02 二十歳の情報交換会
文字数 3,668文字
「もう始めてるの! ……あんたも
ラフなスタイルの茜音がリクルート姿の柚香を見上げる。ノートパソコンを片づける。その向かいに二人して座る。
「たぶん蘭さんの件。夏目から聞いてない?」
柚香が逆に聞きかえす。
「何も。私は単なるモスの裏方。――相生、日替わり三人分よろしく」
茜音から現金を渡される。レシートでいいそうだが、エースを顎で使うとはさすがは
厨房へと二往復して、会話に集中する柚香の隣に座る。どうせ俺は空気だし、飯を食うことに専念しよう。
「裏稼業と就活の両立。卒論も待っているし」
「私は指令室付きだから翌日寝こむなんてないけど、あんたは大変だよね。でも清見さんは両立している。しかも理系で」
「男性と比べられてもね。私は一人暮らしだし……。ブルーの進路は?」
柚香がいきなり俺に振る。話を聞いていてよかった。
「大学院に進むらしい。あの人の報酬は知性らしいから参考にならないと思う」
「私もこっちの世界での魔法なんかよりね……」
「相生の進路は?」茜音に聞かれる。
「正義の味方を続けて負担にならないところ。派遣でもいいかな」
以前の陸さんと同じく正義のフリーターだ。
「駄目だよ。ちゃんとした職を探さないと。ただでさえ智太君の学校だと就活厳しいと思うし」
柚香が俺の目を見ながら言う。幸せを感じる。
「あんたは地元に戻るは選択肢にないの?」
「うーん……。ちょっとは探すけど」
秋田県出身(先日ようやく教えてくれた)の柚香は、『お国さ帰りたいけろ』みたいに戦いで弱音を吐いたな。……そしたら俺も秋田に行こうかな。紗助君を連れて。田植えしたり、きりたんぽ畑で収穫したり。
「……噂だと、夏目は超越お金持ちとかいうよね」
巫女の正体が、モスガールジャーの最大シークレットに切り込んできた。この日替わり定食の代金だって彼女からだし。
「木畠はそのコネを使えるんじゃない?」
「仮に彼女が噂とおりにアラブの大富豪の娘だとしても、それは使わない。そこまで拘束されたくない」
茜音がきっぱり言う。
俺ならボディガードで雇ってもらうのもありだな。落窪さんのように諸々を卒なくこなせないけど、買い出しぐらいならばできる。実際に陸さんも、司令官がオーナーである、お昼だけ営業のオネエバーで若きママを始めたし。巣鴨から流れてくるお爺さんたちで繁盛しているらしいし。
しかし俺と柚香が仲よく182で、茜音の隠しレベルが188。柚香がもはや変装しないのも分かる。警察など手をだせない。自衛隊であろうと、陸上部隊一方面軍を揃えても無駄だ。イージス艦や在日米軍による爆撃機や弾道ミサイル。アウトレンジからの攻撃を集中するしか、この三人を倒せない。この大学というか池袋西口を道連れに。
深雪やスカシバレッド、そしてレインホワイトになったらの話だけど。
「智太君、サーモンフライあげる。代わりにデザートちょうだい」
「いいよ」
柚香が魔法でお互いのをすり替える。
茜音がもぐもぐしながら俺たちを見る。
「……すごい失礼なことを聞いていい? あんたは相生が夢月との二股を認めているの?」
うわあああああ。さすが木畠茜音。タブーに切りこみやがった。柚香の箸が止まった。
学食内のざわめきは永遠のような十五秒。
「……誰にも言わないって約束できる?」
柚香が茜音に言う。
「よせ。こいつから藍菜に筒抜ける」
参謀をこいつ扱いしてしまったけど、茜音は否定しない。
そして柚香は話しはじめる。
「柚香だから赦しているんだよ。他の人だったら果し合いをしていた。智太君は優しいから柚香を振ったりできないから、しばらくは三人で楽しくしよう。ちなみに、私はまだ智太君とキスまでだけど、柚香はどこまで進んだの?
