20 戦後処理
文字数 3,355文字
UFOがないと何もできないトリオスに代わって、俺が雪月花端末で連絡する。柚香と話しづらいのでメッセージで済ませた。
『死んだ魔女も倒れているかもしれないから、樹氷温泉アジトに向かう。そこで合流するだって。つつかれて落ちても助けには行きませんと、絶滅危惧水生昆虫に伝えろとのこと』
毎度のことだが、極限まで働かせられる。はやく夢月のもとに行きたいのに……。スカシバイクはどこにあるだろう。あの中にスマホや財布も入っている。それも毎度心配しているような。花鳥風樹のマンション地下駐車場に戻っているだろうけど、スクラップになっているかも。……マシンワイバーンはまたも見せ場なく破壊された。復活しない予感がする。一矢報いたかった。乗り手の責任だ。
とにかくバイクがないのならば、帰りはモスプレイに乗せてもらうしかない。山形新幹線よりは疲れずに帰られる。
などと考えながら、よろよろのスカシバレッドは穂村を背負って原生林を低く飛ぶ。アギトゴールドはレアシルバーを抱えてひーひー飛んでいる。ツキノワグマと出くわして驚かしてしまったし。もう冬眠すればいいのに。俺だって寝たい。
「あんたを抱えた状態で、ほむちゃんは精霊を解除したですね。一緒に色男に戻れんかったってことは……皮算用どおりにはいかんかもしれんな」
前を飛ぶアギトゴールドが不吉なことを言う。
***
俺以外のモスガールジャーメンバーはすでに樹氷温泉の布理冥尊アジトにいた。深雪が倒したレベル100以下四十七名が気を失っていた。討ち入り前夜みたいに一大勢力がここで寝泊まりしていた。一人ずつ起こしてはマントや戦闘員服を押収していく。その場で破り捨てる。
帰還したスパローピンク以外は、疲れ果てた身で面倒な作業を続ける。俺も免除されない。正常に戻ったレオフレイムも働かされた。百合の力を授かって回復したレアシルバーもだ。俺はレオフレイムからの回復を拒否した。当然だ。
コンディションは10%ぐらい。4か月の経験だけど分かるようになってきた。俺のエナジーが復活するのを司令官も知っているからブラックに働かされる。さすがにきつい。はやく解除して寝たい。
牛になった東北三県の支部長たちは同じ部屋に横たわっていた。……地酒の空瓶と玉こんにゃく、イカ人参。仕上げは盛岡冷麺だったのか。司令官は彼らさえマントの没収だけで許した。介助なんてしないけど、エナジーが回復するまでは部屋で何日でも休めばいいとのこと。星空義侠団団員以外は。
百夜目鬼はいなかった。一度死んだぐらいならば、夢月と同じく依然規格外だろう。
また雪はうっすら積もっていく。スカシバレッドは宿の浴衣をコスチュームの上から着る。紺色の半纏も羽織る。
「義侠団たちを本部に送るのですか?」
キラメキのモスウォッチで与那国司令官に尋ねる。彼とアメシロははるか上空のままだ。
『連中に引き渡すのは不本意だが、明らかな裏切り者だし仕方あるまい。本部数名と東海管轄のCチームがお迎えに来る』
『その本部から連絡。到着まで数時間かかる。それまで待機していろとのこと』
アメシロが通信に割りこむけど、そんなに居られるか。
「私だけでも帰ります。私はフル稼働でしたので、当然だと思います。それに、もしかしたらスカシバレッドの姿から戻れないかもしれないし。じつは――」
事情を説明する。
『まじ? 仮面の端末は? 消えた? ちょっと待って』
司令官は端末を操作したみたいだけど、俺の姿に変化はなかった。
『……まあ、あれだな。赤い月と早々に試すべきだな。……キラメキ君に代わってくれ』
真横で緑色のスキーウエアに身を固めて直立不動しているキラメキグリーンにモスウォッチを返す。
「はい! はい! 通信を終えます。――スカシバレッド、私は貴殿とひと足先に東京に戻ることになりました。『昼は蝶』のすぐそばです。貴殿と抱き合い転送されます」
つまり駒込だなんて思う間もなく、キラメキに抱かれる。スカシバレッドより彼女のがちょっと背高い。唇が触れそうな超至近距離でスカシバレッドの目を凝視してくる。怖い。
