03 石神井公園シェアハウス
文字数 3,738文字
まだ諦めないのかよ。じつに六回目。泣いているし。
「何度やっても同じ」
スカシバレッドはスピネルソードをその手から消す。
麗しき女剣士は、べらぼうに強かった。スピードも切りかえしも受けも蹴り技も。並の敵ならば、まな板に乗る前に三枚におろされる。
でもスカシバレッドに勝るのは太刀の強さだけ。当たらなければどうにもならない。
「あなたの太刀筋は最初に比べて良くなった。守りも、後半は私の攻撃を何度か凌いだ。充分に強くなった」
スカシバレッドは気分良くてちょっと格好つける。強い敵とたっぷりと戦えたおかげで、戦闘本能がまだ疼いている。この子の疼きは、スーパームーンではおさめられない。それこそ。
レイヴンレッドと生死をかけて剣を交わしたい。
「スカの分際で……」
スーパームーンの手からも、煌々と赤く輝くルビーソードが消える。かぐや姫の姿に戻る。
「だったら、本気の模擬戦だ! せいや!」
紅色に包まれる。
「変身解除」
スカシバレッドは冷静に相生智太に戻る。
同時に真っ暗闇。怖いほどの星空の下に、涙目のお祭り娘が淡い光を帯びて浮かんでいた。
今さら一目惚れしかけてしまった。
「乗っていく?」
かぐや姫にミカヅキの上から聞かれるけど辞退する。じゃあねと音速で見えなくなる。
俺はまた変身して、「離脱」で庭のテントに戻る。
クロ子はいなかった。最近はなぜか岩飛に懐いている。人を見る目がない。
深夜三時にシュラフの上に転がる。困ったものだと、自分が情けなくなる。柚香と夢月の冷たい喧嘩。原因は俺。……最近は柚香から不信を感じる。そりゃ俺の夢月への目線に気づくよな。
いつまでも両天秤などできない。しかも片方とは東上線などの駅前で真っ昼間にキスしてしまった。それをもう片方に告げたのだけど、俺を諦めない。それどころか、じきに宣戦布告しそうだ。柚香からもあり得る。そっちは太平洋戦争以上に無謀な戦い。
そうなる前に、はっきりと告げよう。
毎晩そう考えている。
翌朝バイクへ転送したら、東上線の駅裏などに放置されていた。夢月のバイクはすでに無かった。
ガソリンを入れて自宅で洗車して、ガレージに転送しておく。……こいつの名前を考えないとな。スカシバ号だとそのまんまだし、赤龍号も発想が貧弱っぽいし。
****
三日経った。同時進行したトリオスの大仏ランド支部攻略は、ハデスブラック他が現れて失敗に終わったらしい。くじ引きみたいなものだけど、奴と早く出会いたい。倒すリストの最上位にいる。
十月という季節だからか、テント生活は快適だ。朝七時起床。水曜日は一限から五限までぎっしり入れてある。柚香は二限から四限のはず。
目薬をさしてから母屋に向かう。これを忘れると大惨事になる。
「おはようございます。今朝はオートミールのミルクかけです。それとフルーツがあります」
背高い女がキッチンにいた。げげっ、岩飛が朝食当番かよ。
テーブルにバナナが房ごと置いてあった。これを調理と言わない。目立つからやめろと言われている髪のメッシュをまだ入れているし。
「バナナだけでいい。桧たちは?」
四日おきに流動食など食べられるか。
「妹さんは学祭の準備にでかけました。お二人はまだ寝ています。起こしてもらえますか?」
千由奈は夜桜だからか、いつまでも夜型が抜けない。朝は機嫌が悪く、朝食係から免除されている。七歳年上の岩飛は、朝の千由奈を徹底的に避ける。
できれば俺も避けたいから起こさない。
「相生殿岩飛殿、おはようございます。オートミールだったら起こすなと、昨夜四時に千由奈は言っておりました」
寝間着代わりのジャージのままで、湖佳が入ってきた。丸い眼鏡と後ろに結んだ黒髪。あくびする口を手で隠し。
「……ああ、またしてもオートミール。岩飛殿、家事分担を強制された腹いせと思われますぞ。同じ元親衛隊員として恥ずかしい限りです」
「一度死んだガキは黙っていろ」
などとペンギン女が言うので、俺はエナジーナイフを手にだす。彼女たちには常時精霊の盾をまとわせている。
「相生殿、興奮なさらぬように。こんなのは、親衛隊では挨拶みたいなものです」
穴熊パックであった洞谷湖佳が俺へと目を細める。
「それより金策は? 女四人を囲むというのは、性フェロモンが報酬との浅ましい人間ならではのロマンでしょうが、それにはお金がかかることを忘れずに。
千由奈の口座も百万円おろしたところで凍結されました。妹さんを含めて四人がどんなに慎ましく生活しようと、光熱費や通信費を含めて月四十万は必要です。できれば五十万円。
