23 青い月赤い月
文字数 2,534文字
「歯向かうのか?」
諏訪とかいう男が睨む。その手にレモンカラーのマントが現れる。
「あなたは叛逆者よ」
熱田とかいう女の手にもダークグレーのマントが現れる。
「二人は逃げなさい!」
湖佳と岩飛さんに言い、手に矛を現す。
「色付きマントだよ。千由奈がいても勝てないよ……。武器を消して謝って」
穴熊パックは浮かんだままだ。
「手遅れだ。お前たちを処分する口実ができた」
諏訪が瑞々しい半裸になる。その体に力を込める。
「レジスタンスの掟に従い、三人には死を二度与える」
熱田がダークグレーのドレス姿になる。その体に力を込める。
「パック、お前だけでも飛んで逃げろ」
ビキニの岩飛さんがアナグマを抱える。ベランダに向かい、飛んできた汁に足を滑らす。
「けがらわしい庶民どもめ。私はレモンジルイ
音楽室の肖像画みたいな白いカツラをかぶった黄色いオットセイが現れる。顔は諏訪のまま。
「私はアツアツダンゴと呼ばれていたわ。特性は“団子”と“熱”」
巨大なダンゴムシの化け物も現れる。触手みたいな足がうにょうにょ。
おぞましすぎる姿。桧は卒倒しかける。でも……私はローリエブルーだ!
「月の冠!」
ローリエブルーが青龍偃月刀を振るう。青い三日月を幾多も飛ばす。
「かわいい光」
アツアツダンゴが背中を向ける。斬撃はすべて弾かれ落ちる。その背中が燃えだす。アツアツダンゴが丸くなる。そのまま後転してジャンプして、ローリエブルーに向かってくる。
「えい!」
ローリエブルーは青龍偃月刀で迎え撃つ――レモン汁が飛んできた。浴びた矛が溶けていく。目のまえには燃えたおっきなダンゴムシ……。
「きゃあ!」
ローリエブルーはバウンドして天井を突き破る。
「上の階にも平民がいる。面倒かけるな」
トドほどもあるオットセイがヒレのような手を向ける。ローリエブルーの体が引っ張られ、テーブルを破壊して床に押さえつけられる、ひれ伏すように。
「ハーレムの結界を施した。私はここのすべてを支配した」
火傷した。背中もおなかも滅茶苦茶に痛い。立ち上がれない。立ち上がりたくない。仰向けになるのが精いっぱい……。
「バーニングスピニングロリポリ!」
燃えるダンゴムシがジャンプした。真上で静止して回転速度を増している。じきに私へ思いきり落ちてきそう。
「ブリザード!」
巨大なイワトビペンギンが、突き破った天井から見おろす。くちばしから雪をたっぷり飛ばした。ダンゴムシに当たって弾かれて、じゅうじゅう溶ける。
ダンゴムシは燃えたまま。私の動体視力でも視認できないほど回転していく。
立たないとだめ。
負けたら負けだ!
立ち上がれ!
ローリエブルーの手に再び矛が現れる。燃えるダンゴムシをにらみながら立ち――。
「おとなしく屈しろ」
海獣の声とともに、体が床へ大の字にへばりつく。
「その娘は特上だ。キャビアを乗せたフォアグラに匹敵する。二度殺したら、あの子の餌にしよう」
燃える巨大ダンゴムシが私へと――
「
夢月さんの声が聞こえた。
「十六夜、十六夜、十六夜、十六夜、十六夜!」
紅色の光が通勤準急みたいに横たわる私の上を通過していく。
部屋がなくなった。ダンゴムシも。
「トドめ……」
夢月さんは制服姿でへたりこんでいた。生身で月明かりをだした? 彼女は立ちあがる。レモン色の海獣を睨む。
「……オットセイだ。熱田を殺したな。貴様は叛逆者では済まない。抹殺対象だ」
カツラをかぶったオットセイが夢月さんと向かい合う。
夢月さんはよろめく。
「弱った体で月明かりをだして削られたか? 初めての経験か? せいぜい頑張るがいい」
「うるせえ! 妹ちゃんも戦え! パックもだ! トビーちゃんは逃げろ!」
夢月さんが必死に叫ぼうが、私は横たわるだけ。……何なの私?
「どうした? 私も紅い光を浴びてみたい。レベル235の私でも四発で消されそうだ。さあ当てるがいい。
来ないのならば、生身の体に死を授けよう」
一度聞いただけでは覚えられない名前のオットセイが、夢月さんに這っていく。私は床に打ちつけられたまま。蒼白の顔の夢月さんはにらむまま。……この人はさっきまでベッドでうなされていた。そんな体でなおも戦っている。私よりずっと苦しいはずだ!
立ち上がれ、私!
なのに体が動かない。
「夢月さん……。知恵なきものがかかる系? ……まさか、桧ちゃんも?」
ペンギンから黒ビキニに戻った岩飛さんがつぶやくけど、それって何?
「愚かな下級民は、私の威風を受けて攻撃できない。ハーレムの結界の中では誰もが私にひれ伏す。――南極トビーは許してやるから、相生の妹にとどめを刺せ。私は彩りランドの原田と旧知だった。代わりにかわいがってやる」
「するはずねーだ…………、すぐに始末します。ぜひともおかわいがりください」
「トビーちゃん、ダメだよ」
夢月さんはキッチンへと後ずさりする。いまにも崩れそうな足取り。私は見ているだけ。岩飛さんがやってきた。
――桧の力が補助攻撃を弱めている。だからハーレムの力は、素直すぎる赤い月と青い月以外には効果ない。気づかれるまえにトビーがあなたを抱えて脱出する。私が時間稼ぎする
耳もとで湖佳がささやく。
――おそらく千由奈と会うことはない。私と夢月さんはここで死ぬ。桧とトビーだけは生き延びて
ダメだよ。言いたいのに口が開かない。
「へへへ、私はずっとお前を憎んでいた」
岩飛さんが涙を流しながら私を抱こうとする。
「しかしレベルが落ちたのに生身で月明かりをだせるとはな」
オットセイは夢月さんだけを見ている。
「貴様にしろ相生にしろ、何を力にする?」
「なんで攻撃できないの……。智太君助けて。……助けてよ、柚香」
夢月さんの怯えた涙声。追いつめられている。
私のせいだ。弱い私が化け物を怒らせて、みんなを道連れにした。
起きあがれ! 立ち上がれ!
心があがいても体は動かない。悔し涙も流せない。
――これは試練ですよ