19 バトルオブボンチ
文字数 3,601文字
「もういいだろう。ではスパロー君、降下を始めたまえ」
司令官に背後で言われて我に返る。十回以上ボタンを押して惰性になっていた。夢月からのメッセージを思いだしたりしてしまった。
そもそも一度も二人きりで会っていないし、笑いながら殺すと書かれても困るし。どういう手段を使ったにしろ、流行りだしたてのSNSアプリを人のスマホに勝手に入れないで欲しい。パスワードもないのに立ち上がったからか、バグを起こして俺から送信できないし。本体の挙動も不安定になったし。
彼女の自撮りが送られて嬉しいと思ったら、盛りすぎで劣化しているし。というか加工の必要ないのに。
そもそも……俺から欺瞞の魅力が消えて並以下の男になったことを知っているのだろうか。
「もう充分と司令官が言ったけど」
バイト先の意地悪な女先輩を思いださせる、アメシロの俺専用の低いトーン。
まだボタンをぽんぽん押していた。
「状況は?」
スカシバレッドならば、何事もなかったように平然と立ちあがるに決まっている。
「三十六回の高位エナジー弾の照射による、爆音爆風の発生は無し」
本来ならあんたなんかと話したくない。オウムは露骨にそんな顔を向けたあとに、専用の止まり木からモニターを覗く。
「爆心地を中心に直径約270メートル、最大深度約34メートルのクレーターが発生。布理冥尊のものと思われるエネルギー反応は無し」
それって、もう終わりってことじゃね?
「スカシバ君の悪を許さぬ心が、必要以上のボタン連打につながったのだろう。そんなでかい穴を開けたら、さすがに本部から詰問されるかもしれない。まあ過ぎたことは仕方ない」
司令官はピンクにハイタッチを求められ、操縦を交代する。
「ただし任務完了の通知が届かない。目視による確認が必要かも」
「小利口な鳥さんよ、こっちもステージクリアじゃない。つまり、汚れ仕事が腐れ仕事になっただけだな」
「少数ガ林ニ逃ゲタ可能性モアリマス。マズハ固マッテ降下シテ、周囲ヲ索敵シマショウ」
「グルカ兵の言うとおりにしてりゃ生き延びられる可能性が高い。よし腐れグラウンドゼロに降りようぜ」
傭兵たちが戦士の目になった。慣れた動作でパラシュートを背負う(彼らに飛行タイプはいない。飛べるのは稀少な特性らしい)。
一人が俺を見る。
「失礼かもしれないが、あんたはレベル30だ。そりゃ俺らより高いけど、亀の隊長の80、仮面のお二人の100に比べりゃあれだ。そんで、ほかの面子は合わせてそれくらい。
これは戦場の法則みたいなものだが、うまく行き過ぎる時こそ何か起きる。あんたらはヘリで待機していいぜ。ポイントの取り分を増やせなんて言わないからさ」
むさ苦しくても惚れそうな正義の男たちだ。だがスカシバレッドだって正義の女だ。
「ご心配なく」と不敵に笑ってみせる。
男は露骨にどきりとした後に、にやりと笑い返す。仲間のもとへと向かう。
「あと十数秒で高度3500に到達。ゲートオブヘルを開けるぞ」
同時にハッチから強風が吹きこむ。フジヤマの高さだけあって凍える暴風だ。むき出しの手足が痛い。どうせすぐに慣れる。
イエローとピンクの背中にもリュックサックが現れる。
「行こう!」ブルーへと声かける。
飛べない奴らを援護するために、真っ先に空へと身を投じる。眼下に黒玉に宝石を散りばめたような盆地が広がる。
***
「プロペラが廻っているのだぞ。上に浮かぶ馬鹿がいるか」
地面に着くなりブルーに怒られる。たしかに即死するところだった。
上空から銃弾と矢をばらまきまくったが、反撃はなかった。クレーターの縁でパラシュート降下する本隊を待つ。
「今夜を生き抜いたとして、報酬はどうするつもりだ」
ブルーは二人きりになるのを待っていたかのようだ。
病室で会ってから、次に顔を見たときにどう感じるかと思った。頼るべき仲間としか感じなかった。俺にとっては、清見さんが仮の姿でうら若き女教授のようなエリーナブルーこそが本物だ。
「できたら受けとりたくないです。でもレベルを上げないと……」
なのに相生智太の優柔な口調になってしまう。
「こんな裏稼業をしているから、私は特定の女性と付き合っていない。下品な言い方をすれば、とっかえひっかえだ。同じ女性と二度も行為に及んでいない。最近はそんな気も起きないがな」
