはヘリに当たる。直前にパラシュートがふたつ開いたけど……千代田区のやんごとなき広大な敷地に残骸が降りそそいでいくではないか。
姫が振り返る。
「広島に戻ろ。海を挟んで向こうにいるかも」
だったらそのまま四国に向かいたかった。ジャージなんかいらない。
***
鋼の精神力のスカシバレッドでも、雪月花端末がひっきりなしに鳴っていると具合が悪くなる。琵琶湖のほとりの天守閣の屋根で休ませてもらう。
「なにがあっても、ここで月明かりをださないで。二度とお城を壊さないでね」
「うん」
鳴りやまない蘭さんからの通信をオンにする。無言のまま耳に当てる。
『死んだ霧島さんが必死に連絡してくれたぞ。俺たちが戦って敗れることを望んだ。だから、
蘭さんの声が怒りで震えている。
『レオフレイムが泣き叫んだらしい。関西の本部二人のかたきを取るそうだ。
狩りが始まるぞ。どこかに逃げろ。さすがに今回ばかりは、私は関わらないし関わりたくない。連中に引き渡したいぐらいだ』
通信を切られた。……トリオスか。たしかに強いけど、人里離れた場所で迎え撃てば十五夜で――などと考えてはいけない。
「スカっち、アメシロちゃんからまた電話だよ」
かぐや姫の手にスマホが現れる。
「その姿でもだせたんだ?」
また現実逃避みたいに尋ねる。
「うん。でも変身中はいじるなって、蘭に怒られたんだよ」
スマホはまだ鳴っている。仕方ないから受け取る。
『菜っ葉の病室を破壊したな。病院のえらい方々がやってきた。守ることできず恥ずかしい限り。しかし怪我がなくてよかったです。今回の件は内密にお願いしますと頭を下げられたらしい』
なんだ。深刻ではなさそうだ。
『侵入者画像はヘリコプターから送られてあります。おそらく宗教団体に所属する者ども。世界で初めて記録に残せましたが、赤い女性二名です。スパコンで画像を鮮明にしたあとに、全世界の裏と表に発信します。こいつらに逃げ場はありません。
なのでロイヤルスイートルームに移動していただき安心してお過ごしください。金額は請求しないので、潜入をゆるしたことは重ねて重ねてご内密に。とのことだ』
「逃げ場がないって、どういう意味かな」
相生智太の口調で尋ねてしまう。
『赤い二人の顔を三時間で確定できて、以後は地上の人間を五秒ごとに五千名識別する衛星が四六時中探し回り、軍人民間人で対処不可能ならば、ピンポイントで小型核兵器が発射される。超人を消すために町ひとつを巻き添えにする。ベタだが隕石として処理される』
ただの病院が軍事衛星を持てるのか? 核兵器を持てるのか? そこまでやるのか?
『仲間だった二人への感謝に代えて、今からすべきことを教えてやる。
病院の地下五階に潜入してスパコンを破壊しろ。ガーディアンは年間契約2000万ドルのチームだろうと、生身だから手加減してやれ。さよなら。夢月に代わって』
スマホを姫りんに渡す。スカっちは赤いジャージ姿で天守閣の屋根から琵琶湖を見おろし考える。襲撃は容易。それより大事なのは。
「うん。じゃあね。……アメシロちゃんが、いままでありがとうだって。さよならだって」
赤い十二単衣のお姫様がスマホを手から消す。
「じゃあ行こうか。ミカヅキ!」
「ちょっとだけ休みます。ここへ離脱できるように、姫りんはしっかり寝てね」
「うん。スカっち、おやすみ」
かぐや姫のまま寝ようとしやがる。
制服の夢月は、伊吹山から肌刺す風吹きつける瓦屋根にて三十秒で熟睡する。すべてを許してしまう寝顔。でも届かない寝顔を見ながら、相生智太であったスカシバレッドはこう思う。
まさに