05 モス来襲
文字数 3,781文字
柚香とも二週間以上会っていない。連絡しないし、連絡も来ない。
『月だよ。智太君の大学に行けるかも。お婆ちゃんが私の彼氏に合いたいって』
夢月からはメッセージだけ来る。当たり障りない返信をしておく。
『仮面ネーチャーの召集はこれくらいの頻度だ。平和をありがたく思え』
ガイアさんに言われる。
『それより模擬戦はどうなっている。俺のところに苦情が来た。月と連絡を取って早く進めろ』
「はい?」初耳だ。
『聞いていないのか? トリオスはUFOを落とされた損害賠償を取り下げる代わりに、三対三の模擬戦を要求した。本部も認めた。
了解ですと答えて、テントに寝ころぶ……。彼女たちが、そりゃ黙っていないよな。夢月が三人に俺を加えたのはともかく、もう一人は当然――、蘭さんに連絡する。
『夢月は柚香に最初に連絡した。柚香は私に相談してきたので辞退させた。レベル198であるレオフレイムの獅子の咆哮。あの子の魔法はすべてかき消される。……昂った穂村はある意味で危険だ。私はあの子を守る義務がまだある』
危険の意味を俺も味あわされているし、柚香も味わっている。
「俺には連絡なしです」
『夢月なら普通だ。当日に連絡するつもりだったのだろ』
「……もう一人はどうするのですか?」
『お前が探してやれ』
通信が終わる。
激しい戦いから遠ざかっている。Sランクに昇格したチームの胸を借りるのはありだな。それに、もう一人もあてがある。
メッセージは面倒くさいので電話する。立て続けに五回かけなおして、ようやくつながる。
『いい加減にしろ! 私は今インスピレーションの――』
「すみませんでした。落窪さんを貸してもらえませんか?」
『はい?』
***
『公然の秘密である布理冥尊を抜け出た三人を、公式に確認させること』
藍菜がリベンジグレイを模擬戦に参加させるためだした条件。いつも交換条件が待ちかまえている気もするが、そろそろあの子たちをクリアにする潮時かも。なので了承したら、さっそくモスガールジャーが視察団として来ることになった。周到なトラップに一歩踏み込んだみたい。
二日後である土曜日午後一時と慌ただしく決まり、今はその四十分前だ。
みんなに伝えるのを忘れていた。
「お兄ちゃん! 結局何人来るの?」
掃除や食事の準備をしながら、桧が愛くるしい顔で尋ねてくる。おもてなしは不要と告げたのに、妹にその気はない。
「勿体ぶって司令官とエースと用心棒は来ない。参謀と黄桃緑の四名だけ」
「この狭い家に総勢九名だと? 岩飛はトビーになって食器棚を庭にだせ」
「承知しました」
春木千由奈が岩飛にマントを手渡す。愛知で押収したマント三枚を桧に渡したら、妹はその場で千由奈に預けた。
岩飛が黒いビキニ姿になって……その姿で棚を一人で抱えて運ぶ。外から見られるのはよろしくない。
「千由奈。家を結界で隠して」
俺は頼むけど。
「私の結界は闇だぞ。この家だけ夜に包まれていいのか?」
三十分前に起きたハウンドピンクの中の人が不機嫌に答える。
それもよくないので、南極トビーに俺の上着を着させて、形だけでも手伝う。さすが精神エナジーの具現。一緒に持ちあげられて運ばれそうだ。
風を感じた。
「ただいま戻りました」
アナグマが浮かびながら姿を現す。くわえていたビニール袋をテーブルに置くと洗面所に向かう。洞爺湖佳の姿で食堂に戻る。死んでレベルが落ちた彼女は他人に変げできなくなったが、透明にはなれる。
「桧殿がおっしゃるとおりに精霊の力を使えば、買い物もたやすい。だが敵であった私たちを信じ、精霊のマントを使わせる勇気。ああ、どこぞの性フェロモンが満ち欠ける下劣な男の妹君とは、おお、とても思えませぬ」
「お兄ちゃんの悪口を言うな! ……椅子が足りない。千由奈、精霊の力でなんとかなる?」
桧が、湖佳が買ってきたお菓子を並べながら尋ねるけど。
「さすがに無理。ここに四つと上に二つ。智太さんが意味なく庭キャン用に買った二脚。トビーは立っているしかないな。トビー、二階から椅子を持ってこい」
「承知しました」
千由奈は腕を組み指示だけで働かない。というか岩飛に命令するだけだ。
「湖佳、飲み物も頼んだよね?」
桧がコップをかき集めながら言う。
「どうせ智太殿がぼおっと立っているだけだと思い、仕事に残しておきました」
「湖佳。そろそろ許してあげようよ。――トビー、コンビニまで走って買ってこい。マントを返せ」
「いいよ。俺が行くよ」
