23 果し合いまで三時間になってしまった
文字数 4,114文字
アグルさんに連絡ついでにバイクなしでの転送方法を教えてもらった。極めてシンプルな手順だった。ガイアさんは通信にでなかったので、メッセージを送っておく。……これでバイクで人を轢く恐れがなくなった。被害者も一名だけで済んだし。
『言い忘れたけど! 転送とは精神エナジーを鎧にして亜空間を強引に移動すること! 生身の心身に悪影響を及ぼすから多用しないように!!!』
小出しに教えてもらったけど、それくらいは感じている。通学とかで使うつもりはない。
『相生君や月ぐらいに強いエナジーならば余裕だけどね!!』
だから小出しにメッセージするなよ。また見落とす。
柚香はユニットバスで着替えている。ドアは半開きだけど角度的に覗けない。タイマーが鳴ったから目薬を差す。
「秋田の先輩って女性だよね?」
半開きへと声かける。二分の一の確率だ。
「もう、やっぱり聞いてなかった」
半開きから声が戻る。
「男。二十二歳のきりたんぽ職人の
色々とインパクトがあるぞ。これを聞き流せたとは、俺こそ職人レベルだ。
「かっこいい特性だね」
「見た目もね。イケメン職人とテレビの旅番組で紹介されてフォロワーが五万越えた」
「……柚香もファンだったの?」
「まさか。すぐにレベル追い越したし、だいぶ伸びたようだけどまだ下だし、高卒だし。――お待たせ、行こう」
お約束のスーツ姿で現れる。メイクもあっという間に手なれたもので、うっすらアイメイクまでしているではないか。最強兵器である目もとをさりげなく強調。さすがは柚香。
二人は手をつなぎ俺が端末を押す。手をつないだままモスプレイに現れる。与那国司令官とアメシロだけがいた。一番乗りだった。
「変身した方がいいの?」柚香が聞く。
「いいえ。菜っ葉は本体が入院しているから仕方なく」
オウムが俺をにらみながら答える。
「私は付き合いで無理やり転生させられた」
「ガイアさんとアグルさんはブリーフィングには参加できない。……夢月は?」
「まずそれを聞くか? 謝罪は一度で充分と判断したか、ははは。本部が来るので、彼女は呼ばない。――蒼柳と春日ともう一人が作戦に参加する。彼らの顔を見ようと、相生君も冷静に対処してくれ」
あいつらが? あいつらとともに戦えだと?
「俺は帰ります。では現地で」
端末を押す。自宅キッチンに転送される。
「おかえりなさい。荷物が玄関に届いていますよ」
風呂上がりの岩飛がノーメイクの地味顔で、長袖Tシャツと黒色パンツ一丁で冷蔵庫を漁っていた。こいつにはドキリとしない。岩飛も俺相手に恥じらわない。
雪月花の端末が俺のどこかで鳴るので手に現す。
『帰っちゃだめだよ。すぐに戻ってきて』
「あいつらを見たら絶対に殴る。それでよければ行く」
『……なんでそうなるのかな。挨拶もできないし、もっと大人になろうよ。戻ってきても、話など何もきかないしね』
通信を切られた。戻らないと柚香との関係が120%終わるかもしれない。でも、どうせまた柚香は許してくれる……。
俺はなにを考えた? 姑息すぎるだろ。だからネーチャーの端末を手に現す。転送はこっちでしかできない。
「いよいよ出発か」
千由奈たちがやってきた。桧と湖佳はラフな部屋着。千由奈はピンクのシャツに黒のスカート。運動靴を手に持っている……。
「お兄ちゃん! ぎりぎりだからってスピード出し過ぎないようにね」
「こうなったとしても、私はああ見送ることしかできません」
……ええと。二十三時までに千由奈と二人乗りで伊豆奥深くに行かないとならない。今はまさに二十時ちょうど。
「ここからバイクで二時間ぐらいかな?」
「お兄ちゃん! 車で三時間だよ」
ならば飛ばせば余裕で間に合う。とりあえず柚香に通信。
「今からハウンドと伊豆へ行く」
『なにそれ? ちょっと待って。…………司令官が、モスプレイで一緒に行こうだって』
ちょっと待ってと俺も言い、千由奈に尋ねる。
「蒼柳や本部と一緒に行動できる?」
「ならば私は行かない」
「ハウンドが嫌だと言うので、バイクで行く。ヘルメットを貸すけどごめん」
『……伝えておく』
通信が終わる。雪月花端末だけを手から消す。
「千由奈、俺のうしろにしがみついて。股をひろげて」
「……ジャージに着替える」
「行ってくるね」
みんなへと手を振る千由奈とともに、バイクをターゲットにして転送。笹塚の駐車場に現れる。二人ともスカシバイクにすっぽり乗れたけど。
「うひゃあ!」
出くわしたおじさんが気絶した。頭は打ってないよな。呼吸は安定している。
どこかで雪月花の端末が鳴る。夢月からだ。
『今どこですか? 私は足柄のサービスエリアです。ミカヅキでだよ。智太君がバイクなら後ろに――』
「まだ都内。これからのスケジュールは?」
おじさんを介抱しながら返事する。
『しばらくここで待機。本部からの連絡を待てだって』
