36 ほぼファーストモス
文字数 2,952文字
朝十時の清見涼の病室には、睦沢陸、夏目藍菜、壬生隼斗、伊良賀紗助が揃っていた。病院前では落窪一朗太が山犬の目で見張りをしている。
レジスタンス本部がほぼ壊滅した翌朝。この部屋に、雪月花からモスに移ってきた女が現れるはずがない。仮面ネーチャーから戻ってきた男も来るはずない。花鳥風樹でただ一人残る水越彩夏は広尾にいる。
芹澤陽南はいない。
「連絡とれた?」
壬生の問いに木畠は首を横に振る。
――レベル100を超えた向日葵の特性。私は太陽を見つけられる。魔女は南にいる。智太さんもそこに向かう。合流しましょう。
芹澤の提案を、木畠は退けた。誰が腐れ外道を助ける? でも陸奥は奴を救おうとした。彼女は拘束された相生と竹生を奪還した。トリオス二名を殺して。
「陽南ちゃんは智太君に加担しに行ったんでしょ。このままでは彼女も狩らないとならないけど……どうしようかなで、みんなに集まってもらった」
一人だけ椅子に座った夏目が言う。
「俺まで呼ばれたわけは?」
伊良賀が尋ねる。
「チームとして責任を取り彼らを倒すならば、超高高度からのモスキャノンの照射しかない。仕留められないと――、十五夜のエナジーは成層圏を突破したことが確認されている。反撃されたら私たちは宇宙で消滅する可能性がある」
「その場合、紗助君だけが取り残される。あなたはまだ叛逆者のまま」
夏目と木畠が順に告げる。
「俺はかまわないけどさ」
伊良賀がみんなへと卑屈な笑いを向ける。
「これって答えありきなんだろ? みんなが仲間を倒すなんて言うはずないよな。逆に奴らを助ける」
「もちろんですよね」と睦沢が微笑む。壬生も深くうなずく。
清見はベッドに寝たままで黙って聞いている。木畠は夏目を見る。夏目は目を逸らしている。私が伝える役目かよ。木畠は重々しく口を開く。
「レアシルバーからの情報だと、二人はレイヴンレッドと合流していた。ほんとうの裏切り者になった」
病室内に沈黙が漂う。雇われ看護師の町田は廊下にいる。回診は一時間後。
「そうだとしても僕は智太さんを助ける。倒すなんて考えられない」
壬生が下を向いたままで告げる。
「あの人がいなければ、僕は死んでいたかもしれない。命の恩人。なのに、あの人は、そんなこと当然みたいな態度。そもそも、もう忘れているかも。僕は智太さんの力になるために、陽南ちゃんと合流したい」
「本部直属のハウンドピンクと戦ってもいいの?」
夏目が壬生を見つめる。
「千由奈ちゃんが智太さんへの猟犬になるならば、僕が彼女を倒す」
壬生はにらみ返す。
「隼斗君の気持ちは分かります。でも……、あの団体に寝返ったのならば話が違います!」
女装の睦沢が立ち上がる。
「また病室で大きい声をだしてごめんなさい。……だったら助けられない。それをしたら、いままでの戦いで苦しんだ人たちが報われません」
腕を組んだ木畠が同意するようにうなずく。
清見は窓の外を見ている。
「ヤマユレッドとスカシバレッドが結託するなんて、あり得るのか?」
また伊良賀が卑屈に笑う。
「もし事実ならば、あの団体こそが正義じゃないのか?」
「さすが紗助君! それだよ! だったらみんなであっちに」
「子どもが適当をぬかすな!」
夏目の怒鳴り声に室内の空気が凍りつく。
「図体ばかりでかくなっても、脳みそはお子様だ」
夏目が立ち上がる。
「いいか? どっちも悪だ。倒すべき悪だ。でも、我々は悪じゃない。もし智太君、腐れ巫女、くそ月レッドが寝返ったならば、連中もぶっ倒される悪だ」
室内がさらに静まってしまう。
