25 空の上のモス
文字数 3,003文字
「痛すぎるぞ……。俺は逃げねえ。俺はメインランド(東京のことだ)の、戦闘員があふれ出るハチ公区の統括部長だ! 蛾などに負けるかよ!」
「カマキリなどに負けると思って?」
スカシバレッドは不敵に笑う。足はかくかく。
「……俺はオーガイエローたちと合流する。てめえらも来い。果し合いだ!」
マンティスグリーンが飛んでいく。
見届けて座りこむ。……際どかった。
俺のどこかの端末から柚香の涙声がする。だからすぐに立ち上がる。カマキリを追わないと……。
『あらたな作戦行動を伝える』
今度はモスウォッチからアメシロの声だ。
『ブルーは人質の救出。レッドは
ターゲットは何日も熟睡してないから、その場で生身に戻ったと思われる。本機はステルスを弱めるから、騒ぎになる前に来て。
残りの二名は残存戦闘員の掃討。その三体の位置は本機より伝える』
高度50メートルに、漆黒の機体が陽炎のように現れる。ブルーが女の子を抱えて飛んでいく。
指令を優先せざるを得ない。スカシバレッドは実体に戻った伊良賀紗助を抱えて、よろよろと空を飛ぶ。……こいつは隼斗を守ろうとした。あれがなければ、もう一発マンティスグリーンに当てて、俺はエナジーがゼロになって地面に転がった。それでも戦い続けたに決まっているけど。
『相生、相生、なして返事してくれないの。……生ぎているよね』
柚香の嗄れた声。彼女は泣き喚めいていたけど、それどころではなかった。
「元気だよ。もうすぐ向かえるから頑張って」
相生智太が答える。うまい返しが思いつかない。
『松の結界を三層に張って閉じごもっている。
紅月は幻影に十三夜をえっぺ撃って消えた。布理冥尊は今までで一番不気味。怖い。気持ち悪い。それがおでを探している。
おでを食うって言っていた。もうじき見づけられる。
東京に来でから強い敵ばかりと戦わされる。んだのに蘭も夢月もいない……。
白いカマギリが飛んできた。もう嫌だ。国に帰りたい』
「すぐに行くから」
弱すぎる柚香との通信を終える。夢月とも連絡取りたいけど両手がふさがっている。伊良賀をおろさないと、端末を呼びだせない。
「うわ! あああ……」
四回目の死を経験した伊良賀紗助が、スカシバレッドの腕のなかで目覚める。暴れるので強く抑える。すえた匂い。こんなの嗅いでいたらエナジーが回復しない。脂汗で手が滑りそうになる。
「もう許して……。お、俺はどこへ連れていかれる」
「私はレジスタンス。あなたは本部に連行される」
「や、やめ……。だったら布理冥尊に喰われたほうがましだ。あいつらはここまで放し飼いにしてくれた。お前らが俺を追わなければ、今日だってなかった。俺を入信させて幹部にしようとするだけだった。俺を脅すために、俺の前で生け贄を食おうとなどしなかった!」
スカシバレッドには興味ない話だ。目のまえの悪を倒すだけ。守るべき人のもとへ行くだけ。
でも。
「あなたは三回死んだと聞いている。だとしても、なんで戦いから逃げたの? 召集されても現れなかったの?」
病室に隼斗がいたのに。なぜに彼を守ろうとしなかった。
「……ふ、ふははは」
伊良賀紗助がスカシバレッドの腕の中で笑いだす。
「呼ばれても行けなかったんだよ。転生しなかったんだよ! ……死にまくった俺は怯えて、強き心はどんどん消えた。正義の味方ではなくなった。ただの卑屈な人間になったのさ!」
伊良賀紗助が嗚咽する。俺と入れ替わりにブルーがハッチからでる。
***
「ターゲット確保。
アメシロの冷静を装った声。
