02 広尾で知る不実
文字数 3,953文字
でも彼女たちこそ被害者だ。なので性フェロモンに関しては、個人的に研究を進めている。女性に一番影響を与えるのは目線なのでサングラスは必須。なるべくうつむき行動する。容姿が変わったわけではないので、顔を隠す必要ない。ストーカーの一部は、俺の写真を確認させられると、『私はなんでこんな男に』と目が覚めたらしい。失礼な話だ。
目を合わせなくても、三十センチ以内に十分以上接するのは危険。満員電車には乗れないし、若い女性と隣りあって座れない。年配でも、たまに危険な奴がいるので注意は怠れない。
なので、タクシーで広尾へと行く。領収書さえあれば、モスガールジャーで運賃を支払ってくれる。
***
「お待ちしていましたよ、ぐひひ。もう睦沢さんがいらっしゃっていますよ、ぐひひ」
エプロン姿の落窪さんが玄関で迎えてくれた。彼は藍菜の家に住み込みと聞いている。
5LDKで花も絵もないシンプルな内装。なのに無機質ではない。清潔感に溢れている。ボディガード兼諸々の落窪さんがこまめに掃除しているのだろう。
「相生君もコーヒーいただいたら?」
テーブルのチェアに座るロングヘアの陸さんに勧められる。黄色いひまわり柄のワンピース姿でうふふと笑う。どんなに女性ホルモンを報酬で授かっても、シルクイエローには勝れなさそうだ。
「智太君、お疲れ」
藍菜が奥の部屋から来た。ジャージ姿はいいとして午前から酒臭い。
「タクシーの領収書をもらい忘れたけど大丈夫かな」
なによりそれを聞く。
「経理に聞いて」
藍菜が背後のキッチンへと親指を指す。
「レシートだけでは落とせませんね。ぐひひ」
落窪さんが落ちくぼんだ目で笑う。
「残念でしたね、
コーヒーカップをテーブルに置いてキッチンへと去っていく。毒が入っていそうで口をつけたくない。
「落窪さんは、スーパー魔法少女“大奥”になった花ババアと対等に戦った。でも、腐れ巫女とくそ月レッドが現れた。くそは機嫌が悪かったのか、スーパー魔法少女“身分を隠すため町娘に変装したお姫様。お祭りだって初体験。女剣士に憧れ中。でもその実体は?”に即座に変身して、落窪さんは即座に敗北した。
そんな経緯があるから、まだレッドにちょっと恨みがあるみたい。でも気にしないで」
司令官が言うのならば、レッドというだけで不当に受ける恨みも気にしないでおこう。
清見さんが時間通りに現れて、茜音も隼斗と一緒に来て全員が揃った。
隼斗のさらさらした髪は女の子のものみたいだ。でも、やっぱり中学生にしては、体つきを幼く感じる。
茜音が不透明の間仕切をセットして、陸さんが隣に座り、その隣に俺が座る。向かいには真ん中に藍菜、俺の正面には隼斗が座る。
落窪さんが藍菜のグラスへと赤ワインを注ぐ。
「ありがとう。で、内密の話をするから退室してください。みんなはいらないよね?」
返事を待たずにごくごく飲み、深呼吸して頭を下げる。
「ごめんなさい。私はみんなに隠していました。紗助君は東京に戻っています。彼を狩ることを本部からしつこく命ぜられていたけど、スルーしていました。それでミッションがこんなことになりました。でも、次は親衛隊本部を強襲しろとか言ってくるかもしれない。雪月花も関わることになった。だから、もう逃げられない。私たちもグリーンも」
紗助とは、伊良賀紗助だよな。モネマグリーンであり、三回死んでカスになり、藍菜を襲撃して海外逃亡した、組織のお尋ね者……。
藍菜は頭を上げずにさらに話しつづける。
***
紗助君を捜索しろという本部からの通知は、智太君が加わる二週間ぐらい前に来た。『メンバーを転生させずに、生身での姿で町を
私も隼斗君も入院していて、清見さんは忙しいし、陸さんも当時はゴリラ体型で出歩きたくないだろうし、形だけ茜音っちに探させようと思ったけど、虱なんてお前ら昭和かよなんて書かずに『とても無理』とだけ返事した。以後その件の連絡は、既読無視しといた。
そしたら、本部は“仮面ネーチャー”の二人に指示を出した。
昼は警察官と消防官。非番の夜は布理冥尊と戦い、環境保護のボランティアにも参加するという、正義の心だけでできた正義オブ正義の二人は、仮面ガイアと仮面アグルに変身することなく、非番の昼は紗助君の痕跡を葛飾区から狛江まで探し求めた。
彼らがグリーンを見つけたのは、和光市での慰労会の前日だった。私はあの場でみんなに告げることができなかった。本部には『了解』と返事して、今日までなにもアクションしなかった。
内偵を続けた仮面の二人が本部に報告した。
叛逆者が布理冥尊と接触したと。生身ではこれ以上は追跡さえ困難。変身して確保に指令を変えてくれと。
