18 果し合いまで十時間 夢月の部屋
文字数 2,964文字
私は黒岩だ。双方の頂点同士で決着をつけよう。五日後の二十三時。場所はお茶ランドのおこもり半島『浄蓮の滝カントリークラブ』。
貴様が現れなければ、和菓子屋のオーナーとその祖母は強盗グループに襲われて命を落とすことになる。いつ達成できるかは分からなくても、彼らは必ず成し遂げ、その足で出頭する。
一般人を襲うと侮蔑すればいい。すでに私にはその前科があるし、それに値することを、貴様は我々に繰り返してきた。
何より蘭さんに連絡する。
「よく教えてくれた。本部に伝える。絶対に夢月から離れるな」
「十五時から柚香と櫛引博士と清見さんのもとで落ち合います」
「……夢月も連れて行ってくれ。博士に連絡しておく。私が動くべきだが、昨日無理したからか体調が思わしくない」
蘭さんが言うのならば、常人なら寝こむほどのコンディションかも。赤ちゃんにしわ寄せがいく。だとしても告げる。
「俺は月が伊豆に向かうのを邪魔しません。彼女に付き合います。蘭さんに告げたのは、蘭さんだからです」
「とにかく落ち着け。本部の指示を待て」
了解ですと口さきだけ答え、端末を消す。
この時を待っていた。ハデスブラック。今夜倒す。俺一人でも倒す。夢月と一緒なら徹底的に倒す。でも、もう一人必要。その時の戦略をずっと頭に描いていた。だから家へと電話する。俺の番号が表示されるから岩飛がでた。千由奈に換わってもらう。
「今夜付き合ってもらうよ。月と一緒に親衛隊隊長を倒すから、奴の殺されたエナジーを追跡してもらう。有無を言わせない」
『……私は真っ先に殺される。抵抗もできない。それはお前も同じ――』
「有無を言わせない」
中学生女子だろうが、あり得ぬ修羅場に付き合わせる。奴が一度死ぬだけじゃ済ませない。清見さんと同じになるまで、エナジーが枯渇しておのれのベッドに横たわる黒岩を何度も徹底的に倒す。そのためにハデスブラックを、刺し違えてでも倒す。千由奈は息を飲むだけだから電話を切る。
五分後に電話がかかってくる。
『ゴルフ場ならば月明かりを使えます。つまりこれは罠ですぞ。我が命に代えようとも、ああ、千由奈を巻き込ませない』
穴熊パックがうろたえようが、俺はこの時を待っていた。
『なので、私は千由奈を連れてでていきます。彼女のカップに睡眠薬を入れましたので、彼女はじきにあどけない寝顔になります。私でも精霊になれば彼女を引きずれます。桧殿と岩飛殿も数時間は目覚めません。ではごきげんよう』
なんて奴だ。どこで入手した。もはや彼女の調理したものを食べられないぞ。そもそも二度とその機会はないかも。すぐにかけなおす。
『ふあい、もしもし~』岩飛がでた。
「湖佳は?」
『旅立ちの準備をしてますよ~。すみません~、なんか眠くて~』
なんて即効性ある睡眠薬だ。
「寝るな! 千由奈は連れて行かない。だから家にいてくれ。そう伝えろ!」
『了解しました。間違いなく伝えます。では』
……演技だったのか? 惑わされたのか?
どうでもいいや。俺と夢月だけで戦えってことだ。柚香だって真っ先に狙われる。
俺は夢月のベッドにラッコのぬいぐるみと一緒に転がる。俺の部屋二つ分の横長の部屋。窓は三方に四か所もある。小熊、猫、犬、パンダ、羊、カピバラ……、大小様々なアニマルのぬいぐるみとフィギア。出窓とかあちこちに置いてある。開いたままのクローゼットには私服と制服が吊るしてあって、下には体操着が畳んで置いてあった。
白い下着が散乱した部屋を想像していたが、意外に几帳面。おそらく母親か誰かが整理している。
“夢月は母親が旅行だと何もできなくなる。同じ服を着続けたりする”
柚香はそんなことも教えてくれていたが、下着はどうなのだろう?