伊良賀紗助はモスプレイの中を見る。しゃがみこみまた嗚咽しだす。
女の子は毛布にくるまり眠っている。あの時のように。
「スカシバ君ご苦労であった。ブルーは、任務完了したイエローとピンクの収容に向かった。へとへとの君にも彼らの運搬を頼まなければならない。エリーナ君は早い者勝ちでピンクを連れてくるだろう。本機は700メートルまで上昇し、そこで待機する手筈だが」
司令官が操縦席で言う。
「本部からのメッセージを君にも告げる。
紫苑太夫は再三に渡る五人衆撃退の指令を拒否した。なので本部は、雪月花残り二名を見捨てることを我々に指示した。原理主義のことは、君も知っているな。本部の言い分を要約すればこうだ。
月は逃げるだろう。彼女が無事ならば充分。花への腹いせに、雪は喰われてもやむなし」
怒りがエナジーと化す。
「俺が助けにいく」
相生智太なら、そう言うに決まっている。五人衆など親衛隊など端から倒す。夢月は逃げられるなら、ただただ柚香を守る。
「君ならそう答えるな。だが、それは違う」
俺を見つめながら与那国司令官が立ちあがる。
「モスガールジャーが助けにいく」
スカシバレッドへと歩む。
「くそ月レッドも二十五歳も腐れ巫女も生意気で傲慢なくそだ。だが本部こそ糞くらえだ」
与那国司令官がスカシバレッドをやさしく抱く。
「私の数少ない技だ。有り余る夏目藍菜のエナジーを分けてやる」
……毛穴という毛穴からあふれそう。スカシバレッドは鼻血がでるほどに精神エナジーを授かる。
与那国三志郎が霞んでいき、夏目藍菜が現れる。そのままふにゃりと座りこむ。
「……藍菜。済まなかった。ほんとうにごめんなさい。戻ってきてしまい、ゆるしてください。でも日本が恋しく……」
伊良賀紗助が嗚咽しながら土下座する。
「紗助君やめとこ。……茜音っち、作戦を変更するよ。五人衆二体、ついでに親衛隊と大幹部も成敗する。下にいる三人はその援護。つまり背後から闇討ちの機会を狙え。
スカシバレッド何してる。お前は単独で雪月花の
藍菜がエナジーの枯渇に耐えながら、俺を必死ににらみあげる。
「私はいまので理不尽にも死亡扱いだ。ペナルティが待っている。……どうせ理不尽な事故に遭うのならば、徹底的に喰らってやる」
自嘲しながら大の字になる。アメシロがその胸にとまる。頑張れと頬をつつく。
俺だってすぐに行きたいけど。
「大丈夫か?」
白いオウムに伊良賀を目くばせする。藍菜を襲った前科がある男を残すことになる。
「問題ないと思う。そもそも私がいるし」
アメシロが言うのならば、いや、茜音が言うのならば大丈夫だろう。それに……中井草のカフェでなんか聞いたような気もする。聞き流していたけど。
それに……。まだいいや。戦いが終わってからだ。
スカシバレッドは開いたままのハッチに向かう。司令官から授かったおかげで、今のエナジーは120%だ。マジで。
柚香が待っているけど、スカシバレッドは嗚咽し続ける弱い男を見る。
「私はスカシバレッド。チームのエース。――モネログリーン。あなたに正義の心が戻るのを待つ。ともに戦いたい」
伊良賀紗助が顔をあげる。スカシバレッドは背を向ける。守られるものが見あげる、華奢だけど強い背中を見せる。
「くそも腐れも生きて返せ。私のエナジーはじきに回復する。そしたら、そこから総力戦だ。布理冥尊精鋭に地獄を見せてやる」
司令官の声にうなずき、スカシバレッドは空にでる……。俺が降りてから700メートルまで上昇しろよ。
八月午後の快晴のもと、緑の山に囲まれた狭い盆地を見おろす。はげ山もあった。