「陸奥は違うと思う」
木畠だけが夏目の怒りに言い返せる。
「彼女は二人に翻弄されただけ。……あの二人はたしかに魅力があるけど、救いなく知恵なき二人だ……。もしかしたら、陸奥は赤い馬鹿どもを説得するために」
「あの女がそんなかよ」
伊良賀がまた笑う。
「俺は馬鹿にされたのもコケにされたのも覚えている」
「伊良賀。彼女に謝れ」
清見が初めて口を開く。
「あの子は真面目で臆病で、言動が正直すぎて、おそらく友だちがいなかった。あの子にとって、あの二人は大切だ。説得のためでなく守るためでなく、一緒にいたいだけだ」
「……清見さんは、智太さんと柚香さんのこと知っている?」
壬生が聞く。
「別れたのだろ? 相生は竹生とくっついたのだろ? 当事者はどちらも言わなかったが感づいた。あの二人は正直すぎる」
「……嶺真ちゃんにつくなんてあり得ない」
大きな体の睦沢は泣きたいのを我慢する。
「智太君ならば嶺真ちゃんを連れ戻してくれるかも。私は勝手に夢見ていました」
六人はまた黙りこむ。救急車のサイレンが聞こえて止まる。
***
「さてと。話も尽きたようだし、どうするか決めよう。多数決にする? それとも責任者である私に一任する?」
夏目が言う。
「任せます」睦沢が真っ先に言う。「それに従います」
「私は一蓮托生なんだろ」
木畠が素気なく言う。
この二人はタイプが違うけど誰よりもやさしい。本人たちも自覚しているから、戦いに私情を持ちこまない。
「僕は智太さんを選ぶ。それ以外ない」
壬生は知らぬ間に涙目になっていた。
「私は二人を信じる。……竹生も信じてやるか」
清見が壬生を見ながら言う。
「でも私はもはや戦えない。だから、みんなで決めてくれ。その結論に口出しはしない」
「俺に発言権などないけど、モネログリーンだったら、『与那国司令官! たぶん大失敗が待っているけど、あなたの作戦で行きましょう』って笑っただろうな」
伊良賀が卑屈に笑う。その後に。
「しょせん俺にあの三人は他人だからな。でもヤマユレッドは旧知だ。俺を布理冥尊へと真摯に誘ってくれた。俺が臆病なカスになってなかったら、彼女の後を追っていたと思う。……みんなも彼女を信じてきたのだろ? 殺されようが……、清見さんですら、なおも信じているのだろ。だったら最後まで信じてやれよ」
そう言って、照れ隠しに若草のように笑う。
「全員の意見をまとめると、私が決めるでいいね」
壬生が首を横に振る。夏目は窓の外を見る。秋の東京の空。雲はひとつだけ浮いている。小春日和というのかな、外はぽかぽかの陽気になるだろう。
龍は媚びない。私なんかに飼えるはずなかった。飼い主の責任だけが残る。
彼女は思う。赤い馬鹿とその彼女と妹にぼろくそにされたけど、それでもなお、本部は第二の布理冥尊になれる。叛逆者の素性は丸分かり。海外に逃れた身内の居場所さえも。戦えない仲間は守るべき仲間だ。……誰から? 誰とともに?
彼女は思い返す。レイヴンレッドに襲撃された日を。
全員の素性を明かさない代わりに、全員がやられた。究極の選択だったのだろう。あの女は、どれだけの心で渡り歩いていたのだろう。……激化する戦いから隼斗君たちを退場させようと望んだかもしれない。だがブルーは喰われた。所詮は二十歳前の女が器用に立ち回れるはずない。私ですら無理だったのに。
報復は必ずする。夏目碧菜は甘くない。お人好しの顔をしているだけだ。とことん根に持つ。ましてや仲間を傷つけられたのならば。
彼女は思い返す。ヤマユレッドと決別した日を。焼石嶺真が憎しみながら去っていった日を――。