06 緑狩り、赤狩り

文字数 4,140文字

「なんで私まで裸になるの! 聞いてない!」
 目のまえでかぐや姫が顔まで真っ赤になっていた。いまさら十二単衣の前を腕で覆っている。
「見たよね! 絶対見たよね!」

 蘭さんが俺を転生させて瞬殺したのは、このシステムを利用したのか。だから俺を後ろから抱えたのか。
 しかし、まずいことになった。白い下着姿までは許せるらしいけど、回答次第ではまたも瞬殺されるかも。

「急ごう。お蘭と深雪が待っている」
 スカシバレッドならば冷静にそう答えるに決まっている。
 そう俺は、すでに正義の女スカシバレッドだ。

「……魔法で合流する。おなかに力を入れといて」
 女になった俺を見て納得なさげな紅月が俺の手を握る。次の瞬間、体が揺れる。時空に飲みこまれる――。

 ***

「起きてください」と深雪にやさしく頬を叩かれる。
「あなたたちの転生と同じシステムですよ。でも私たちは仲間のもとに集合だけ。それに頼らぬように、敵地離脱に使えないのは同様でしたっけ?」
 今日は神楽鈴でなく、祓いの御幣をもっている。

「スパローは帰らせました。あの子は疲れたでしょうし……」
 シルクイエローはすでにいた。

 隼斗を緑狩りに加わらせたくない。それだけだ。同じ理由でブルーも現れない。いるのは押しつけやすいこの二人と、雪月花だけ。
 ここは……屋上か。大田区のどこかのビルか。
 豪華絢爛衣装のお蘭が煙管をふかしながらフェンスの向こうを見ている。煙は無数の蝶の形になり飛んでいく。
 こうやって見ると、モスガールジャーが雪月花に勝るのはシルクイエローの胸だけだな。スカシバレッドはあらゆる面で善戦していると思うけど。容姿に関しては人によって違うから、エリーナブルーやスパローピンクが好みの男も一定の割合でいるだろうけど。
 深雪が俺に目を向けた。

「ここには私が結界を張っています。外からは私たちの姿は見えません。――部屋は4LDKで所有者は本部が確認中。現在、幻蝶に内部を調べさせています。お蘭の蝶たちは姿を消し、壁も透過します」

 俺を殺した日、あの紫色の蝶たちはいつから俺を追っていたのだろう。 
 あの時よりはるかに強いスカシバレッドだ。関東管轄で雪月花に次ぐレベルを誇るスカシバレッドだ。そんな彼女でもこんな言葉を口にするかもしれない。

「口調は柚香のままのがいい」
「だったら、お前も相生の姿のままのがいい。へへ」
 二人は笑いあうけど。

「なんだか仲良くなってないかい」
 紫色の花魁が背中を向けたままで言う。

 かぐや姫はフォンスの外に立っている。赤い着物を風にたなびかせながら、四車線を挟んだ斜め向かいのビルを、ハンターの目でじっと見ている。

「スカシバちょっと」
 イエローに腕をひかれる。
「正規の転生をしていないので、あなたにはモスウォッチやゴーグルなどの備品は発生しません。……それと、モスプレイが高度15000で待機中です。彼女たちは知りません」

 モネログリーンを本部に連行することなく奪還。左手にはすでに矢が充填された籠手がある。指令部と連絡が取れなかろうと、武器さえあれば充分だ。
 心へと気合を込める。俺の両手にスピネルソードが現れる。
 紅月がちらりと見る。

「粋がるな。まだだよ」

 紫苑太夫もマンションだけを見ている。あそこに獲物がひそんでいる。
 そして、こいつが俺の当面の目標。モネログリーンを連れ戻す際の、最後の難敵。
 ほかの二人は? 巫女は花魁に従う。でもかぐや姫は……。