海外に疎開した親御さんからの仕送りは月十五万円。おお、見ず知らずの子たちのために頑張っている金額です。でも足りません。じきにオートミールが贅沢品になります」
惑わしでなく説教。湖佳は布理冥尊を裏切ったことから精神的に立ち直ってきたが、俺への憎しみと悪意は消えない。
――あなたが私と千由奈を救ったことは頭では理解できます。でも私への卑しい惑わし。思いだすたびに、恥ずかしさと怒りが大涌谷のように湧いてきます。私の心は常にあなたの寝首をかくことを切望しています。そうそう、昨夜はあなたの味噌汁へ雑巾を絞ってみました。おいしそうに飲んでいました。
そんなことを毎日聞かされている。たしかに彼女を利用したのだから、仕打ちは受けいれる。でも湖佳が食事当番の日は味噌汁を岩飛と交換しちゃったりする。
収入面は問題だ。千由奈は布理冥尊からの報酬残高が六百万円もあるらしいが、それは諦めるしかないだろう。だいたい悪で稼いだ金だ。かと言って、身元不詳の二十一歳と不登校の中学生に外で働いてもらう訳にもいかない……。
意外と言ったら失礼だが、千由奈と湖佳の家族は報復として手出しされていない。
――そこまで手が回らないのだと思う。裏部隊である護教隊の人手不足は致命的。
千由奈はそう言った。
――人工衛星破壊と都庁襲撃の件で、布理冥尊は政財界への影響力を落としたみたいだな。もはや腫れ物だ。九州管轄親族の釈放さえ始まっている。一般人への手出しも以前のようにならないのだろう。相生に言うまでもないが、まだ気を抜くなよ。
ガイアさんが教えてくれた。
千由奈と湖佳は、義務教育中だからか私立中学に籍を残されたままだ。二人の家族は、今も彼女たちは寮に住んでいると思っている。二人とも家族と連絡を取りたくないらしい。無理強いするなら出ていくとまで言いだした。詮索はしないけど俺は実質保護者だし。
百夜目鬼大司祭長のもとになおも残るのは、真壁執務室長、黒岩親衛隊長、そして焼石嶺真。……蒼柳も戻ってくれていいけど。春日を連れて――。
岩飛が俺をずっと見つめていることに気づく。
「湖佳は色々ねちねち言い続けていましたけど、あなたが聞いてないのに気づいてバナナだけ持って自室に戻りました」
……この癖を治さないとな。
一階の両親の寝室を千由奈と湖佳は共同で使用している。深夜に大笑いが聞こえたりする。
桧は自分の部屋をそのまま使用、俺の部屋は岩飛に使わしている。一歳上の女性のプライベートだから覗いたりしないが、桧が言うにはきれいに使っているみたい。春日と夢月のせいで破壊された窓ガラスは、柚香を助けた際の破損だから、モスガールジャーが他の部屋も含めて防弾ガラスを入れてくれた。
南極トビーのエナジーを吸った柚香と、穴熊パックを切り裂いた夢月は、まだここに来させない。彼女たちも来たがらない――。
再びのぼおっとから俺が抜けでるのを、岩飛はじいっと待っていた。餌を待つペンギンみたい。たまに愛嬌があってかわいい。メイクしていないと地味顔だけど。
「桧からのスケジュールです」
スマホの画面を俺に見せる。
・家事はローテーションに沿う。
・日光浴と庭での一時間運動を二回。
・千由奈と湖佳は中二ドリルで勉強を四時間。
・あとはフリータイム。
・岩飛さんは買い物と掃除洗濯。内職仕事を本気で探すこと。
誰も監視していないから、どう過ごすかは確認できない。四時まで起きていた春木千由奈はまだ眠っているし。
「刑務所みたいな予定っすよね」
「入ったことないから知らない。俺は学校に行くよ。何かあったら逃げるように」
「当然です」
布理冥尊がここを突き止めて襲ってきても、レベル185のハウンドピンクがいる。レベル170以下は敵ではないだろう。問題はそれより上の奴ら。
――リーガルエボニーである真壁律。十六歳。私のことを気に入っている。大司祭長が同意して、私は奴と婚約させられた。私が十五歳になると同室で過ごすことになっていた。……奴は私を奪いに来るかもしれない
与謝倉凪奈であった千由奈から聞いている。その声から、嫌悪と怯えを感じた。こんなかわいい子を無理やりなんて許せない。その頃は悪の中軸を担っていたとしても。
「帰りに買い物をしてもらうと助かります」
「何時になるか分からない」
岩飛に見送られて、バス停へ向かう。彼女たちのことは、近所には東アジアからの留学生と説明している。意外にも納得された。
ようやく一人だ。
開放感を深呼吸しつつ、柚香へと電話する。