***
「そんなの絶対ガセだ!」
茜音が声を荒げる。
「紗助君があり得ない。あの親父どもがボーナスポイントを欲しいための嘘だ!」
「あの素敵なお二人がそんな心を持つはずありません! ……閑静な住宅街で声を荒げてごめんなさい。でも紗助君が布理冥尊になんて」
陸さんの顔がメイク越しでも青ざめるのが見えた。
「紗助さんはモスガールジャーに戻るために、一人で悪を倒そうとしたんじゃないの? あの人だったらあり得る」
「ともに戦った仲間だ。私も伊良賀はよく知っている。最後は心が傷つき弱まったが、それでも隼斗の言うとおりかもしれない。あいつは、誰よりも悪を許さぬ心が強かった。それで許される罪ではないがな」
清見さんは元気になった隼斗へと陽だまりのような目を向ける。
伊良賀紗助は、左腕と右足骨折で入院中の夏目蒼菜を襲撃した。脅迫し、本部と連絡を取らせて、蓄えていたポイントをモネログリーンへと授けさせた。壬生隼斗を生かし続けるためにみんなが分け合ったポイントをだ。
「残念ながら事実。仮面ネーチャーは手を引かされ、雪月花が後を継ぐことになった」
藍菜はまた話しはじめる。
「なぜなら紗助君に接触した布理冥尊は嶺真ちゃん。いまの名はレイヴンレッド。レベル181。百夜目鬼の直属の五人衆の一人」
***
モネログリーンを追えばレイヴンレッドにたどり着く。
平均年齢二十一で恥ずかしくもなく魔法少女を名乗る連中の考えそうなことだ。しかし、あの三人が一緒に行動したら、嶺真ちゃんは現れない。紗助君など小便を漏らす。
だからモスガールジャーとともに数チームに分かれて、その二人を追うことにしやがった。我々にもケツを拭かせられると、本部も認めやがった。
さすがに花魁やかぐや姫の格好で街を歩いたら、変質者だと思われる。なので布理冥尊最強部隊の影があろうが、みなが生身の姿でだ。
あいつらはいいよ。その姿でも魔法がつかえるし、いつでも変身できて仲間もそこに登場できるから。
で、向こうから要望の探索チームの編成分けは、『雪と青』『月と黃』『花と桃』『オウムと赤』。
だがピンクは出さないし、私もリハビリ中だし暑い中歩き回りたくない。なので花には一人で徘徊してもらう。
***
俺は茜音と組むらしい。蘭さんが決めたなら妥当だろう。
「どうやって探す? 俺は顔も知らないし、どこにいるかも知らない」藍菜に聞く。
「仮面ネーチャーがつけたマーキングがまだ残っている。雪月花があの二人から端末を渡されている。無用に広範囲から反応が始まる」
「私と相生チームの端末は?」
「自力で探して鼻を明かして」
「私は忙しいから参加しない。それに、これは正義とは言えない」
清見さんがクールに言う。
「みんなも同意見だと思うが、伊良賀は組織のシステムの犠牲者だ。あいつを本部に引きずりだすなど、絶対にしない。夏目の件も、責任の一部は注意を怠った本人にある」
「でも、布理冥尊が紗助君を狙っているのならば、悪しき心に捕らわれるまえに私たちが見つけるべきかもしれません」
「陸さんならそう言うよな。だが考えてみろ。伊良賀は餌だぞ。雪月花の前にヤマユレッドをおびきだすためにな。……私は、彼女にまた善の心がよみがえると今でも信じている。仲間だった二人を売るようなことはしない!」
クールな男が熱くなりだした。みなが黙りこむ。俺は意見しない。みんなが決めたことに従うだけだ。
「ぐひひ、私などが意見していいのならば」
落窪さんが伏し目に笑いながら部屋に入ってくる。聞き耳を立てていやがった。
「布理冥尊は悪しき心だけでなく、弱き心にもつけこみますよ。見つけたら、この部屋に匿うのはいかがでしょうかね。あなた様ならば本来の紗助君に戻せるのではないでしょうかね。ぐひひ」
「さすがはレベル184の
藍菜が指を鳴らす。なんて即決だ。というか、なんてレベルだ。
「清見さんは不参加でいい。どっちのチームも三人ずつでイーブンだ。雪と組むのは茜音っち。花と組むのは智太君。陸さんは変わらずくそと」
まじっすか。
「あれと組むのは絶対に嫌だね」
茜音が鼻息を荒げる。
「夢月とがいい。あの子は私に優しいから」
「無理やりアメシロにさせられるかも」
隼斗が笑う。
「僕も元気になったから参加できるけど、智太さんと組みたいな」
みんながてんでに自分の都合を並べ立てる。おとなしいのは陸さんと俺だけ。でも……機会かもしれない! と心の奥が叫んだ。
俺は立ちあがる。テーブルを両方の手のひらで叩く。
「だったら俺は雪と組む。ほかは好きに決めてくれ」
チームの絶対的エースが有無を言わせぬ態度を示す。