「状況は?」なにより布理冥尊。

「焼石もいる。ほかに私服が二人。だが奴らと戦うのは紅月だけ。さもないとワタリガラスに逃げられる。――紅月。なめずに最初から全力で行きな」

 かぐや姫は前を見たままうなずきを返す。荒れ始めた風に髪をなびかす横顔。

「三人相手では厳しくない? だったら私も行く」
 スカシバレッドである俺が言う。
 お蘭がようやく俺に顔を向ける。
「あたいと深雪がひとりで行けば負ける。逆に雪月花が二人で行けば奴らは逃げる。レッドが二人顔だしても逃げるかもね。(やっこ)さんらは火中の栗を拾わないのさ」
「彼女一人で勝てるの?」
「残りのどちらかが親衛隊であってもね。大技を使えない市街だから苦戦は仕方ない。……私服が二人とも親衛隊ならば、あたいたちも参戦だ。喧嘩の始まりだ。その形が一番理想的さ。なにかあれば、紅月は本能で逃げるしね」

 ならば一安心、なのだろうか。

「幻蝶群の符号を確認。識別できたのはレイヴンレッド――五人衆。それと」
 生身でも視力9.5の紅月が言う。
「ウサミンミン――親衛隊……逃げ足の速い奴だ。もう一人はデータなし。戦闘員はエリートが十体……奮発だね。傭兵さんたちみたいで、狭い場所だとちょっと厄介かも。誘い込まれずにまとめて消滅させないと。……捕獲対象は生身のまま。布理冥尊とフレンドリーではない。建物全体の一般人は十名。目標フロアは無人。上下フロアとも無人。以上」

「友好的でないだと? ……深雪、どう思う?」
「伊良賀が呼んだのでなく、仲間に引きこむために布理冥尊が押しかけている。ならば本部の情報の、彼は精神エナジーのシールドを張っているというのも信ぴょう性が落ちますね。赤と緑、どちらか狩るのをあきらめる必要があるかもしれません。それより、エリート十体が気になります。周囲が無人なのも。また、お前は慎重すぎると言われるかもしれないけど」
「もういい。丁重に扱えってことかい」
 お蘭が俺とイエローを見る。
「お前さんら、私刑を我慢して裏切り者を確保できるかい?」

 この正義のベテラン女は、どちらもあきらめる気がないらしい。

「任せてください!」
 シルクイエローがでかい声をだす。胸の前で両手をグーにする。陸さんかわいらしいぞ。俺も真似しよう。

 ***

 黒い雲がじっくりと増えていく。
 紅月が突入してから三十秒後に、モスガールジャーの二人が突入。伊良賀紗助を確保する。状況により深雪が補助攻撃を仕掛ける。お蘭は外で待機して不測の事態に備える。
 ただただエースの力にすべてを委ねる作戦。

 紅月が体に力を込める。

「せいや!」

 かぐや姫が赤い光に包まれて……よさこい娘?
 アップにした赤茶の髪。横で結んでリボンみたいな赤いねじり鉢巻き。紅色の袖なし法被(はっぴ)は肩まで見せて、白いショートパンツは太ももまで出して、法被の下にインナーシャツはなく――。
 これが紅月のスーパー魔法少女のひとつか。十二単衣よりはるかに動きやすそうだけど、姫も町娘も関係なくね? でもエロいぞ。こりゃフォローするぞ……。
 深雪が、下劣って目で俺を見ていた。とにかく、今はスカシバレッドだ。この子が同性にこんな目をするはずがない。

「モスが後に続くのを忘れるなよ。巻き添えにするな」
「五秒後に結界を消しますね。四、三……」
「うん。じゃあ行ってくるね」

 さあ、お祭りだ。初めてメイクもしっかりやったよ。って感じ。でも眼差しは強いままで、右手のひらを前へと突きだす。

「一、零」

「二十三夜!」

 紅月の手から赤い光が一閃する。俺の部屋ほどの半月状の光となり、回転しながらマンションの一室に向かう。
 彼女が跳躍する。

「ミカヅキ!」

 紅月の足もとにそのまんま三日月状の紅色の光が現れる。それにサーフィンみたいに乗る。同時に法定速度外で飛んでいく。
 半月が一室に飛びこむ。破壊音はここまで聞こえない。詳細も見えない。直後に、お祭り娘のお姫様が突入する。

