28 深川蘭
文字数 2,526文字
深川蘭には後悔しかない。悔恨しかない。柚香と夢月……二人へ謝罪したい。泣きながら土下座したい。泣き喚きたい。
でも深川蘭はそんなことをしない。私は強い女だから。強い母親にならないといけないから。おのれの過ちなど認めない。正義とは強くなければならない。
しかし吉原め。蘭ちゃん一緒になるしかないね、今よりずっと幸せにするよ、僕は子どもが大好きと笑いやがった。
どの夜の行為でできたかはおおよそ分かる。190センチで空手をやっていた吉原でも、私は生身で魔法も使わず倒せる。でも、あの夜抵抗しなかった。私にこそ非がある。
私にこそ非がある……。あの二人と本部に謝罪しないと。もちろんするはずない。心はじわじわと生まれてくる赤ちゃんだけに片寄っていく。私と吉原の子。気取らない彼の子。
でも私はまだ今年二十六歳。すべてがこれから始まりだったのに。正義の女なんて関係なく、産み育てる以外に選択肢などない。なんとなく予感がしたからタバコをやめた。アルコールもやめる。……この子が私のお腹に来てから何度か変身した。でも初めての検査では異常は見つからない。この子が産まれるまで、もう二度と変身しない。この子が育つまでは……。
それでもそれでも、妊娠したまま戦えるのか、ひとつの体にあるふたつの魂は変身でどうなるのか、櫛引博士に先ほど聞いてしまった。
『前例がない。その意味は分かるか? 正義の味方で結婚した人は多数いる。でも、妊娠して戦った前例はない。みな個人が決めた』
そういうことだ。私の正義の味方人生は、たったいま終わりだ。これからは、ひとつの魂に愛と力を注ぐ。
……でも涙が止まらない。中途半端だからじゃない。本部の報復など怖くない。理由がはっきりすれば、むしろ裏方としてレジスタンスを助けることを望むだろう。この涙の原因は。
柚香。夢月。そして雪月花。
私が鍛え育てた最愛のチーム。それを見捨てる。遠ざかっていく。
柚香……。
魔法の天才。受験勉強の片手間に正義の味方ができた奴。第一志望は落ちた。地方のエースのプライド。強制しないと地味仕事から逃げる逃げる。
エナジーの消費が激しい魔法ばかり。ライフ値は伸び悩み。一度死んで、田舎のエースが大海を知る。それからは私に頼る。夢月に頼る。慎重じゃなく臆病。勉強オンリーで彼氏歴なし。男が嫌いだからですって、恥ずかしいから口にするな。実際は当然だけど興味津々。
自尊心からの出身地コンプレックス。金髪ショートや深雪になっての丁寧語はそんな心の裏返し。そんなの必要ないのに、自分から結界張って……。
でも優しい子。純粋な子。そこまででない攻撃力のくせに幹部二体と戦いきった、土壇場に強い子。そんな子と力を合わせ戦うことがいきなりなくなった。もう彼女の祓いを受けることなく、彼女を守ることもなくなった。涙が止まらない。
夢月……。
規格外。超越かわいい。予測不能。
幼いころに何かあったのか男に構えている。そのトラウマからか容赦なく敵を追いつめる。そのためか強い敵から逃げる逃げる。怒れば制御不能。私以外は、になっている。ほんとは私にも無理。本部が恐れるのは……善悪の境目。タイトロープ。
頭がいい柚香を尊敬。柚香が大好き。でもわがまま。お前はかわいく甘えてるつもりでも相手は怯えてるんだよ。何でも笑って済ますな。相手の心に寄り添え!
彼女の子守りから解放されて安堵する自分がいる。でも優しい子。純粋な子。ほがらかな笑顔。もう戦いであの子の笑みが見られない。怒ることもできない。癒されることもない。だけど私は涙を飲みこむ。母親だから。いつまでも泣くのは、この子に申し訳ない。
原理主義……。
あの二人で戦えるはずない。夢月は勝手に動く。勝手に逃げる。逃げられなければ十五夜使う。柚香は動かない。人に頼る。頼れなければ……極上な餌。
誰に託そう。仮面の二人がレベル上位の女の子たちと戦うはずない。傭兵たちは論外。亀甲隊は無理。モスガールジャーなんて……、夏目の配下にさせるものか! あの馬鹿に従えるのは一途なまでの正義の心のみ。あの四人のように。焼石嶺真のように。カスになった緑のように。
そもそも、あの子たちと同格に戦える戦士なんていない……。
一人いた。
相生智太……。
数戦目のレベル30が中央幹部を倒した。しかも死んだ直後に。レベルが後追いする存在。だとしても超絶論外。胸ばかり見ている。何考えているか分からない系の無口。布理冥尊であろうと中学生女子を成敗できない、飼い主に似て視野の狭い正義……。
優しい目と言うけど、胡蝶蘭は先日見抜いた。隠された強い目、怖い目。本宮にひそむ魔女のような冷血な眼差し……。融通効かない正義のためにすべてを差しだす。すべてを赦さぬ。あんな奴にあの子たちを預けない。道連れにされる。夢月の目を覚ませられないのが無念。柚香の目が覚めたのだけ安堵。
もういいや。私は前線から立ち去る存在。あの子たちには、連絡を取らなかったことを詫びるだけにしよう。今後の方針を本部と話し合い決まったら、それから教えよう。二人が行きたがっていた、十代や地方出身受けするお店でランチしながら。
イレギュラーに戦闘が始まったみたいだ。柚香も本部も慌てていたけど、もはや何もできない。何もしてはいけない。だから通信を切る。五人衆が一人や二人ぐらいなら夢月がいれば平気だ。それに夏目がいるならば。あのくじら雲は正義を勘違いしているから。だから焼石は去っていった。おのれとチームは犠牲にする。でっかい雲もいずれ消える。
吉原がCEOするベンチャー企業もでかい。それでも結婚パーティーは一度きりにさせる。人数など削りまくって控えめにさせる。仕事絡みと言われようが、それだけは譲らない。私は目立てぬ存在だから。
その場所に、あの二人だけは必ず招待する。隅にちょこんと座る二人――。よけいに涙があふれだす。
産婦人科のベンチにいつまでも座ったまま、深川蘭はお腹をさする。