34 畏き畏き
文字数 2,518文字
その声とともに、サント号が見えない何かに衝突して揺れる。
「うっ」
生身の夢月がうめくけどスカシバレッドは何もできない。
「銭嵐! 銭嵐! 銭嵐!」
アギトゴールドの手から小銭状の光が飛び散り、結界が消失する。サント号が動きだす。
黒髪のおかっぱ。神楽鈴を手にした白装束の深雪が円盤に着地する。捕らわれた二人を見る。頬を腫らした夢月を見る。
巫女が黒い光に包まれる。
「清め賜へ、封じ賜へ。清め賜へ、封じ賜へ」
黒神子が二度唱え。
「清め賜へ、封じ賜へ」
三つ重ねにする。
寒々しい空気。鬼窟のごとき暗渠な結界に、サント号が再び閉ざされる。
「銭嵐! 銭あら……。規格外の結界か。ほんまものでもどうにもならんけどな」
アギトゴールドが山吹色の光に包まれる。クワガタ柄の浴衣娘になる。
「はは、リングを作りおったぜ。……来るかな思ってた」
銀色の光。レアシルバーがタガメ柄の浴衣娘になる。その手に銀色のグローブが現れる。
「俺ら180越えた。そやかて利息で生活できんので二対一で戦わせてもらう」
アギトゴールドの手にツインソードが現れる。
「正直言うと、レオちゃんよりあんたのがめっちゃ好みや。来たこと誰にも言わんので、帰ってくれ。……獅子はごっつう怒ってる。赤い人たちは中身が破綻している。彼女が来たら誰も赦されない」
「だったら二人を解放しろ」
黒い深雪がトリオスの二人をにらむ。その手に祓いの御幣も現れる。
「かしこき、かしこき」
結界の天井に巨大な氷柱がいくつも生える。
「かしこき、かしこき」
俺と夢月を吊るすクレーンを氷柱が襲う。
「勉強しまっせ! 勉強しまっせ!」
アギトゴールドがサント号をよいしょする。強化されていく……。
「解放しないならば戦う。蝙蝠の巣窟の結界でな」
深雪がレアシルバーへと神楽鈴を鳴らす。
「かしこき、かしこき」
「しゅっ、しゅっ」
レアシルバーは華麗にかわす。
「スパーリングにもなりませんわ。……レオを呼んだら俺の特性もかき消され、赤いお二人が自由になる。それは避けんとならない。なんで俺は手抜きしない」
ガードしながらの突進。深雪はふわりと浮かぶけど、レアシルバーも飛んで追う。
「しっ、しっ」
レアシルバーの強烈なラッシュが、みずから作った結界に追い詰められた深雪を襲う。
「うっ、やっ」
彼女は武闘派ではない。いきなりボコられる。
こんなの見ていられるか。なのに。
「やめろ!」夢月は叫ぶだけ。
「やめろ!」俺も叫ぶだけ。
円盤の上に落ちた深雪の背をアギトゴールドがソードで浅く刺す。
「あ……」
深雪が悲鳴をこらえる。
「結界をはずせ。そして逃げろ。これ以上ここにいると盗人に追い銭だ」
そう言って、アギトゴールドは深雪に背を向ける。
この二人はいい奴だ。任務に忠実なだけだ。悪いのは俺と夢月だ。だとしても。
俺は体に力を込める。
「ダメ。……龍になっちゃダメだよ」
深雪が腫れた顔で立ちあがる。
「最終警告だ。二人を解放しろ。――かしこき、かしこき」
空に人の胴ほどの氷柱がひとつだけできる。
「俺たちこそ最終通告だったのにな」
レアシルバーがかまえる。
「レア、こいつはなにかしようとしてる。お前がやられるのはあかん。俺が行く」
アギトゴールドが結界に閉ざされた狭い空間を飛ぶ。
「ほんまはあんたを傷つけたくない。分かってくれよ! アギトでヘッドバット!」
ソードを頭の左右に構えてのスクリューしながらの突進。
「畏き、畏き」
その声とともに氷柱が割れる。そこから白色のコウモリが現れる。洞窟から飛びたつように湧きあがり、トリオスの二人を襲う。
「畏き、畏き」
コウモリはさらにさらに現れる。
アギトゴールドの回転する体はコウモリたちをはじき飛ばす。
「うわあああ」
レアシルバーは埋もれていく。
「畏き、畏き」
深雪が神楽鈴を鳴らすたびに、コウモリたちがあふれだす。
「畏き、畏き」
「ミリオネアフラッシュ!」
アギトゴールドの金色の光がコウモリを消す。
「畏き、畏き」
コウモリはなおも湧いてくる。アギトゴールドは黒神子へとたどりつけない。
「アギトあかん。エナジーを吸われとる」
レアシルバーがコウモリの中から声をだす。
「レオを呼べ。すぐに」
「ならば電波を狂わす。お前らの脳みそもな」
黒い深雪が御幣を祓う。
「清め賜へ、狂おし賜へ。清め賜へ、狂おし賜へ」
「うおおお……」
アギトゴールドが耳を押さえてしゃがみこむ。
「おつむががたがた言っておる」
「清め賜へ、狂おし賜へ。清め賜へ、狂おし賜……」
黒い深雪が御幣を下ろす。
「“雪割の蝙蝠”が吸ったエナジーの半分は私に戻ってくる。閉ざされた中で私に勝てるはずない。二人を解放しろ」
アギトゴールドは小刻みに痙攣している。返事もできない。
「アギトゆるせ。……コウモリ女、月は生身だからな! 守れよ! 火傷で済まんからな!」
白いコウモリだらけのレアシルバーがよろよろと立つ。
「サント号、鉄板を
サント号の表面から湯気が立ちだした。
「なにしやがる! 護り賜へ! 護り賜へ!」
深雪が生身の夢月を祓う。
円盤表面がお好み焼きができるほどに、いや焦げるほどに熱していく。白いコウモリが落ちていく。結界内が赤くなっていく。……夢月のジャージが溶けてスカシバレッドの肌に張りつく。
「お前らなんかと共倒れしない! するのは、この二人とだげだ!」
黒い深雪が揺らぐ熱気の中で叫ぶ。御幣と神楽鈴を交差させる。
「清め賜へ、殺め賜へ」
「なっ」
レアシルバーが茫然と黒神子を見る。目を剥きだしながら体が粉になっていく。消えていく。
消滅していくサント号の上で、深雪がよろめく。それでもなおも祓う。
「清め賜へ、殺め賜へ」
消えたサント号から落下しながら、アギトゴールドも粉になる。消滅する。
「この祓いは身を削るんだ……。へへへ」
白巫女に戻った深雪も落下していく。
「変身! ミカヅキ!」
かぐや姫が追いかける。
スカシバレッドは柚香を姫に任せて、自分の体を見る。……コスチュームまで焼けてしまった。ダメージは上乗せされる一方。かわいそうに、俺のせいだ。