49 花鳥風月虎
文字数 4,610文字
落窪一朗太が落ちくぼんだ目で安堵する。レジスタンス出身の本部の方々は相生たちを許してくれる。指令に従わぬ夏目も許される。怒りに任せて宗像に従い、城やドームを破壊した穂村という女の子さえも。
『霧島は俺より後輩だからな。あれは天罰だと言ってやった。ほかの人にはさすがに言えないが、まあ納得してくれた。……納得するしかないけどな。後腐れない連中だから案ずるなよ』
ガイアという仮名の男が電話の向こうで言う。
『俺とアグルは相生を信じている。あのぼーとした面こそが正義だ。……亀の隊長から端末が消えたと連絡があった。俺もアグルもだ。つまりもうすぐだ。もうすぐ相生が終わらせてくれる。そしたら落窪さんに俺の本名を教えられる。三人で都内で飲もう。相生は抜きだ。シルクイエローもな』
ハハハッと笑い声を残して電話を切られる。
落窪一朗太は広尾に一人でいる。あの方が戻ってきたのを見届けたら、私の役目は終わりだ。思い浮かべていたのと違う結末……自分のみそぎは終わらない。これからは彼女に頼らず償いを始める。……徒歩での四国霊場巡りなんていいかな。春には一周を終えるかな? 大塚美術館、土佐のカツオ、道後温泉、うどん……。
償いの旅ではないなと、落窪は心でぐひひと笑う。
****
宮崎沖に漂う巨大ペンギンは結界に守られている。遠くに灯台が見える。あの下で野生馬たちは眠っているのだろうか……。
あの兄妹は、戦闘力の低い私たちを置き去りに怪獣と追いかけっこを始めやがった。
夜闇の結界がサーモンピンクの光線を弾く。これ以上近づけない。
宗像め、その色は私と隼斗君の色なんだよ!
兄を盾にするピンク色のカピバラは、私たちよりいなくなった二人を気にしていた。それ以上に空を気にしていた。モスキャノンを…………よかった。
青白い光が戻ってきて、ハウンドピンクは脱力しかけてしまう。
「ブルーが来たらハウンド様の力はかき消されますよね? だったら私たちは立てこもるだけですか?」
足場になってくれている南極トビーが言う。
「分かっている」
ハウンドは足もとをにらむ。特殊攻撃系の宿命。強い敵には無力で、仲間を回復するだけの存在に落ちる。
「援軍は必ず来る。それまでローリエが耐えれば、私たちの出番もある。機会を待とう。それまで耐えよう」
アナグマが見上げてくる。
湖佳の意見に従いたいけど、おのれの築いた夜闇の結界が薄らいでいくのが分かる。宗像の光線は結界を
「私は待たない。トビー、海に潜れ。水中からブルーを援護する」
花鳥風樹のリーダーが決断する。
「そうだね。お兄さんを奪還しよう。そうすればローリエは心置きなく刀を振るえる」
参謀がさりげなく作戦をアレンジする。
「私に任せて」
「お願い」ハウンドは信頼をシンプルな言葉にする。
「……結界から水漏れしても知りませんよ」
トビーが潜る。
「今回ばかりは私だけ生き延びませんからね」
三人はエースを水上に置き去りにする。
***
もしここが宮崎沖だったら、あの灯台は都井岬かな。俺は現実逃避的に考える。振り返ればブラックホール。吸われまいと必死に飛ぶ。
海竜は全長二百メートルを超えた。龍になった俺よりでかい。原理を授かったハデスブラックが一口サイズといえば分かりやすいかも。しかも海竜のくせに空を飛ぶ。
でかいは強い。龍は圧倒的な体格の違いで、敵を圧倒してきた。圧倒が重なろうが二重表現だなんて思わないし、奴を倒さないとならない。なのに体に力を込めようとする途端に暗黒に吸われる。俺のが早いのに、すでに背後10メートルに追いつかれている。
「弱いビームで黒焦げにして食うもよし」
ブラックホウルスが言う。
「だがドラゴンを喰らいたい。はやく化けろ」
***
「痛い!」
浮かぶ巨大カピバラのレーザー光線を受けて、ローリエブルーは叫んでしまう。
こいつは強いな。そのくせ人質を盾にする。千由奈の兄さえいなくなれば……。同年代の男子が私へすがる目を向けてくる。さっきまでは殺してくれと絶望の顔だったのに。
私は闇を照らすために現れた。終わらせるために現れた。布理冥尊の後継者なんかじゃない。すべてを終わらせる! だから待つ……でも待つのは苦手だ。
「精霊の名前も人の名前も忘れたけど! 人質を解放して私と一対一で勝負しなさい!」
だから試しに叫んでみる。
カピバラの口からレーザー光線が飛んでくる。ローリエブルーは刀を振るい打ち消す。やっぱり無理か。……もう待てないよ。
「猟犬がいるから離脱できない。お前は兄を助けに行くべきではないか? あの子は強いぞ」
カピバラが上空を意識しながら言う。
「あの子は博士が作りあげた存在だ。精神エナジーを用いれば、新たな生命体さえ作れる。……博士は私を選んだ。私が裏から世界を制する」
――そのエナジーはどこから得たのですか?
