25 罰当たりな俺
文字数 4,039文字
さらに言うと、レイヴンレッドにやられたスカシバイクは終了した。所有者も居住者も中間不動産会社さえ所在不明の、文京区マンションの爆発した一室。その地下駐車場には、警察の黄色いテープに囲まれた焦げた残骸があるらしい。所有者につながる手がかりはないと、ガイアさんから蘭さん経由で教えてもらえた。俺のスマホも財布も終了って意味じゃないか。白いヘルメットは残っているだろうか。
山形から東京湾に戻ったモスプレイは与那国司令官のボタンプッシュとともに消滅した。スカシバレッドは湾上に取り残されたままだった。寒くてへとへとで、相生家に二階の窓から侵入した。鍵してなくてよかった。ふとんに相生智太の匂いがした。クロ子が一緒に寝てくれた。
赤い大型バイクが俺の代わりに燃え尽きた翌日の正午前、はやくも元気になった夢月が雪月花のスクランブル経由でやってきた。スカシバレッドを見る悲しそうな瞳。
「智太君になるまでずっと変身して解除する」
その手に黒いマントが現れる。
二度と精霊にさせたくない。魔女の呪いのターゲットになる。でもこれが最後の頼みの綱。
「相生智太に戻らなくても私に八つ当たりしないこと。それだけはお願い」
スカシバレッドは心から望む。
「スカ黙れ! おまえは智太君を連れ去る。いやな予感がしていた。やっぱり倒しておくべきだった。絶対に赦さな……うわああああん!」
夢月は百五十一回もチャレンジしてくれた。スカシバレッドにひしっとしがみついて何度もスクール水着を解除した。かぐや姫やスーパー魔法少女からもチャレンジした。そのたびに夢月の髪の匂い……。裸は見ないようにした。
でも俺はスカシバレッドのままだった。
紅くなったマントを取り上げてソードで切り裂く。泣き腫れた夢月は何も言わなかった。相生智太で抱きしめてあげたいのに。
俺なんかより桧。建前なんか消し去れば、千由奈よりも湖佳よりもひたすら妹。どこにいるのか見当もつかない。後継者になるべく洗脳されているのか、抵抗して白い光に包まれて苦しまされているのか。
怒りが抑えられなくなるから、そのときが来るまで妹を思わない。練馬区で龍になるわけにはいかない。
兄が女になり妹が行方不明とは、さすがに両親へ報告できない。桧が通う学校に嘘言い訳を並べようとしたら、
『連絡が来てますよ。ご両親に会いに某国に行かれたそうですね。そのまま海外留学――』
などと言われた。一週間で帰ってきますと、スカシバレッドである姉が答えておいた。たしか兄だったよな、とか勝手に悩んでいろ。
「岩飛は元気?」
いつまでも泣きやまない夢月に聞く。
「ぐず。元気じゃない。ウラミルフもファースト緑モスもみんな元気じゃない」
蔵王温泉でニホンザルに襲われた藍菜は入院した。シルクイエローがコンパニオンになったペナルティがまだ残っているから、その備えも必要らしい。それを病院に告げたら、常連だから特別にロイヤルルームを使わせてもらえたそうだ。そのフロアは全世界支配層のためのもので、本部も布理冥尊も警察も米軍も某国工作員も手をだせないとのこと。
何部屋もあるので岩飛や紗助君も病室にいる。行き場のない夢月までいる。俺もおいでと言われたが、ペット同伴不可なのでクロ子をひとりぼっちにできないし。
紗助君がいることを蘭さんや柚香には言わないでと、スカシバレッドは夢月にお願いしてある。
「そろそろ行こうか」
スカシバレッドのままの俺が言う。
「うん……」
夢月がかぐや姫になりスカシバレッドの手を握る。……ハウンドピンクの『桜散れ』は最上位形態以外は強制的に変身解除させたよな。あれならどうだろう。真壁の律ならどうだろう。どうせ無理だろう。原理がなんだか知らないのに、原理を我が身に授かったのだから。
「敵前逃亡!」
夢月とだけは時空移動できる。姿が変わることないけど、病室へと転送される。
***
「まさか二人が私の上に転送されるとも思わなかった。事前に連絡しろと言ったのに……夢月ちゃんにじゃないよ、スカに言ったんだよ」
すみやかに処置された藍菜が引きつった笑みを浮かべる。
「これで済んだのだからラッキー、ラッキー」
「仮面の二人は来ない。モスのメンバーは呼ばない。このメンバーで話し合って方針を決める」
茜音がソファでパソコンをいじりながら言う。その向かいには落窪さんが座っている。
「岩飛は?」
「彼女もミーティングに参加させない。理由は蘭さんがリモートで参加するから。花鳥風樹はすべて行方不明と説明してある」
はきはき答える茜音を頼もしく感じる。でも紗助君の件ぐらい柚香に教えてもいいのに。と思うけど、俺でさえ白滝深雪をモスガールジャーの一員と感じられない。彼女は花や月より一番に雪月花が似合う。いまはなき星空義侠団よりも。