俺はコーラとオレンジジュースを買いにいく。気が休まる。
***
「はじめまして、うふふ」
予定時刻の十分前にまず陸さんが現れた。秋が深まっても二の腕までだした黄色のヒマワリのワンピース。ムダ毛はないけど、女の子たちが固まる。
「レッド、今日はブルーの話はやめましょう。この子たちが責められた気分になるかもしれません」
「……はい」
清見さんはまだ目を覚まさない。もう一か月以上になる。
「これがイエローですか?」
岩飛が指を指しやがる。
***
自転車のブレーキ音がした。
「レッド、お邪魔させていただきます!」
芹澤が俺へと直立不動で敬礼する。長い黒髪と眼鏡。椅子を勧めたけど。
「ひとつ足りません。私は立っています」
「ウボツラヅラに呑まれた、所沢球団好きの奴ですね」
岩飛がくすくす笑う。俺の隣に座りやがるし。
***
「相生、これは司令官から。今日の経費はモスが持つ」
時間丁度に来たジーンズ姿の茜音から、ちょっと厚めな茶封筒を渡される。中身を確認したいけど、桧に渡す。
「妹さん、ひさしぶり。私を覚えているかな?」
桧は首を傾げる。茜音は勝手に上座に座る。以後は全員を無言で見回す。緊張が漂う。
「ピンクですか? 実物は老けていますね」
小声で俺に聞く岩飛以外は。
「オウムだよ。ペンギン、お茶をだせ」
さすが参謀。本部の連中みたいだ。
***
「遅れてごめんなさい。……これが噂のスカシバテントか。赤色にすればよかったのに。黒猫が爆睡している」
遅れたうえに、隼斗は庭に向かう。勝手に名前つけているし。中を覗いているし。俺のプライベート空間だぞ。
「スパロー、始めるよ」
茜音に言われてベランダから入ってくる。秋の日差しに部活で焼けた甘めの顔。相変わらずさらさらの髪。背は俺を越していそう。
隼斗は岩飛をにらみ、湖佳をにらみ、千由奈をにらむ。そして。
「……この人が妹ですか?」
桧に頬を赤らめやがった!
「早く座れ。お前は元気になってからルーズだ」
モスガールジャーの元エースが根拠なく叱る。
「智太さん、見てくださいよ」
岩飛が肘で俺をつつく。
隼斗を目で追う千由奈の頬もピンク色になっていた……。
彼女の隣に座る湖佳と目が合う。隼斗のカップに雑巾を絞りたそうな顔だった。
***
「私がモスガールジャー参謀のアメシロだ。
レジスタンス内では、お前たちは公式には存在していない。が、いつまでもそうはいかない。今後の処遇を本部が決めるまえに、我が隊の司令官が現状を確認することになった。だが彼女をお前らの前に晒せるはずない。なので代役として私が来た。
ちなみに月がスーパー魔法少女の状態で現れるよう待機している」
茜音が千由奈だけを見つめながら、座ったままで言う。モスの残りの三人は、彼女の用心棒か。芹澤は彼女の背後に立つ。陸さんももう微笑まない。
「アメシロ殿、まず処遇に関してお教えいただけないでしょうか? そこに本部への連行が含まれているのならば、会談は必要ございません。ただただ私と岩飛殿は全身全霊をかけて千由奈を守るだけです」
湖佳の言葉に、岩飛が隣でぎょっとしている。
「それを決める材料を探るために来た。その態度自体も評価の対象だ」
「なるほど。つまりご機嫌を取る言葉だけを喋れとでも? ああ、ならば声高々にレジスタンス万歳と歌いましょう」
これは評価が落ちるだろ。俺は黙ったままの千由奈を見る。……隼斗をちらちら見ていた。
「この子は変わっているけどとても素直でよい子です!」
桧が口を開く。
「ひどい目に遭ったと聞いています。ここに来て一週間精神エナジーの枯渇に耐えていました。意図せぬ裏切りの濡れ衣にも耐えました。そして立ち直りました。
他の二人も……、悪い人じゃありません。私とお兄ちゃんが保障します。千由奈たちに罰をあたえるというのならば、お兄ちゃんが黙っていません!」
さすが桧。俺が言いたいことを簡潔かつきっぱりと告げてくれた。岩飛も横でうなずいているし。
「分かった!」
隼斗がいきなり手を叩く。
「桧さんはスカシバレッドに似ているんだ。あの人よりもずっとかわいいけど」
場を読まない発言に誰もが戸惑うより早く。
「スカシバのがはるかに素敵です! スパローはその言葉を取り消してください!」
芹澤が茜音の後ろで本気で怒りだす。
「二人ともやめよう」
茜音が眉間に手を当てる。
「レッドの意見を聞きたい」
「桧と同じ」
「……了解。以上を司令官に伝える。シルク、お茶をいただこうか」
「そうですね、うふふ」
尋問はあっという間に終わったと思った。