清見さんは見えだした落下傘を見上げながら言う。エリーナブルーでなく清見さんだ。
「お前も恥じることなく報酬の恩恵を受けいれろ。そしてスカシバレッドに強くなってもらいたい。花などにやられないほどにな」
そりゃあなたは何もなくても不特定多数の女性が寄ってきそうですけどね。だいたい俺なんか一度も行為に及んでいないし……。
なんとなく分かってきている。俺は欺瞞の力に頼らずに、限られた人とロマンティックな関係になりたいみたいだ。それでいてピュアだから、特定の相手以外と深い関係になりたくない。
その相手は、絶対に無理だけどスカシバレッド。そして竹生夢月。最近ではその二人を上回る勢いで陸奥柚香も……。まったく特定していないな。
とか考えているうちに、みんなが降ってきた。男たちはけっこうな勢いで地面を揺らすが、イエローとピンクのパラシュートはタンポポの綿毛のように着地した。
敵からの反撃はなく、なんなく拠点を制圧する。
二隊に別れてクレーターの縁を回る。反対側で合流しても、戦闘員も異形の幹部も現れなかった。
だけどミッションクリアにならない。
『指令は敵建造途中施設破壊のまま。残存兵力の掃討に変わらない。つまり、まだターゲットは破壊されていない』
モスウォッチが不吉なことを言うので、十二人はクレーターの底を見る。……これぞ地獄の門だ。巨大な蟻地獄。
一人が照明弾を下へと打ちこむ。人工建造物が照らしだされた。
「……ケント、あれはワインカーヴか?」
「さもなければ防空壕。もしくはよっぽど大事な施設だろうな。土の中に埋めるほどに」
「どうせ、桃のジャムでも作っているのだろ。――俺とオリーが降りる。援護を頼む」
勇気ある二人が降りていく。
「私も行きます!」
あの子だったら、覚悟の目でそう言うに決まっている。
彼らの上に浮かんで援護する。真剣な男たちは俺のスカートを覗こうともしない。
***
反撃がまったくないのが逆に不安にさせる。
正体不明の金属でできた黒光りする建造物は、地表に顔をだしている部分から推測する限り巨大コンテナみたいだ。テニスができるぐらいのサイズだなと、傭兵が表現していた。
隅に扉があった。ぴくりともしない。
「中身は二十歳の男だってな。ソルジャーと呼ぶにはまだ若いが」
二人の白人が俺を見る。
「それでもレベル30ならば今回のチームでエースだ。しかも飛べる。ソウルを見せてくれるのなら、俺はグランドマザーの墓前にかけてサポートする」
こいつはお婆ちゃん子だったのだろう。言葉以上に目が死ぬ気で援護すると言っている。そしてこいつは何度か死を経験しているのだろう。こいつに限らず。そうでなければ歴戦の猛者どもがレベル25前後でおさまるはずがない。つまりは馬鹿野郎どものチームだ。
俺は甲府盆地の底の底から空を見上げる。ダーティーフォースは遮蔽物を用いて数チームで分散しながら降りてきている。モスガールジャーはいない。レベル10ちょっとの彼女たちは、おそらく後方からの援護にまわされている。スカシバレッドは仲間を恥じない。ともに強くなればいい。
「なにをすればいいの?」
だから強い目で男たちに聞く。
「じきにアイルランド人が来る。そいつは
「そしたらライフが一番高い奴が先頭で飛びこむ。俺たちの戦いの流儀だ」
誰の生命値が一番高いかを比べっこしてないが、おそらくレッドなのだろう。
アイルランド人が底に降りたつ。二人に援護されながら爆薬をセットする。
三人はアイルランド人に指示され遮蔽物を選ぶ。俺は彼と岩の窪みに伏せる。耳栓を渡される。目をつぶれと言われる。この四人以外はクレーターの外へ退避している。
「石和と神明の花火が一緒に来たような騒ぎになるぜ」
アイルランド人がくすくす笑う。それがどこなのか俺は知らない――。マスクとゴーグルが顔に現れる。耳栓の上にヘッドホンが現れる。
そして、今までの精密で隠密な破壊活動が瞬時に無意味になる爆音と光が、蟻地獄の中をかき乱す。
煙と埃がおさまっていく。扉は破壊されていた。真のゲートオブヘルが口を開けた。
アイルランド人の手に手りゅう弾が現れる。奇跡的コントロールで地獄へと放る。
再度の爆音。
俺の手にソードが現れる。
「スカシバレッド見参!」
地獄へと突入する。
……でも、そこは物質的天国だった。