16 湯煙血煙
文字数 4,284文字
「先生!」
相生桧は手をあげて席を立つ。男子全員が私を見る。お兄ちゃんと違う目線。
「生理がきついので早退します!」
端末で千由奈に連絡する。
『全員分、昼飯を買ってきて』
みんな疲れたままだ。私だけが平気な顔でいてはいけない。
***
なんだか予感がする。授業なんかしている場合ではない。
「先生」
壬生隼斗が席を立つ。女子の視線が集中する。伸ばした前髪をかき上げる。
「腹が痛いのでトイレに行きます。そのまま帰宅するかもしれません」
お腹を押さえて教室を出る。……千由奈ちゃんも今日は待機だよな。今日は会えないかな。……戦いに明け暮れたから、千由奈ちゃんはちょっと痩せすぎかも。もう少しぽっちゃりすれば、もっとかわいくなるのに。
誰もいない廊下。頭上に白い渦が現れる。
「ほらね」
壬生隼斗は微笑みながら上履きを脱ぐ。お腹に力を込める。
***
『やっぱり総力戦だ!』
司令官が雄叫びをあげた。
「夢月ちゃん!」
シルクイエローが現れるなり叫ぶ。
「ひどい、ひどすぎる」
「……布理冥尊め」
キラメキグリーンが姿勢よく男たちを睨む。
「スカシバレッド、端から倒そう!」
湯煙を断ち切って、スパローピンクまでもが現れる。
化け物が潜んでいる。弱い蛾は群れで戦うしかない。そしてエリーナブルーの分まで戦う。
「そいつは悪だ。何人も倒して苦しめできた。おのれも苦しんで当然だ」
野原宏が金色の光に包まれる。鬼気迫る顔のセイントアローが現れる。
布理冥尊たちの手には黒いマント。さらに体に力を込める。和牛と乳牛と赤べこの牛づくし精霊三体が現れる。どいつがどれだか分からないけど、こいつらが北温泉ランド、チベットランド、ハワイアンランドの支部長たち……。
『機体損傷により敵の識別は不完全。名称不明。レベルは122、111、109、112。……122が死んだばかりのセイントアローと思われる』
そんなはずはない。計測器の故障だ。どこかに怪物がいる。すぐそこにいるはずだ。
『やった!』与那国司令官が藍菜のように叫んだ。
『モスキャノンを魔女に直撃成功……レイヴンレッド発見。アジトへと向かっている。二分後に到達予想……白い光が飛んで来た! 菜っ葉、避けろ、上に逃げろ!』
敵も味方もいずれもが修羅場。化け物が現れるまえに、まずはこの四人を倒す。
「俺が巫女倒す。おめらはモス女どご倒せ」
セイントアローが浮かび上がろうとして地面に落ちる。……こいつは変身が解除されるのに堪えている。戦える体であるはずない。支部長どもにしても100越えぐらいでは――
「おう」
二本足で立つ牛三体が手をつなぎあう。
「行くぜ、東北!」
三体がミルキーな光に包まれて……15メートルを超す巨大な牛が現れる!
どす黒い肌。手には棍棒。これはゲームで見たことがある。ミノタウロスだ。でかい声でモーと鳴く。
『そんな……。三体が合体してレベル……計測不能……250オーバー』
マジかよ。夢月より上じゃないか。
『巨大な敵だからモスキャノンを使いたいが、本機は魔女に追われている』
『トリオス聞いて! あんたらを誰も追っていないから布理冥尊アジトに直行して。規格外がいる。レイヴンレッドも向かっている』
「……そんな姿になれたの。私がいたときは見せなかった」
深雪が巨大な牛に後ずさりする。
「「「我々もテロリストも根は同じだからだ。殺し合うべきではないからだ。若いお前は気づけなかった。……お前が去って、セイントアローはようやく気づいてくれた」」」
絶妙なハモりだが、標準語で喋ってくれた。
などと感心すべきではない。キラメキとスパローが俺の手を握っているではないか。語り合うにはお前らは赦すまじきことをした。殺し合いの始まりだ。
「「「スパイラルレインボー!」」」
深雪と会話中のミノタウロスの脇腹に当てる。
「「「スパイラルレインボー!」」」
ミノタウロスがよろめく。俺もよろめく。牛が露天風呂を水たまりみたいに渡りだす。棍棒を振りあげる。
「交代して」
急いでスパローピンクをセンターにする。
「「「スパイラルレインボー!」」」
ピンクの胸もとから赤緑桃の螺旋が発せられる。
「「「スパイラルレインボー! スパイラルレインボー! スパイラルレインボー! スパイラルレインボー!」」」
巨大な牛は避けることもできずに受けまくる。のけぞりまくる。でも確実に寄ってくる。
「それくらいでいい」
キラメキグリーンがセンターになる。直立不動。
「
キラメキの胸の谷間からの残酷な螺旋。新規格でも規格外が後ろに倒れる。湯が飛ぶ。キラメキグリーンも倒れかける。牛は起きあがろうとする。
「耐えて」
エリーナブルーみたいに、スカシバレッドはグリーンの手を引く。俺だってピンクだってボロボロだけど。
「深雪!」
湯煙を挟みセイントアローと向かい合う巫女を呼ぶ。彼女は黒い光に包まれながら飛んでくる。黒神子の右手をスカシバレッドが握る――柚香の手の感触。俺の右手をシルクが握る。深雪の左にスパローとキラメキが並ぶ。五人の心が一つになり、同時に叫ぶ。
「「「「「スパイラルレインボー!」」」」」
黒神子の胸もとから五色の螺旋が発せられる。
立ちあがったミノタウロスの腹を突き抜ける。レベル250オーバーが消滅、しないだと?
