07 相生姉妹
文字数 3,826文字
お兄ちゃんが女性で生まれてきたら、たぶんあの子になっていたと思う。では変身するよ」
予防線を張っておいたが……うう。注目の的。秋になって、みんなは肌を見せない服装。蛍光灯の下だと、露出気味のスカシバレッドは恥ずかしくないか?
でも陸さんがいた。
堂々と女性美を追求する、男の中の男。その姿が、俺とスカシバレッドに勇気を与えてくれた。
「スカシバレッド、降臨!」
狭い食堂が赤く照らされて、戦いの美神が現れる。
「並ぶと、そこまで似ていないかな」
隼斗が言う。批評はさすがにしないと思ったけど、冷静なコメントもつらい。
「桧殿のが愛らしいですな」
湖佳がずばり言う。
「布理冥尊め、ふざけんな! レッドの前では誰もがかすむわ」
芹澤が怒鳴る。人の家で四文字を叫んでいるし。
「うちの子が大きい声をだしてごめんなさい。……どちらもかわいいですよ」
「うーん……たしかに私に似ているかも」
桧がスカシバレッドの顔を見つめる。
「でも、やさしい目はやっぱりお兄ちゃんだ!」
さすが桧。スカシバレッドは格好よい返答を考える。けど。
「……寒くないですか?」
岩飛が全身をしげしげと見やがる。
「あなたも南極トビーになりなさい」
馬鹿にされたと感じたスカシバレッドは容赦ない。
「いいっすけど倒さないでくださいよ。ペンちゃんは大きいから頭が天井に当たりますよ」
「そんなかわいい呼び名はやめて。屈んで精霊になりなさい。湖佳ちゃん、マントを渡してあげて」
「見事なまでにキャラに徹しますな」
岩飛がマントで体を覆う。黒いビキニ姿になる。腰に手を当てポーズをとりやがったあとに、その体に力を込める……。巨大化して2メートルを優に超すイワトビペンギンが現れる。
化け物失礼精霊に慣れていない桧の顔が強張る。
「すみません、ペンギンの姿だとしゃがめませんでした」
天井に穴を開けやがるし。
***
岩飛の愛嬌の特性。壊した天井さえ許してしまうから恐ろしい。
「レベルに関係なく知恵足りぬ者がかかる系の補助攻撃です」
などと失礼を言いだしたが、思わず許してしまった。部屋が魚臭くなったがそれも許す。
「じきに連絡が来ますよ、うふふ」
モスの三人が混沌の中を帰る。隼斗は未練たらたらだが、彼への態度を改めた芹澤に引きずられていった。
スカシバレッドと黒ビキニの岩飛は食器棚を元に戻す。ついでスカシバレッドはふわりと浮いて、天井の応急修理をする。そして変身解除。
女子三人による接待の後片づけも一段落しかけたところで、茜音から連絡が来る。
『目黒駅に夜桜を解放した』
簡潔な一文。
「私が迎えに行きます」
湖佳が洗面所に行きそのまま戻らない。すでに透明で空飛ぶアナグマになったのだろう。紅月レベルの視力か感か、特殊ゴーグルがないと見つけられない。
茜音からの封筒には諭吉様が十名もおられた。
「お兄ちゃん! 今日は疲れたから外食しよう」
うーん……。リスクが高いよな。
「コンビニ弁当でいいっすよ」
岩飛が言う。……こいつが夕食当番か。
「千由奈たちが戻ってきたら、岩飛と二人で池袋東口のデパ地下に買いにいく」
バイクで二人乗りだ。でも、柚香専用の白いヘルメットをこいつがかぶるのはダメだ。危険だけどやっぱり一人で行ってもらって……。
「ちょっと連絡する」
テントに行き柚香へと通信する。
『今日はお疲れ。あの子は戻った?』
よかった、でてくれた。
「まだ。どんな話だったか聞いておこうと思って」
『私の口からは言いたくない。関わりたくない』
不穏な空気……。本来の話題に変えよう。
「やっぱり二人で会いたい」
『相変わらず前置き無しだね。なんのため?』
なんのためって……。
「トリオスとの模擬戦がある。その件とか」
前置きできなくても後置きはできる。
『君と落窪さんが組むらしいね。夢月が承諾するとは思えないけど』
「なんで?」
『あの団体にいた人と組んで戦える? さすがに恥ずかしいよ。奴は戦いにはこだわる』
あり得る話だな。トリオスの三人が指さして笑いそうだ。最初からリベンジグレイの姿で現れても時間制限があるし。
「だったら、やっぱり柚香と三人で――」
『レオフレイムは強いよ。夢月の十三夜をソードで弾いた。存在するだけで、私の補助攻撃はすべてかき消された。……たぶん十五夜を使わないと夢月は勝てない。負けやしないけど』
溢れるまでのライフ値と回復力。
「使っていいの?」
『そんなはずない。他の二人もレベル170台でチームワークは抜群。これはトリオスに憂さを晴らせるための模擬戦。智太君も勝てない。はやめに降参して』
意図していなかろうと、名前で呼んでくれた。
「負けるとしても、俺や落窪さんの実戦練習になる。柚香が来ないならば、この三人でと夢月を説得する。……そして、やっぱり柚香と二人だけで会いたい」
沈黙が流れる。流れ続ける。何秒たった?
