15 白熱する新歓バトル
文字数 2,063文字
ハウンドピンクである犬が、前足で鼻を押さえながら転がる。……こいつは俺に何か唱えようとした。
「凪奈すみません。誤ってあなたを噛んでしまいました」
どこからか諭湖の声がする。
「いまだ! とお!」転がる犬をアグルが蹴る。
「たあ!」ガイアが巴投げる。
「きゃあ!」
ピンク色の気品ある犬が背中から落ちる。……でかくなっても肉弾戦は苦手かも。
「パックは牙をださなくていい。どんどん惑わしてよ」
アフガンハウンドがキャンキャン喚く。大浴場に反響する。
「ただちに」姿が見えない諭湖の声。
蒼柳は傍観している。ヌメリイヌは奴を守る。さっきから、こいつらは共に戦おうとしない。
原理主義、反原理主義、中庸派……。
ん? 穴熊パックがささやきだした。
――危険なのはウィローブルーよりも凪奈。決してそばに寄らないように。そうは言っても、蒼柳様は言霊と“濁流”の精霊。原理主義でなくとも欲望に忠実です。あなたの精神エナジーが尽くのを待ち、蹂躙するために連行するでしょう。……その後のあなたの処遇は決まっています。黒岩様の餌です。
束の間黙ったあとに。
――ああ。すべて教えます。我々こそ時間稼ぎ。
「スカシバ惑わされているのか? パックの言葉を信じるな。どうせハデスブラックが来るとでもワンパターンだろ」
アグルさんが言うけど、これは惑わしではない。ここから先、俺は彼らと同じくらいパックを信じる。信じる以上は、彼女も守る!
「お前こそ逃げろ。トリオスが来る」
見えない諭湖へとぼそり言う。
――それを捕らわれた孤狗狸のように大声で叫んでください。惑わされたようにです。
「穴熊パックめ! ハデスブラックなど怖くない! じきにトリオザスーパースターが登場する!」
スカシバレッドは大げさなほどに叫ぶ。
「……関西Aランクチームか。しゃちほこランドで雪月花と喧嘩を始めた愚かなテロリスト」
蒼柳は動じない。
「スカシバレッド案ずるな。あのレッドよりも――下品な本当の女三人よりも、四人のレッドの中で、おまえがずば抜けて美しい。中身が男であろうとな」
まだ俺だけを見ている……。怖くなってきた。
「夜闇!」
ハウンドピンクが体を震わす。
「新月の闇を三層に敷いた。それでもライオンは咆哮だけで削り、私の術を跳ね返す。……私たちは命を大事にしたい」
「臆病者め。ならば転送してくださいと私に頼め」
「……転送してください」
布理冥尊の仲間同士のやりとり。
「ふん。捕虜を連れていけ。パックも姿を現せ」
蒼柳が吐き捨てるように言う。
――またお会いしたいですが、ヌメリイヌは拷問のプロ。早くも何か聞きだしたようです。あなたまでたどり着くかも。
スカシバレッドへとささやいた後に。
「お待たせしました」
棒にビキニをつけたスタイルの押部諭湖が現れる。
アフガンハウンドとともに傭兵たちへと歩む。
「スカシバ、取りもどせ!」ガイアが叫ぶ。
スカシバレッドはソードを両手に飛ぶけど、諭湖が振り向き首を横に振る。
躊躇したスカシバレッドが、「束縛」により空中で動けなくなる。見えない縄で亀甲に縛られる。
「離脱」
その声に、ハウンドピンクが消える。押部諭湖も消える。捕らわれた傭兵たちも薄まる……。
関東管轄のみんなが数珠につながり……。
なぜためらった! 俺など犠牲に魂を燃やせ!
「ふん!!!!!」
スカシバレッドは全身全霊を込めて、亀甲縛りをはじき飛ばす。
消えゆく捕虜に飛びつく。
「耐えてえ!!!!!」
男たちを抱きかかえて、すべてのエナジーを注ぎこむ。
彼らを連れ去る力が遠ざかる。
「なるほど、エナジーと引き換えに私の言葉を打ち消すのか。だがゼロになったな。――私は捕虜を連れ、この女と私の部屋へ行く。ヌメリイヌはひたすら粘ってくれ」
ウィローブルーがほくそ笑み。
「私はただつぶやくだけでいい。エナジーを減らすことなく何度でも。――ともに移動」
「くそ」
もうスカシバレッドは耐えられない……。必要なく、連れ去る力が弱まっていく。
「……かき消されたか」
ウィローブルーがつぶやく。
「ハウンドの結界も霞んでいく」
ガイアが野太い声で言う。
「獣王の威圧」アグルが言う。「到着したな」
「スカシバレッド聞け! 桜散れ……桜散れに気をつけろ!」
正義の味方であった血まみれの一般人が、潰れた目で俺を必死に怒鳴る。
「ハ、ハウンドの新しい技だ。それで強制的に離脱させられた。そして時空を追われて、
「すまぬ。吐いてしまった」
もう一人も、スカシバレッドの胸で
「月の本名。奴らは何よりそれを望んだ」
「……平気。彼女はいつも歌で明かしている」
「あのバージョンは電波を魔法で歪ませてから、弱い敵を殲滅するときしか歌わない」
男たちは気を失う。
スカシバレッドは二人を抱えて