「レッド、行きますよ!」

 シルクイエローがいつになく強い目をした。俺は彼女を抱えて浮かびあがる。そもそもが重力を無視して浮くのだから、重さなど気にならな……やっぱりピンクより重い。プラス、スイカ二つ分。風は横殴りになっていく。

「まだですよ」と巫女が言う。「清め給へ、隠し給へ」
 深雪が御幣で二人を祓う。これで数十分、空飛ぶコスプレーヤーは一般人の目に見えないらしい。

 スカシバレッドの体はうずきまくっている。でも作戦に従う。道をゆっくりと超える。イエローが18,17とカウントダウンを声にする。


「7,6……」イエローの声が緊張しだす。

 外壁を破壊された部屋の中は静かだ。残された壁に貼りついて、バルコニーから突入の機会を待つ。両手にスピネルソードが現れる。

「1,0!」
「布理冥尊め! モスガールジャー推参!」
「罠だった! 撤退!」
「わあ!」

 突入と同時に紅月が乗ったミカヅキに轢かれかける。彼女は屋外へ消えていく……。

「シルクさあ、久しぶり」女の声がする。「初めまして。スシカバレッド。かな?」

「れ、嶺真ちゃん……」
 イエローから怯えが走った。

 ウサギの耳を生やした平たい巨大セミの上に女がいた。
 同年代。メイクをしていないのに大人じみている。横にラフにまとめた長い黒髪。白い肌。存在をアピールする奥二重。絶妙に肉厚な唇。
 美人だ。妖艶という言葉があったよな。なのに服装は、“夏娘ハート”とでかでか赤くプリントされた白Tシャツと紺色膝までデニム。サンダル履き。
 それより胸は……平均か。藍菜と茜音の中間ぐらい? 脇を掻いている……。

「焼石様のどこを見ているんだ。エロ女」

 セミの化け物にでかい声で怒られたけど、この女が焼石嶺真。ヤマユレッドであったレイヴンレッド。十九歳にして布理冥尊総帥の直属部隊の一員……なのか?

「修復」

 男の声がして夕立前の風が途絶える。

「壁が直った。閉じこめられた……」
 イエローが俺の腕を握る。

「束縛」

 ドアから紺色シャツの眼鏡をかけた男が現れる――。
 え? スカシバレッドの体が動かなくなる。見えないロープで巻かれたようだ。でも、こんなのは俺には効かない。全身に力を込める。逆に締めつけられる。

「ああっ」スカシバレッドが声を漏らしてしまう。

「焼石。私はこっちのレッドのが好みだ。さっきのより、お前よりはるかにな。……本宮に連れて帰る。私の任務はそれで完了。あとは好きにやってくれ」

 男は二十代半ばぐらい。細面でイケメン面だ。薄く笑みを浮かばせて俺を見ている。……この野郎。スカシバレッドを女を見る目で見ていやがる。
 そしてぽつりと言う。

「ともに移動」

 この感覚は……召集されるときの奴だ。どこかに運ばれる――。
 俺は腹に力を入れる。
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登場人物紹介

相生智太(あいおいともた)

20歳

大学二年生

龍、陰

スカシバレッド

スカシバレッド

モスガールジャーのエース

清見涼(きよみりょう)

22歳

大学四年生

鶚、村雨

エリーナブルー

エリーナブルー

モスガールジャーの実質リーダー

睦沢陸(むつざわりく)

23歳

フリーター

猪、貫、西瓜

シルクイエロー

睦沢陸

たっぷり女性ホルモンを授かったバージョン




シルクイエロー

モスガールジャーの陸戦巨乳隊員

壬生隼斗(みぶはやと)

14歳

中学二年生

巨樹

スパローピンク

壬生隼斗

すっかり健康になったバージョン

スパローピンク

モスガールジャーのちびっこ隊員

芹澤陽南(せりざわひなた)

