27 見おろすビルと見上げるカラス
文字数 2,827文字
こいつと二人だけならば刺し違えてでも倒した。倒せるかどうかは置いといて、そうなると茜音が敵とともに残る。いまの彼女はアメシロにすら転生できない。オウムよりは強いか。それでも弱い。
「焼石。念のため呼んだ」
江礼木が端末を消す。
誰が来る?
「念のためて言うかさあ、凪奈は呼ぶべきだし」
「ばらすのかい!」
漫才を始めるな。……猟犬に来られるのはうまくない。時空を越えて追跡できるあの子こそ、布理冥尊の切り札。
だとしても面前の敵を倒すだけ。茜音が盾となる向こうにいる女を――。茜音は焼石が自分を襲わないと信じている。その関係がなぜ敵と味方に……。
焼石がふいに空を指さす。
「あっ、UFO」
トリオス?
俺も茜音も見上げた瞬間、脇腹に衝撃。くの字になったところを頬に衝撃。サングラスが吹っ飛ぶ――サイドから蹴り上げられる。
小学生レベルの引っかけからの逃れられないコンボ。
俺は銃を思うなり、至近から。
ズキューン!
腕に衝撃はないけど、焼石が吹っ飛ぶ。俺は1メートル上から屋上に落ちる。
……左奥歯全滅したな。スカシバレッドでなく相生智太の血の味。動かないでと内臓が哀願する。
であろうが!
「焼石!!!!!」
横たわる看護師姿へとエナジー弾を連射する。こいつは精霊の盾をまとわない。生身に撃ったら傷害罪以上だとしても。
「やめろ!」
茜音が俺にタックルする。よろめきなどしない。
「カウントを始めようか?」
江礼木はなおも笑う。
「……私さあ、盾がないからさあ」
焼石が手を地面につく。
「防弾チョッキをつけている」
平然と立ちやがった。
「でも頭に当たって痛かった。……不要かも。脱ご」
背中に手をまわしファスナーを降ろす。白いナース服の下から、黒い薄手のボディアーマーが現れる。赤いショートパンツ……。脱ぐのはナース服だけかよ! 意味不明行動じゃないか。
などと思っているうちに、俺のアドレナリンは急速に低下。腹部の不快感に屈服しそう。変身すべきか……。
こいつは欺瞞の
「……お前さあ、人の話聞かないの?」
焼石が呆れている。なにか話していたな。
「月を呼んだのか? それともネーチャーかと言っていた」
茜音が小声で教えてくれる。俺の前でまた盾になる。
「端から呼んだ」
「目を見ればさあ分かるし。月だけか。あっ、ハデスブラック」
俺はびくりと振りかえるけど。
「二度も引っかかるか!」
茜音は両手をひろげる。
「いつものキレがないね。その女を傷つけたくないにしても、私も参戦するぞ」
江礼木は苛立ちげだ。
「焼石様。今日のところは江礼木様に任せるべきだと思いますよ。彼女なら傷つけずに意識を喪失できますよ。……そろそろ援軍が来ますよ」
セミの化け物がそわそわしだした。
「……江礼木さあ、女の気絶させて」
焼石が言う。
「これ以上の責めはさあ、見せたくない」
「つまり精霊になれってことだね」
江礼木の手に黒いマントが現れる。
黒い肌にまだら模様の毛並みと化す。さらに力を込める。巨大な犬の異形が現れる。……このたてがみとつぶらな瞳とかわいい耳はブチハイエナ。俺は野生動物に詳しい。
ナマズラーガは当然のように二本足で立つ。尻尾だけ魚の尾びれ。俺だったらハイエナーガと名付けたな。
「ホッホッ」
なまずっぽくないナマズラーガが俺たちへと笑いかける。これはハイエナの鳴き声。
びりっとした衝撃。
「あ……」
茜音が俺に寄りかかるように倒れる。
「私の笑い声は電気を帯びている。いまのは気絶する程度」
ハイエナの精霊がまた笑う。
高校時代のクラス委員長は呼吸をしているけど……。生身の茜音に許せぬ。俺は痺れるだけだろうが許さない。
「シチリアさあ、終わらせるよ。お前だけ連れて帰る」
人のままのカラスが告げる。
俺はイタリアの島ではないけど……。茜音を地面に横たえて。
「焼石ぃ!」
電撃を指図した女へと駆けだす。
こいつは自然体な構え。どんな攻撃が来るか分かるはずないとしても――。
ドゴン!
真っ暗になって火花。攻撃をまったく見切れなかった。
オエップ……。
鳩尾に正拳突き。
!!!!!!!
下腹部を蹴るな!
「や、焼石……」
それでも、たどりつく。肩をつかむ。細い肩。
「受け身さあ、取らないと死ぬよ」
こいつも組んでくれた。ようやく言える。
馬鹿め。やられたことをやり返す。
俺の手に仮面ネーチャーの端末が現れる。それで殴りつける。
焼石は余裕で受けとめる。ゴリラみたいな力で奪おうとする。
だから俺は手を離す。体も離す。
奴の全身に高圧電流が駆け巡る。
焼石がうつ伏せに倒れる。焦げた匂いさえした。
なのに。
こいつは手にしたネーチャーの端末を握りつぶす。その手に緋色のマントが現れる。燃えるような赤髪と化す。
レイヴンレッドとなるなり跳躍する。
「これだけ痛めつければ充分だな。ウサミンミン、連行しよう。ナマズラーガは病室を確認して。おそらく外科病棟」
俺を中空から不敵に見おろす。
ぼろぼろの体から脱したい。端末を破壊されて変身できない。
茜音はまだ倒れている。
「あの時、貴様は私に何かした。私は貴様に好意を持ってしまった」
レイヴンレッドが妖艶な瞳で俺の顔を見つめる。
「あらためて見ると、虫唾が走るほど。貴様は押部にも術をかけたと推測したが……。ちょっと観察してみるか」
屋上の入り口に顔を向ける。
「ウサミンミンどいて」
そこからハウンドピンクが現れる。ツインテール。手には桜の枝。すでに精霊。
その後ろに母親のように侍るのは。
「皆さん精霊になられておりますね。ならば私も」
大人に変げしていた押部諭湖が力を込める。その姿が消える。
「……決戦とは、いきなり始まるものかもな」
レイヴンレッドは西新宿の空を見上げていた。
「ナマズラーガ。指示がころころ変わって済まぬが、捕虜を奪われぬように頼む。奴相手には戦い方が必要だ。お前は手をだすな」
高層ビルに挟まれた九月の空に、一単衣の紅月が浮かんでいた。赤いパンツが丸見えだし。
「昼間に浮かぶスーパームーンだ!」
彼女は屋上に着地する。傷を負った俺を見る。意識ない茜音を見る。
「……ボスは誰だ?」
ハウンドピンクを睨み、ナマズラーガを睨み。
「やはりお前か」とワタリガラスを睨む。
「ふっ」
前髪をはらうレイヴンレッドの左手に大ぶりなソードが現れる。昨夜グリーン、ピンク、イエロー、グレイを倒したレッドタイガーソード。
「新宿のまん真ん中で月明かりはださないよ。レイヴンレッド、神妙に勝負だ!」
紅色の光に包まれて、麗しい女剣士がルビーソードを構える。
「……馬鹿め」
レイヴンレッドがほくそ笑む。
俺は相生智太のままで、美しき化け物どもの戦いを見ることになる。