規格外からそう言われた」
「キスなどしていない」
焼石に敗れて変形した顔の頬に、慈しみの心で唇を当てたことはあるけど。変身だので白い下着姿や全裸は見たことあるけど。
「彩りランド西端での戦いのあと、私と部屋に戻ったよね。追いかけてきた夢月は、智太君の寝顔に我慢しきれずチュウしたらしい。……しかも、服の上から触ったらしい。正義の味方など名乗れぬ下劣な奴」
柚香の箸が折れた。魔法か物理でか知らないが、しかしほんとかよ。夢で柑橘の香りと下腹部のもぞもぞを感じたりはしたけど、彼女じゃなかったら今から倒しにいくところだ。
「……本来なら相生の優柔不断を責めるとこだけど、しばらくは今のままがいいかも知れない。彼女の精神を不安定にすべきじゃない」
茜音のアドバイス。
「だよね……。へへ」
柚香が俺に笑顔を向けるので微笑みかえす。目を見れば分かる。彼女は俺を信じている。彼女を二度救ったスカシバレッドでなく俺を。
でも彼女は、俺の下劣さに気づいていない。
凛とした瞳。見返す瞳。不敵な笑み。挑戦的な笑み――。俺に未練がある。そうじゃなければ、とっくに『お前迷惑。失せろ。柚香とラブラブになれねえだろ。彼女の部屋で次の段階に進めねえだろ』と怒鳴っている。
夢月が荒れ狂おうが、俺は怖くない。関東管轄の正義の味方がぐちゃぐちゃになろうが知ったことじゃない。
単に二股をかけているだけの男。黙ってサーモンフライを食べる俺へと、隣から不信の目など届かない。
「木畠は智太君と高校で同じクラスだったんだよね? どんなタイプだったの?」
「今と変わらない。男子には人気があった。球技大会のヒーロー。人数が足りなくなった野球部の助っ人したよね? 二試合ともホームラン打って投手もしたとか。陸上の記録会もでなかった?」
「野球は好きだったから。でもスカウトとかが寄ってきたから手伝うのやめた。陸上は顧問と教頭と陸連に誘われたけど断った」
中学高校の知り合いなんて卒業してから連絡取っていない。その程度の人気者だ。
***
茜音とはそこで別れたけど、まだ時間があるので学内のカフェに二人で寄る。ミルクレープがあって、柚香はヘヘヘと笑う。
「雪月花の今後。議題はそれだと思う」
レアチーズの地層を分断しながら、向かい合わせで柚香が言う。
蘭さんの引退。妊娠したから結婚すると教えられている。吉祥寺のお洒落な店でランチしながら、柚香と夢月は本人から聞かされた。
『さっきまでずっと泣いていた。ようやく智太君に連絡できた』
柚香は鼻声だった。
『ずっと泣いていた。がんばって智太君に連絡した』
夢月はまだ泣いていた。
関東管轄のチームをシャッフルすることになった。前例がないらしいが、それほどまでに雪月花における紫苑太夫の存在が大きかったってことだ。何より局面が変わりつつある。ファイナルステージへと。
蘭さんはそれを前にリタイアして、幕を引くかのように俺が現れた。
「深雪と組んでくれと藍菜から言われた。でも保留にしてもらった」
本当は断った。モスガールジャーで戦い続けると、二度目の見舞いできっぱり言った。
「へへ。私も『考えさせて』と形だけ言っておいた。さすがに恥ずかしいものね」
向かい合わせで柚香が笑う。かわいい笑顔。
「夢月は『本部の
柚香は呆れたように笑うけど、それも有りかと思ってきている。顔をマスクで隠せば、目撃した子どもたちも幻滅しないだろうし。
彼女の田舎の話を二十分ほど聞かされて、そろそろ行くことにする。柚香が俺の手を握るので握りかえす。改札までずっとつなぎあっていた。
***
大塚駅で降りる。完全にクリーニングされた秘密会議を開く場所は、
領収書を受け取る。タクシーが去っていく。反対側から人が複数来る。若い男たち。正義の心が発動しそうな連中――。
「雪だ」柚香が言う。
「赤モス」俺も言う。
四人の男に緊張が走った。
「付いてきてください」と一人が歩きだす。
本部の戦闘員を初めて見た。
俺と柚香は離れて後を追う。カモフラージュの名目でまた手を握る。
***
巣鴨寄りの場末の繁華街。それこそ似合いそうな男が一度振り向き去っていく。入れ替わりに路地から女が現れる。二人はそちらに向かう。互いの手を離す。
「こちらにどうぞ」
女が店のドアを開ける。
シンプルな長い黒髪と眼鏡。縞柄のポロシャツとデニム。昼であろうが歓楽街が似合わぬ容姿。生身の俺への憧れを隠せない彼女こそが芹澤陽南。キラメキグリーン。正義を貫くためと、誰にも相談せずに名門進学校を退学した十七歳。
『昼は蝶』の看板。朝から夕方まで営業のオカマバー。ドアには貸し切り札が下がっていた。
薄暗い店内に入る。
蘭さんとカウンターを挟んで談笑する陸さん以外は、見知らぬ人たちだった。芹澤がドアに鍵をする。