「服とタクシー代を借してくれる?」目を逸らしのけぞりながら頼む。
「はい! それでは転送してもらいます。与那国司令官、お願いいたします!」
「ち、ちょっと別れのあいさつを――」
俺が言うのに、キラメキグリーンだけが裸になっていなくなる。のけぞっていたからちゃんとに見れなかった。
シルクイエローがやってきた。モスウォッチを渡される。
『……さきほどの話に信ぴょう性がでてきたな。とりあえずモスプレイで帰ろう』
夢月とともに変身を解除して生身に戻れなければ、ずっとこのままが確定したようだ。この姿でもお茶ぐらい飲めるけど……夢月とこれ以上ないほどに肌を合わせられなくなる。
「野原宏は何も話したくないそう。とくに私には」
セイントアローの尋問を任されていた深雪が戻ってきた。巫女装束の上にもこもこのダウンジャケットを着ている。支給品でもちろん白色。黒神子になると黒くなるのだろうか。
「スカシバレッドとなら語り合いたいって。男の姿で腹を割って」
間の悪いことばかり。深雪が椅子に座りこむ。彼女のコンディションは回復しない。それが普通だ。
「スカさん、うちらの割り当ては終わりました」
アギトゴールドにも声かけられる。俺と同じくアジトの紺色半纏を羽織っている。
「深雪ちゃん、本日のポイント取り分はモスが7、トリオスが3でどないっしゃろ? ほんまなら9対1だと思いますがまけてください」
「……82は?」
「おおきに。ほな帰らせていただきますけど、ちょっとだけ試してみましょ」
「深雪さんとスカシバさんのツーショット素敵ですね」
レオフレイムの声。それじゃと深雪が逃げるように去っていく。
「レオちゃん反省しような」
タガメ女の手に赤いマントがあった。
「これは没収ちゅうか破棄しますけど、その前にあんたと一緒に精霊になります。そして一緒に解除します。よーいどんからやれば、どさくさで男に戻るかもしれません」
穂村と抱き合って変身して解除ってことか。
「誰かと変身って経験あるの?」
「いいえ。初めての体験です」
そう言って、レオフレイムが穂村に戻る。
「いたた、まだ首が痛い」
こいつの自業自得だから謝らないし、むしろ慰謝料をもらいたいぐらいだ。なので、解除される予感はないけど。
「だったら軽く抱き合あいましょう」
スカシバレッドは向かい合って、よく見えるように二人に隙間を作る。スカさん呼ばわりした虫女どもには見えないように立ち位置を調整する。
「じゃあやってみて」
穂村が俺にもかかるように赤いマントで身を覆う。スカシバレッドの姿に変化はないけど、穂村は全裸になって赤い光に包まれる。赤いシスターが現れた。三秒足らずの出来事だろうとしっかり目に焼き付けた。やはり大きかった。
「なんでうちが裸になると?」
シスターが真っ赤になっているが、こいつを興奮させるのはうまくない。
「私は目をつむっていました。はやく解除して」
今度は穂村は胸とかを手で隠したけど、また抱き合いながら赤い光に包まれる。
俺はスカシバレッドのままだった。
「裸とか言ってましたけど、ほむちゃんがですか?」タガメが言う。
「さあ。それよりやっぱり無理でした」俺が言う。
「あきませんな。まあなんとなるでしょ。難しく考えんようにな」クワガタが言う。
「本部が来られるのに待たないの? 私は挨拶したい」レオフレイムに戻った穂村が言う……。
「今日は伊勢さんも稲葉さんもおらんって」
アギトゴールドが言い、俺へと。
「ウェーブラビットであった稲葉奈美恵さんは引退して本部に入りました。どちらもめっちゃいい人ですし、お世話になりました。うちらは、あの二人への恩返しのためにも戦っています」
レオフレイムが何度もうなずく。
「俺は本部が好かんかったけど、あの二人がいるならとやかく言わずに従う。どんな任務だろうとな」
レアシルバーが空を見上げる。
「サント号!」
不吉なほどに曇った空からUFOが飛んできた。