壁には写真が飾ってある。竹生家の女四代の集合写真。夢月であろう赤ちゃんを抱いた男性。七五三の夢月もある。まさにお人形。私服の雪月花の写真もある。柚香は金髪。これは欲しい。それと、ベッドの横には笑っている俺の写真立てが……。
「お待たせしました。お婆ちゃんにお釣りを返してきたから、遅くなりました」
お茶と羊羹をお盆に乗せて、夢月が戻ってくる。
「俺の写真。後ろから夢月を抱いているけど合成だよね?」
「うん。プロに頼んだから本物みたいでしょ。撮影したのもプロだよ」
撮ってもらった記憶はない。
「母親はこれ見て何か言わなかった?」
「よくできたでしょだって。お母さんにネットで注文してもらった。あと智太君の上半身裸の写真もあるよ。それは私が撮ったけど、お母さんに見せられないから飾れないんだ」
にこにこ言われても……正直に言うと気色悪い。夢月じゃなければ、警察に相談するレベルだ。……なんだか、もじもじしているな。
「智太君がベッドにいるなんて思わなかったです」
……無意識だった。しかも女の子のベッド。俺じゃなければ月明かりを当てていたかも。
テーブルに移動してクッションに座る。羊羹をいただく。饅頭と同じくまずくはないが特筆すべき味ではない。
「蘭さんと話したけど、柚香は参加させない。夢月は俺と一緒に清見さんの見舞いに行く。病院だから静かにね。夜桜に手伝わせようと思ったけどやっぱりやめた」
「うん。うん。うん。うん」
バイクを取りに来たついでに、時間調整で一時間ほど彼女の部屋にお邪魔させてもらっているけど、基本的に無口な二人。
「静かだわね。お見合いみたい」
母親が部屋に来て、結婚式での服装の話が始まった。スマホを覗く二人。俺は空気。
***
「そろそろ行こうか」
「うん! バイクをまだ探してないから後ろに乗せて」
「ゆづちゃん、落ちないようにするのよ」
「うん」
隣町まで二人で歩く。目が合うとにこにこ笑う。今夜、布理冥尊最強の敵と戦うとは思えない。
……ハデスブラックが一人でそわそわ時計を眺めているとも思えない。絶対にたっぷりと待ち構えている。そしたら夢月は逃げるか十五夜を使うだろう。そんなのは奴らも分かっているはずなのに……。
幾重もの罠。レイヴンレッドが関わっていると思うべき。
駐車場で精算する。小学生たちがスカシバイクを撮っていた。深紅が格好良すぎるものな。夢月が追いはらう。魔法で画像も消去しておいたよって、この女は……。魔法でバイクから取りだした紅いマントを亜空間に隠す。
「ヘルメットが二個も入るなんて、収納スペースが大きくていいね」
その手に白いヘルメットが現れる。俺の手に赤いヘルメットが現れる。
「それは柚香専用」
「借りるだけだよ」夢月はかぶろうとする。
「ダメだ!」
……怒鳴ってしまった。奪いかえしてしまった。彼女はショックを露わにする。
「じゃあ電車で行きます」
顔を落として駅へと歩いていく。とぼとぼと……。
スマホを捨てられたり志摩に置き去りにされたのは許せても、それでも譲れないものがある。だとしても……。
俺はヘルメットをかぶる。エンジンを始動させて、徐行運転で夢月を追いかける。彼女の前に停める。
「分かったよ」と白いヘルメットを頭にかぶせる。「後ろに乗って」
「うん! ここ一方通行だから、このまま行くと追われるよ」
柚香より穂村より、夢月はしっかりと俺の腰に腕を回す。二人は江戸川区の病院を目指す。ハデスブラックがモスガールジャーを襲った、あの翌日以来。