17歳

流星、向日葵

キラメキグリーン

キラメキグリーン

モスガールジャーのニューグリーン

夏目藍菜(なつめあおな)

21歳

無職

勇魚、雲、寛容

与那国三志郎

与那国三志郎(よなぐにさんしろう)

モスガールジャー司令官

木畠茜音(きばたあかね)

20歳

大学二年生

鸚鵡、耀

アメシロ

アメシロ

モスガールジャー指令室参謀

落窪一狼太(おちくぼいちろうた)

35歳

夏目藍菜の用心棒兼諸々

山犬、恨

ウラミルフ、リベンジグレイ

リベンジグレイ

モスガールジャーの切り札

伊良賀紗助

21歳

レジスタンス叛逆者

草原

モネログリーン

モネログリーン

モスガールジャーの元隊員

陸奥柚香(みちおくゆか)

19歳

大学二年生

雪割草、蝙蝠

白滝深雪

陸奥柚香

金髪やめて高校時代に戻ったバージョン

白滝深雪(しらたきみゆき)

雪月花の癒し役

白滝深雪

銀髪バージョン

白滝深雪

スーパー魔法少女「黒神子」

竹生夢月(たけおゆづき)

18歳

高校三年生

鳳凰、惨

紅月照宵

紅月照宵(こうづきてるよ)

雪月花の真打ち

紅月照宵

ス-パー魔法少女「身分を隠すため町娘に変装したお姫様。お祭りだって初体験。女剣士に憧れ中。でもその実体は?」

お祭り娘バージョン

深川蘭(ふかがわらん)

25歳

社会人

胡蝶蘭、蛟

紫苑太夫

紫苑太夫(しおんたゆう)

雪月花の仕切り役

紫苑太夫

スーパー魔法少女「華柳」

亀の隊長さん

29歳

地方公務員

甲羅、機動

動的亀甲隊隊長

動的亀甲隊隊長

四名の配下戦闘員と長い脚の亀型兵器で戦う

相生桧(あいおいひのき)

15歳

高校一年生

相生智太の妹


町田さん

フリーの看護師

焼石嶺真(やけいしれま)

19歳

不明

虎、渡鴉

レイヴンレッド、元ヤマユレッド

レイヴンレッド

布理冥尊五人衆

ヤマユレッド

元モスガールジャー隊員

与謝倉凪奈(よさくらなな)

14歳

中学二年生

夜桜、猟犬

ハウンドピンク

ハウンドピンク

布理冥尊五人衆

押部諭湖(おうべろんこ)

13歳

中学二年生

貉、妖精

穴熊パック

蒼柳(あおやぎ)

布理冥尊五人衆

言霊、??

フェローブルー

刀根(とね)

第三方面軍直轄突撃団副長

銅、土

トンネラー

茂羅(もら)

第三方面軍温泉ランド区副司令官

苔、慈

コケライト

佐井木(さいき)

本宮護教隊地方管理部フルーツランド担当

犀、念

サイキック

銀山(ぎんやま)

第三方面軍フルーツランド支部長代理

勝虫、彷

シルバーヤンマー

禿尾(はげお)

第三方面軍直轄渉外隊隊長

銭、任侠

ゼニヨコセー

香山(かやま)

第五方面軍特務隊員

蚊、童、群

モスキッズ

織部(おりべ)

布理冥尊五人衆

花蟷螂、嘲

マンティスグリーン

マンティスグリーン

芹澤の父に擬態中

綿辻(わたつじ)

親衛隊(五人衆付)

蒲公英、迷

メーポポ

大賀(おおが)

布理冥尊五人衆

鬼、痴

オーガイエロー

五木田(ごきた)

親衛隊(五人衆付)

噴射、汚

ジェットゴキ

原田(ばるた)

第三方面軍彩りランド支部長

ヴァルタン征爾

忍者、幻

春日(擬態中)

レジスタンス本部

粘土、鹿

ネンドクン

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