『察してよ。さすがに一月以上だよ。……楽しくしていると、たまに忘れてしまうんだ。私を守ろうとした人を』
通信が切れる。
清見さん……。深雪を襲おうとした黒い悪魔に立ち向かい、代わりに喰われた。
俺はあの人を一日足りとて忘れていないとはっきり言える。先ほどみたいな戦いの狭間に、戦いの仲間と笑いあっている時でも。
でも、柚香は俺以上に受けとめていた。
***
ベランダから居間に戻る。テレビのお笑いに口を開けていた岩飛が、俺の顔を見るなり二階にいく。
「お兄ちゃん! 千由奈たちが戻ってくるのに、その顔はやめなさい! ……何があったの?」
やはりテレビを見ていた桧が心配そうに見つめてくる。
桧の向かいの椅子に座る。
「お兄ちゃんは優しいとか言われるけど、その人が何に本当に苦しんでいたのか、そんな事にも気づけなかった。その人は歯を食いしばり教えてくれた。俺なんかよりずっと苦しんでいて、それでも俺を思ってくれた。俺はとっくに気づいて、その時に抱きしめてあげればよかった」
正義の味方でも愚痴愚痴する。
「お兄ちゃん!」桧が立ちあがる。「好きな人が出来たら私に言うと約束したよね!」
俺の心情など関与できない、桧の俺への論理。小学生時代の約束だが、まだ失効されていなかったのか。
「お兄ちゃんはもう二十歳――」
「夢月さんなら仕方ないなと思った。昔話のかぐや姫って、あれくらい綺麗なんだろうね。それでいて、自分の容姿を鼻にかけない。……でも、湖佳が匂わしたように、やっぱりお兄ちゃんは二股している! しかも、その相手は、まさか、本当に、
……妹が言うあの女とは柚香。たしかに桧からの印象は、奇抜なファッションで『高校生が』みたいな顔をしたり、電車内で中学生女子をスタンガンで脅したり、カフェで俺を巡って茜音に恫喝まがいをしたり、病室で俺のベットに潜りこんで寝たり、ネンドクンから守ってくれたけど、今日も一番偉そうな態度で千由奈を連行したりした女だろう。
でも、傷ついている彼女をあの女呼ばわりは許せない。
俺も立ちあがる。妹と向かいあう。
「お兄ちゃんが一番好きなのは桧だよ。だから、誰と仲良くしても、桧を一番大事に思っている」
習性のように、おのずとぺらぺら言葉がでてしまった……。
俺の言葉に嘘はなくて、桧が一番好きで大事だ。でも妹は、夢月の魔法と下着姿を見てから、さらに俺の部屋で春日との戦いを見てから変わった。……変わってないかもしれない。本来の桧を俺に見せるようになっただけかもしれない。
両親に先立たれずっと泣いていた弱くて小さな子が、癖のある居候たちを受け入れるどころか助けとなっている。俺より強くなっている――。最初からずっとずっと強かったのかも。
「お兄ちゃんはまだ私が一番好き。でも夢月さんも好き。あの女も好き。たしかにあの顔はお兄ちゃん好み……」
妹は信じてくれて受けいれる。というか的を得すぎだし。
「だったら、柚香さんが何に苦しんでいるのか教えて。戦わない私でも、みんなの力になりたい」
桧は俺なんかより優しくて強い……。桜の花びらが舞った。
天井に黒い穴。湖佳を抱いたハウンドピンクが飛び降りる。
「目黒で湖佳に“桜散れ”をかけて追跡した。昨夜湖佳はゲームしたままトビーの部屋で寝たから二階に戻された。階段が面倒だから虚無の穴でショートカットした」
ツインテールの女の子が天井裏の埃をはらう。ブレザーの制服姿が季節に合ってきた。
「蛾の司令官は楽しい人だな。とてつもない提案をしてきた。湖佳に相談したら賛同した」
「ちなみに岩飛殿は、千由奈のこの姿を見て気を失いました。彼女には事後承諾してもらいます」
不吉な予感がした。
「どんな提案か聞かないのか?」
「どんな提案?」仕方ないので尋ねる。
「夏目司令官が私設チームを作る。チーム名は“魔法少女花鳥風月”。花は私、鳥はトビー、風は湖佳。――妖精の特性。見えない姿で飛ぶ。まさに
「そして私どもが倒す敵は原理主義のみ。残念なことに相生殿は除外ですが」
なんだそりゃ? 藍菜のインスピレーションは想定の向こう岸だ。
「月は夢月さん?」桧が聞く。
千由奈であるハウンドピンクの手に桜の枝が現れる。
「夜桜は宴を見おろす。人の真の姿を見る」
ハウンドピンクが枝を妹に向ける。
「……最初からレベルが30半ば。マントは私以外に三枚ある。月は桧だ」