19 キバタンはすべて見せられた
文字数 3,162文字
などとおくびに出さずに、アメシロは止まり木からモニターを覗く。夜の雲しか見えない。その下に雨は降っていない。
勇魚と雲の特性で築かれたモスプレイ。モスガールジャーは、クジラの体内で待機する。胎内ではない。あくまで腹の中。寛容の特性が私たちを受け入れているそうだ。
「目的高度まで九十秒」
モニターに表示された数値を隊員に告げる。成層圏からの降下が完了する。
「何事もなければ問題ないが」
与那国司令官が操縦席から立ちあがる。アメシロは肩に飛び乗る。司令官はベンチシートに座る五人へと歩み寄る。
「奴らの残存隊員が少ないと言えども、何事かある可能性のが高い。なので、甲府盆地にあけた穴以上のものをモスキャノンでこしらえる」
数時間前に傭兵たちが壊滅したことは、アメシロだけが聞かされている。
報復のため、モスガールジャーは東海管轄であるお茶ランド南餃子区へと遠征。すなわち、浜名湖付近にある親衛隊本部への強襲。
殴られたから殴りかえすの論理。
「その穴に突入ですね! 正義の鉄槌がとどめをさします!」
キラメキグリーンが立ちあがり座りなおす。
「高位エナジー弾だけで片が付けばいいのですけどね」
シルクイエローは緊張している。
「でも親衛隊員がいなくてもボーナスポイントが1000。おいしい任務かも」
スパローピンクは余裕だ。
「何度もうまくいくとは限らない。――ハデスブラック。奴に勝てるとは思えない」
エリーナブルーは現実的に慎重。それでも先頭で戦うだろう。
「モスキャノン照射だけで完了すべき。雪月花も手をつけなかったあの要塞に、このチームだけで向かうなんて馬鹿げている」
また陸奥柚香が訴える。
「……せめて合同チームで」
こいつは変身を解除した。戦いから逃げようとしている。
腐れが。こいつはモスの一員じゃない。
「仮面ネーチャーと? そしたらあんたは
アメシロは昨日のいきさつを聞いている。ここぞとばかりに意地悪になってしまう。でも、こいつはこんな態度を取られて然るべきだ。弱体化したモスガールジャーを下僕みたいに扱いやがって。蔑みやがって……。
根は悪い人間じゃないと分かっている。むしろ馬が合うかも。何よりこいつはこの一年間、いや高校時代から常に最前線で戦ってきた。裏稼業ゆえに塾へ行けず、部屋に鍵かけ親にも兄弟にさえ隠し通すなんて、とてつもなき孤独……。尊敬すべきだとしても……、許す気などない。
粗雑な蒼菜っぱの作戦より、彼女の意見を尊重すべき。なんて思いたくない。
「……誰も呼ばなくて結構」
陸奥が白い光に包まれる。
「オウムが言うように、今後は言葉づかいを変えない。みんなは足手まといだから、私だけ行く」
ぶっきらぼうな口調の銀髪の白い巫女が現れる。
「ふうん。だったら2チームに分かれよう。深雪さんとモスガールジャーで」とピンク。
「駄目です! ……大気圏内で大きい声をだしてすみません。でも、深雪ちゃんもモスの一員です!」
「そうですよ!」グリーンが意味なく立ち上がる。
「白滝深雪」
エロそうな女教授だなと、相生がいつも眺めていたエリーナブルーが声かける。
「昨夜の反省を踏まえつつ、共に行動しよう。あなたのエナジーは切り札で温存する。他の四人はぎりぎりまで頼らずに行動する」
「そんな事態にならないと思うぞ。おそらくは新しいモスガールジャー伝説の始まりだ。ははは」
能天気な馬鹿をつつきたくなるけど、不吉な予感などしなかった。
***
ターゲット地点に一般人はいないかの、東海管轄のチームから連絡待ち。
アメシロはモニター隅をくちばしでつつき、機内映像に切り替える。
みんなから離れて座る巫女。深雪というか陸奥はやっぱり綺麗だな。木畠茜音が中の上だとしたら、間違いなく特上クラス。背も程よく小さいし、うらやましいよな。それでも今までは紅月の引き立て役だった。スカシバレッドと行動しても同様。