いきなり声が聞こえて、ピンクのカピバラもローリエブルーものけぞってしまう。
「……パックか。斥候しかできぬお前は焼石とともに大司祭長の看病をしていろ。当初の精神エナジーは闇に閉ざされた原理主義からいただいた。……永遠の闇から抜けだせたのだから感謝されるべきだ。奴らは実体が朽ちようが永久に苦しまないとならなかった」
――あなたから虚勢を感じます。追いつめられたのが分かっているならば、降伏しなさい。廃人にまで追い込みません。
「それはお前たちだろ。いずれブラックホウルスが戻ってくる。だが、お前はうるさいから消す」
カピバラの体がピンク色に発行する。
「レベル150未満を滅ぼす光だ」
「いまだ! 兄の精霊の盾は解除された」
海から夜が飛びだした。まとわれた夜闇の結界がレッドタイガーソードで切り裂かれる。クロハネが現れる。
「巻き添えにはさせない!」
レイヴンレッドがカピバラの腕を斬るなり、兄を奪還して空を目指す。
敵に背中を向ける無謀な作戦。想像していたこの人の戦いぶりと違う。
「カラスめ!」
カピバラの口からレーザー!
クロハネを突き抜け、レイヴンレッドをも貫く。
「焼石様、落としてください!」
浮上したペンギンが叫ぶ。
「私が受けとめる」
その背でハウンドピンクが叫ぶ。
「犬め!」
カピバラが飛びながらレーザー光を乱射する。
「やめなさい!」
ローリエブルーが飛ぶ。
カピバラが目を向ける。
「孤児が!」
幾千のレーザー光を彼女へと放つ。
両親が授けてくれた動体視力。ローリエブルーはそのすべてをかわす。
至近へ飛び、哀しみを帯びた青龍偃月刀で、カピバラを一刀両断に――。
「え?」
カピバラが消える。
「お前は心でカピバラ扱いしただろ」
すぐ背後から宗像の声。
「私は鵺だ。とらえようがない」
至近からローリエブルーを光が貫く。
「や……」
海に落ちかけてその首をつかまれる。鵺であるカピバラに掲げられる。巨大ペンギンの上でハウンドピンクが兄を抱えているのが見えるけど。
「新しい人質だ。撃ってみるがいい」
宗像であるカピバラが空へと笑う。
***
「ハウンドがお兄さんの確保に成功。……どうする?」
モニターを見ながらアメシロが尋ねる。
「奴は私たちがローリエブルーを撃てないと思っている」
「うーん」
与那国司令官が悩んだのは三秒。まだだな。もっと弱まれ。エナジーを放出してからだ。
状況打破に歩を進めるか。
「モスガールジャー出動!」
「了解です」
「了解」
「は、はい? 目が覚めました! 了解!」
三人が転送される。
「さっきの話を聞いてないのかよ。全員150未満だぞ。即座に死ぬぞ」
アメシロが憤慨している。
「私たちが守る。夢月行くよ」
陸奥は起きていた。
「どこへ? ……戦いの匂いがする」
寝起きの竹生が戦士の顔になる。
「柚香、一緒に変身しよ」
その手に黒いマントが現れる。
「……木畠と司令官ごめんね。やっぱり私はモスガールジャーじゃない。雪月花だ!」
陸奥が夢月へと抱きつく。二人は裸になって、夢月が紅いスク水と変わる。陸奥も――白黒モノトーンの水着姿になる。脇も太ももも露出されない超越レトロスタイル。嘘丸出しに盛った乳カップ。頭には水泳キャップ。