「私のことは後回しにしてください」
スカシバレッドが立ったままで告げる。
「まずはローリエブルーの所在。そのために魔女を倒す」
「優先順位はないよ。まずは根回し。仲間を増やす。
藍菜がベッドで上半身あげて告げる。
「蘭さんが入室したから静かに。夢月ちゃん、魔法でテレビにつなげて」
「うん」
リモコンをいじることなく大型テレビがつく。画質荒い蘭さんがアップで映る。
『柚香がこの会議を知らなかったぞ。夢月、すぐに呼べ』
「うん!」夢月の手に端末が現れる。
「ちょー、ちょー、ちょーっと待って」
藍菜が奇声をあげた。
「深川さんも例の件を知っていますよね? 彼女の心も考えてあげてください」
『例の件とは、天罰が当たった男と夢月がくっついた件か? ……相生。私はお前がもとの姿に戻ると信じている。だからあえてきつい言葉を使ったのだからな』
「蘭、どれくらいお腹大きくなったの? 見せて、映して」
『夢月は変わらないな。まだ四か月だ。もっと大きくなった実物のおなかを見れるように頑張れ。……柚香から昨日の件で連絡があった。呼ばれてないと知らないからこの会議を言ってしまった。あの子はショックを飲みこんでいた。
夏目藍菜。お前が柚香をいつまでも腐れ扱いするのならば、あの子をモスに協力させない』
「へえ。さすが母親予備軍は強いですね」
藍菜がテレビへと口角をあげる。気づいてパソコンのカメラに顔を向ける。
「遠くて見えないですかね。いいですか? 巫女が腐れなど関係ない。そもそも隊員はスカシバレッド以外呼んでいません。すべてがまだ混乱している。シンプルに話を進めたいだけです。ほんとうはあなたも呼びたくなかった。でも本部からの情報をあなたがぐえっ」
藍菜がベッドごと吹っ飛ぶ。夢月が握りこぶしを向けていた。
『夢月。とりあえずはそれで充分だ。相生、ベッドを直してやれ』
蘭さんが勝ち誇っている。夢月以外だったら、スカシバレッドはここで戦闘を始めていた。
「ペナルティが軽くてラッキーと言っていましたよね。こちらが本物でした」
そう言ってスカシバレッドは裏返ったクイーンサイズのベッドをもとに戻す。下敷きになっていた司令官を抱き起こす。
『医者を呼ぶまえに聞け。まず、本部の位置をいままで伏せてきたが松戸にあった。なぜ松戸かというと矢切の渡しがあるかららしいがよく知らん。しかし移転した。ハウンドピンクの身の安全を保障するために場所は教えないらしい。
本部の一部や仮面の二人と話し合った。それぞれの結論は一致した。花鳥風樹抹殺命令に従う必要はない。夢月を倒すなど論外だ。関西の本部二人も同意見だから心配するな。
まずは耐えろ。なにより魔女を倒す。そのあとに、わだかまりを消す機会を作ろう』
「隠しごとがあるからわだかまるのです」
スカシバレッドがテレビを強く見つめる。気づいてパソコンカメラを覗く。それから落窪さんに鼻血を拭かれている藍菜へと。
「私がすべてを話します。ここに伊良賀紗助と岩飛がいます。穴熊パックとローリエブルーは魔女のもとに行きました。すべては本部の卑劣が原因です……。確信しました。魔女よりもさきに本部こそ倒すべきです!」
茜音が眉間に手を当てた。落窪さんが表情を消している。藍菜が自力で立ち上がる。スカシバレッドをにらんだ後に。
「深川さん。こいつの話は事実です。でですね、こいつの口からあらためて聞いて気づきました。深川さんの意見に従います。まずは魔女を倒しましょう」
「智太君を戻すのが最初だろ!」
また夢月が藍菜へと手を向ける。落窪さんが藍菜の前にでる。盾になる。
「竹生さん、まずは大司祭長を倒しましょう。ぐひひ」
落ちくぼんだ目で挑むように笑う。
「それが最短ですよ。ぐひひ」
「ウラミルフうるさ――」
「落窪さんに手をだすな」
スカシバレッドの強い口調に、夢月が手をおろす。
「だったらどこにいるのですか?」
スカシバレッドがあらためて尋ねる。
『弱った魔女の居場所か? 知っていたら全チームで攻撃しているだろ』
胡蝶蘭のおっしゃる通りだ。つまり悠長だ。のんびり探していろ。
その後もだらだら話し合っていたみたいだけど。
死ねば永遠の闇。ならばスカシバレッドは竹生夢月を従わせる。駄目ならば一人で始めるだけだ。
***
「私は本部こそ倒す。一緒に行きませんか?」
病院から自室の窓へと、ミカヅキで送ってくれたかぐや姫に告げる。
黒猫しかいなかった民家の静寂は0.5秒。
「うん! うん! じゃあ今日はここに泊まるよ。一緒に寝よ」
まさかの二つ返事。同じ部屋で過ごそうが二人の間になにも起こしようがないけど。
クロ子が十二単衣に飛び乗った。