でも小悪魔みたいな黒神子。恥ずかしくない程度の露出。あれは違反だ。アメシロがレインホワイトにファイナル転生しても、あれと並んだら……、やっぱり相生は目を向けない。
『一般人の不在確認。健闘を祈る』
東海のチームからのメッセージがモニターに流れる。Cランクである彼らの役目はここまで。
親衛隊は十五夜対策に、完全な一般人を連れ込んでいた。それがないということは、予想以上に弱体化が進んでいるかも。これで派手に照射できる。
「では始めようか。三十秒後だ」
そわそわ後ろから覗いていた司令官が命じる。
「30,29,28……」
アメシロはカウントダウンを始める。
「コノハ!」
ピンクがエアサーフィンをだす。まだ早いですよとイエローが無理して笑う。
「3,2,1,0」
「照射!」
与那国司令官がモスキャノンのボタンをぽんぽん押す。実に二十回。
アメシロはモニターを凝視する。すべてを照らす、耀の特性の一片。このオウムの目はタカよりも視力がある。フクロウより夜目がきく。画像越しでもだ。
つぶれた遊園地に偽装した親衛隊本部は消滅していた。クレーターだけ。一般人への言い訳は、いつも通り布理冥尊と政府が考えればいい。
「ターゲット消滅。残存戦力は不明。現在高度は八百」
「地獄へのハッチを開ける。総員ただちに出動せよ」
後方からの風がコクピットまで流れる。
「了解」
鶚の特性。羽根を伸ばしたエリーナブルーが飛ぶ。
「了解」
「了解」
巨樹の特性だろう。スパローピンクは飛べなくても、シルクイエローをコノハに乗せて追う。
「了解です!」
流星の特性。キラメキグリーンが続く。
「モスウォッチは、私には大きすぎる」
はいはい。あんたの腕はピンクよりも華奢だこと。
蝙蝠の特性。白い深雪がひらりとハッチから降りる。
直後に警報音が鳴り響く。全滅注意報……。
最初に狙われたのはグリーンだった。悲鳴も聞こえずに彼女のエナジー反応が途絶える。
アメシロはくちばしを懸命に動かして、高度四百付近のメンバーにカメラをまわす。
「クロハネ……」
ヤマユレッド専用の漆黒のエアサーフボードが、コノハを追撃していた。その上では、レイヴンレッドがレッドタイガーソードを構えている。燃える赤髪がなびく。闇に溶けない漆黒のドレス。
「敵来襲! キラメキグリーンがやられた!」
冷静になれ。モニターの文字を追う。
「識別完了。名称レイヴンレッド。所属地位本宮直属五人衆。特性、虎、渡鴉。ライフ188/188。コンディション99%。レベル191。ボーナスポイント800。特記、Aランクチーム上のみ対応」
「空中戦はまずい。とにかく地上を――」
与那国司令官が青ざめた顔を向ける。
「茜音っち、引き戻させるべきかな?」
アメシロはうなずき。
「総員一時帰還! 体勢を取りなお……」
シルクイエローが背中から刺される。コノハから蹴り落とされた!
「総員、シルクの救助に向かって!」
『夏目藍菜。相変わらずの後手だな』
モスウォッチから嶺真の声……。
『お前以外は、私の嘆願により正体をさらさずに過ごせた。それは分かっているよな。我々布理冥尊にとっても、弱小なお前たちなどどうでもよかった。だが近ごろは、見捨てておくには色々とやり過ぎた』
ピンクのモスウォッチからの映像に、レイヴンレッドの顔が映る。ピンクの首にソードを当てて、ピンクのモニターから睨む。
『奴らの正体を明かせと、本宮は私に最終通告した。しかし案ずるな。お前らの精神エナジーを何度も何度も殺すことで妥協してもらった。……私の覚悟を見せてやる』
『嶺真さんやめて……』隼斗の苦悶の声。『スカシバ……』
『奴の名をあげるな!』
レイヴンレッドがソードに力を込める。