「なにこれ? ださすぎる」
おかっぱの深雪が赤面する。
「かわいいよ。深雪に似合っている。じゃあミカヅキ! 月の引力!」
「ちょーちょー待って。ハッチを開けるから、ほら開けた」
レトロ水着女とスク水女が紅色のエアサーフィンボードに乗り宮崎沖へと飛んでいく。
ほら茜音っち。歩を動かしたら飛車角が飛んでいったよ。あの二人が、フィナーレにケツを向けるはずない。
夏目は心のなかでつぶやく。
いつまでも月と雪にいられるのは面倒だったからね。
***
なんだあのピンクの光は……。か弱き正義をかき消す邪悪な光。スカシバレッドは慄然としてしまう。
しかも上空からピンク色が降りてきた。コノハだ。
「桧! かき消す光をかき消せ!」
兄であるスカシバレッドは、仲間を守るために全身全霊で叫ぶ。
「赤女、捕まえた」
すぐ後ろで化け物の声がした。
***
お兄ちゃんの声が聞こえた!
だから全身全霊でかき消してやる! 捕まっていようが、敵のレベルいくつであろうが、かき消してやる!
ローリエブルーの発光が都井岬さえも青く浮かびだす。野生馬たちの嘶きが聞こえた。
「うわああ」
至近の光に目を焼かれたフライングオークローズナイトがローリエブルーを手放す。
邪悪なピンクが消え、モスの三人が合流する。
「隼斗君やっぱり来てくれた! 任せるよ!」
ハウンドピンクが叫ぶ。
「私はホットレッドを助けに行く」
「……シルクとスパロー?」
光線に体を貫かれ波間に浮かんでいたレイヴンレッドが顔をあげる。
「嶺真さん、僕の手を握って」
スパローピンクが手を伸ばす。
「嶺真ちゃん、私の手も」
シルクイエローも。
キラメキグリーンは納得いかぬ顔で浮かんでいる。
「……その資格があると思うか。私が弱いと思うか!」
レイヴンレッドが自力で空へ浮かぶ。
獣人と化し、宗像の精霊へと向かう。
「離脱できない」
宗像である巨大カピバラは焦っている。
「メイドめ、それさえもかき消したのか」
「スパイラルレインボー!」
ピンクをセンターにした三人の虹が宗像を襲う。
「スパイラルレインボー!」
「スパイラルレインボー!」
レベル250越えにはか弱い光。カピバラが三人へと口を開く。
だとしても。
「レジスタンスを語る屑め! 終わりだ!」
獣人であるレイヴンレッドがその前に立つ。赤い大きな爪でカピバラの顔を切り裂く。
「うおおお」
カピバラが海面に落ちる。
レーザーを全身で受けとめたレイヴンレッドが空を見上げる。かすむ目で月を探す。
「後継者よ、倒すために、全霊を込めろ!」
「私はちがう!」
違うけど、体を張ったこの人のために、相生桧は青龍偃月刀を振るう。
私には分かる。焼石さんこそ善だ。布理冥尊だろうが善だ。……最強の女子五人。なにかが違ったらこの五人でチームを組んでいた。そしたら岩飛さんを雪にして、花鳥風月雪とか……語呂が合わないよ。だからやっぱり私はただの相生桧だ。だからだから。
「こんなの今夜で終わりだ!」
哀しみを帯びた青白い光で両断されて、鬼天竺鼠であるフライングオークローズナイトが消滅する。その精神エナジーも微塵も残さず消滅する。