深雪とピンクとグリーンがしゃがみこむ。俺は倒れない。深雪へと矢がよろよろと飛んできた。スカシバレッドは手で叩き落とす。俺はまだ倒れない。
牛の化け物が血走った目でブナの木より太い棍棒を振り上げる。俺は避けられる。でも誰かやられる。一撃で死ぬ。……夢月がいる。彼女のが苦しんでいる。なによりレイヴンレッドが来る。はやく終わらせないと。
俺が終わらせる。
「だめ!」
駆けだしかけた俺を、シルクイエローが背後から抱く。
『召集!』
「リベンジグレイ見参!」
アッシュグレーの美女が俺たちの前に立つ。ミノタウロスと対峙する。
「スカシバレッドとシルクイエロー。私の手を握りなさい」
スカシバレッドは歯を食いしばりリベンジグレイの右手を握る。シルクイエローがその左手を握る。同時に叫ぶ。
「「「スパイラルレインボー!」」」
美麗な女戦士の胸もとからの赤黄灰の螺旋を受けて、今度こそ巨大な牛が消滅する。
「仮面の二人は誰も戦わすなと言ったが、やはり仲間こそ大事。どうせ彼らも同じことをする。さもないと君はまた刺し違える。……引退宣言したのに呼びだされるとは思わなかった。心構えはしていたがな。後は任せた」
蒼白な顔のリベンジグレイが転送される。精霊のくせに酒臭かった。
夢月はまだ白い光に舐めまわされている。苦痛の声を漏らす。……抹殺の第二ラウンドが始まる。そのために邪魔者を消さないとならない。
「シルクは月を守って」
俺はなおも浮かびあがる。何度でも倒す。なおも両手にスピネルソードが現れる。
「先輩、降伏して。廃人になっちゃうよ」
深雪もエナジーがすかすかで白巫女に戻っていた。
「おめを倒すまでは去らね」
よろよろのセイントアローは俺を見ない。拳を握って深雪へと歩くだけ。
ならばなおさらお前を倒す。
「アルティメットクロス!」
姫を守るソードを交差させる。
「だめ!」
深雪が駆ける。セイントアローの盾になろうとする。
シルクイエローが押しのける。
「うっ」
赤い十字を背中に受ける。
「なして守る?」
「あなたではない。深雪ちゃんを守ったのです」
「そうか」
「終わりにしなさい」
シルクイエローが抱きしめる。その胸の中でセイントアローは野原宏に戻る。
近くの森から盛大な火柱が立った。
『トリオス到着。彼ら三人ならば巨大化したレイヴンレッドにも太刀打ちできる。……魔女の気配はない。そちらに現れる可能性を加味して』
『モスガールジャーの諸君。規格外を倒してくれて私も鼻が高い。四名は疲労困憊だから離脱させるが、スカシバ君はどうするかね?』
夢月はなおも白い炎の中で殺されることなく苦しんでいる。怒りがエナジーに変わる。
「もちろん残ります。戦うと暑いので防寒具を解除……この場で転生を解除してください」
『……なるほど。モスウォッチもなくなるがいいのだね』
そうだった。だとしてもモスプレイも相応のダメージがあるし、どのみちレイヴンレッドのが一枚上手だ。
「不要です」
『了解した。健闘を祈る』
「私も残る。先輩を本部に送らないでほしい」
深雪は立ちあがろうとして起きあがれない。その横で野原宏は気を失っている。
『両方却下。セイントアローは保護しない』
「なっ……」
『そいつは月が苦しむのを当然と言っただろ。連中が来るまで寒空に捨てておけ』
与那国司令官の厳しい声がした。
「……了解。でも私はここで夢月を守る」
深雪がなおも訴える。
「陸奥、休みなよ。相生たちに任せよう」
アメシロである木畠茜音の言葉に、深雪である陸奥柚香がうつむく。
俺の十字を受けとめたシルクイエローがモスプレイへと転送される。連日エナジーを使い果たしたキラメキグリーンと学校を抜けだしたスパローピンクも消える。
深雪は横たわったままの野原宏を見る。光に包まれたままの夢月を見る。スカシバレッドを見あげる。
「夢月にも言ったけど、化け物になっちゃ……龍になっちゃダメだよ。じゃあね」
言い残して、白滝深雪も消える。
いまは何も考えない。スカシバレッドは相生智太に戻る。よろめいたりしない。夢月へと歩む。白い光が腕のように伸びてくる。俺を絡めようとするから遠巻きにしかできない。
「夢月。守れなくてごめん」
弄ばれる惨めな彼女を直視できない。魔女への怒りだけが湧く。
「智太君……」
夢月が俺へと手を伸ばす。それさえも嗜虐な白い光に包まれる。
その手に紅いマントが現れる。
仮面ネーチャーの一員として戦おうと思っていた。でも夢月専用のマント。俺たち二人はパートナーだから、それを使えば俺も精霊になれると感じる。夢月がこれで戦えというのならば……。
――龍になっちゃダメだよ
地面に落ちたマントは風もないのに俺のもとへ飛んでくる。拾いあげる。
「……もう少し我慢してね」
夢月に背中を向ける。無力な俺の手でマントは勝手に消える。
野原宏を抱えあげる。筋肉質じゃないか。見た目以上に重いから引きずってしまう。脱衣所に入れてタオルをたっぷりかける。ドアを閉めて外にでる。
ちょうどサント号が現れた。その上でスカシバイクが待っている。