「了解。単独行動はしないようにね」
『うん』
おじさんは一分で意識を取り戻す。持病は無いそうだが、念のため救急車を呼んでおく。
千由奈に白いヘルメットを渡す。
「バイクに乗るの初めて」
「しっかりしがみついていて。何かあったらヘルメットにヘルメットを二度ずつ二回当てて」
「恋人みたいだな」
スカシバイクは二十時過ぎの笹塚から旅だつ。
***
『東名道は事故で通行止め』
スカシバイクのモニターに表示された。厚木西から小田原厚木道路へ迂回の指示。箱根経由だ。時速150キロに抑えた運転。側道から車を追いこすたびに千由奈がしがみつく……。『Caution』だと? バックミラーに白バイが見えた。
170キロに上げる。千由奈が更に必死に抱きつく。
ヘルメットを執拗にぶつけてくるので、路肩に停める。ふらふらしながら降りるのを手伝う。
「じきに平塚料金所がある。そこで捕まるぞ」
悪であった中学生女子に教えられる。その手に桜色のマントが現れる。
「結界に包む」
他の車が危険だが仕方ない。ツインテールの制服姿に変わった女の子が乗るのを手伝う。スカートでまたぐからピンク色のパンツが丸見えてしまった。しかも大股開き。でも中学生の貞操シールドを発動させずに済んだ。すでに戦場モードの俺。
スカシバイクは夜闇に守られて料金所を突破する。白いヘルメットが消えたけど、精霊を解除すれば現れるだろう。
『Warning.Inspection』の表示。英語を使うなよ。
またまた路肩に停める。見えない結界に衝突したら車が大破するので、なにより解除させる。
「どういう意味?」中学生に尋ねる。
「さすがにワーニングは知っているよな? インスペクションは検問だったと思うが、夜闇に隠せば心配ない。……もう少し速度を落とせないか? クロハネに乗ったことがあるけど、匹敵するスリルだ」
さっきの白バイが追い越していった。急停車して俺たちを見る。その手に黒いマントが現れる――。
「乗れ!」と叫ぶけど、彼女は精霊になろうと一人で乗れない。しかもふらふら状態……。前方から逆送してくるバイクのヘッドランプが見えた。三台。
「ブラックフィーバーズだ」ハウンドピンクが慄く。
そいつらは、納豆ランドで(姑息な手段で)壊滅させた親衛隊チームだよな。たしか合計レベルは、598か698。(人を襲った)原理主義じゃないから、死んでも魂が闇に閉ざされることはない。だとしてもレベルは落ちて、今は300か350ぐらい。この二人ならば余裕で戦える――。
こいつらすでに精霊になっている。バイクが世紀末の悪党どもの仕様の如くなっている。牙が生えたり、チェーンを垂らしたり、チョッパーだったり。
「奴らはバイクと人馬一体。レベルが落ちても四人一緒ならば手強い……。何故に奴らがここにいる。待ち構えていたかのように」
車の流れが耐えていた。平塚で大規模な事故。上下線とも通行止めと表示されている。
何かが来ると感じる。ならば雑魚を片づける。
ハウンドピンクを抱えてパンツ丸出しで乗せて、仮面ネーチャーの端末を手にだす。……俺だってスカシバイクを強化できるはず。
シートに飛び乗る。端末を持ったままハンドルを握る。
「変身!」スカシバイクごと赤い光に包まれる。「仮面スカシバレッド降臨!」
かぶっていたヘルメットが兜と化す。おそらくきれいで格好いいだろう。スカシバレッドはバイクを見る。色々とカスタマイズされていそうだけど、何より赤い鋼鉄の羽根が生えている!
『後ろに乗る私にも兜が現れた』
ハウンドピンクの声が聞こえる。通信機能だ。
「奴らを倒す。ハウンド、絶対に落ちないで」
『分かった』
ハウンドピンクがスカシバレッドの細い胴にしがみつく。
四台が横一列になって向かってくる。人馬一体となったレベル上位者へと。
馬鹿め。俺が解き放つべき新しい技。ハンドル越しにスカシバイクから伝わる。
「ウイングスカシバイク初陣!」
スカシバレッドはスロットルを回す。バイクの羽根がひろがる。
「ワイバーンアタック!」
スカシバイクと交差した二台を羽根が切り裂く。スカシバイクはあり得ぬ角度で切り返す。二台は爆破炎上と同時に消滅する。
残るも二台。……ボタンなどいらない。叫べばいいと分かる。
「レッドワイバーンビーム!」
二灯と化したヘッドライトから赤い光が飛ぶ。貫かれた二台も爆破炎上し、消滅する。
『破滅的な強さだな』
「ありがとう。ここからは飛んでいく」
『えっ? やめ――』
スカシバレッドはアクセルをフルスロットルする。
「ウイングスカシバイク飛翔!」
スカシバイクが滑走して前輪から浮かんでいく。空へと浮かぶ。道路を離れる。
同時に。
「きゃっ」
悲鳴を残してハウンドピンクが落ちる。
スカシバイクは空中で切り返す。漆黒のエアサーフボードを見る。あれがクロハネ。
レイヴンレッドめ。
スカシバイクの翼がスピネルソードのごとく赤く光りだす。