16 京都で知る果実
文字数 2,753文字
隣でラッコに目を輝かせる穂村のがずっとかわいい。二人は駆け足で進んで、サンゴ礁の海で立ちどまる。上も水槽。魚たちに囲まれている。二人はウミガメに観察される。もう他に人はいない。
「九州管轄の件、穂村は大丈夫なの?」
ここならば聞ける。その件に深く絡んだハウンドピンクと穴熊パックが俺の家にいても。俺こそ夢月以上に滅茶苦茶だ。
「私が初めて招集されたのがセンター受験の前日。博多で正義の味方したのはその一度だけ。互いに相手の素性を知らないままだったから私には及ばなかったけど、チーム名は覚えている。
……その人たちは全員レイヴンレッドに殺されて、部屋で苦しんでいるところを翌日公安に連行された」
彼らの悔しさや絶望はいか程だったろう。
だとしても俺は千由奈と湖佳を許した。あの子たちの分まで背負い、それを戦いで見せるのが俺の贖罪だ。許したことへの罪滅ぼしだ。
黙ったままの俺へと、穂村が青いランプに照らされた顔を向ける。
「そうだとしても、あなたがあの子たちへしたことに、私は賛同者だよ。戦いは憎しみ合うだけでは終わらない。難しいけどね。口先だけかもしれないけどね……。だからこそ相生君はすごいと思う。
それと、島で竹生とやり取りしたのは、彼女を煽る作戦だった。だけどごめんね。相生君も陸奥も品物じゃない」
謝られると逆にむかつく。レベル上位者どもがなにを言おうが、俺の相手は俺が決めるし、スカシバレッドは永遠に貞操を守りつづける。
「怖い顔やめようよ。閉館だね。そろそろ京都に送って」
水槽の光に青色に照らされた穂村の瞳が、思いだしたようにあやしく光る。
***
一方通行がよく分からないから、スカシバイクは車と同じに京都市内をぐるぐる回って、穂村のアパートに到着した。ぐるぐる回り過ぎて場所がどこだか分からない。
「またいつか戦場で」ヘルメット越しに敬礼する。
「あんたも部屋に上がってくれん?」
おもわずコインパーキングに停めに行ってしまった。もう夜の七時半。帰りは一気にガレージへ転送するけど。
「たくさんあるから選んで」
彼女の部屋の座布団に座って、八種類のカップ麺を勧められる。関東のコンビニでも売っている物ばかり。朝から食べてないので二つ選ぶ。
「野菜とフルーツも食べないとバランス悪いから」
柿とリンゴとフルーツナイフを渡される。俺が切るらしい。
柚香の部屋より若干広いワンルーム。飾り気がないと言うか殺伐としている。ちゃぶ台みたいなテーブルと座布団がふたつあるだけ。隅に参考書が平積みされている。ベッドはなくフローリングに布団が二つ折りに畳んである。でも女の子の匂いがする部屋。
「穂村はメイクするの?」
カップ麺に湯を注ぐ彼女に聞く。レオフレイムになってもノーメイクだった。
「しぇえからしか」
「はい?」
「よけいなお世話だ、うるさい黙っていろと言った」
彼女はやかんを持ったまま振りかえる。
「いま竹生と比較したな。やっぱりあの子のがかわいいし十代から化粧も覚えていて綺麗だし今日着ていた服も九州出身の女みたいに野暮ったくないし何より花の都大東京の生まれだしと思っただろ。しかもあろうことか焼石とも比較していたな。レベルで勝っているのに学歴は圧勝しているのに二度も作戦で出し抜かれ実戦でも二度もやられて、ハウンドを乗せたクロハネに知床岬まで追いつめられてサント号がオホーツク海に飛びこんで三人ともようやく助かって、普段の焼石を私は知らないけど変身した姿は一番きれいで大人びていて、それに比べてやっぱりこいつは赤い女三人で一番田舎者だな、獅子ってのも普遍的すぎて鳳凰や虎のが格好いいなと笑っていたな」
……えーと。熱湯を持っているよな。とりあえず、穂村は怒ると早口の標準語になることを知った。話題に地雷があることも知った。
「どれひとつ思っていない。今日の穂村の、水色カーディガンに白シャツに濃紺デニムに赤色革靴も素敵だった」
「だったら私を抱きなさい」
「はい?」
「私を性的マイノリティと勘違いしていると思うけど、男のが好き。ちょっとだけ女の子も好きだけど。でも同年代の優しくて強い男にしか惹かれない。もしくは同年代のかわいい子。人生初のピンポイントがあなた。それと陸奥。欲を言えばスカシバレッドも。竹生だと若すぎて駄目。あなただって若い子にあそこは勃たないでしょ。保護した中学生に手をだす鬼畜には見えないし。だけど陸奥とやっているよね。馬鹿レッドにも力づくに挿れさせられたよね? 夏目司令官も『あの男はああ見えてもねえ』と言っていたし、それに私も加えてよ。そして正直に答えて。竹生陸奥と三人プレイはしたことあるの? 四人プレイってありなの? 精神エナジーの具現同士はどうなの?」
何気にすごいことを並べていたが、俺はただこう思う。
夢月以上にヤバい奴かもと。
だとしても、ここにお泊まりはありかも。ガイアさんにも、さらなる男になれと命じられたし。とりあえず事実を述べる。
「穂村こそかわいくて強くてやさしい人だと思う。それと、あの二人とは深い関係まで至っていない。三人プレイ四人プレイはありかもしれないけど、精神エナジー同士はあり得ない」
それだけは、鳥羽の水族館ほどに譲れない。
「まずは二人プレイだと思う」
何もない部屋での沈黙は十二秒。
「……私は興奮すると暴走する癖があって、心にもないこと羅列してごめんね。スカシバレッドとレオフレイムは赤同士お似合いだと思うけど、部屋に男性を連れ込んでの初体験なんて不健全だからやめよう。
所詮は精神エナジーなのに、減るものじゃないのに……。
まあいい、今日は帰って。それは大枝の柿じゃないけどお土産にどうぞ。
私果物剥くの面倒だから、いつも皮ごと食べてる。柿だとおいしくない。種はおいしいけど」
リアル柿の種は食えたのか。えーと。この人の行動はすでに規格外らしくて、やっぱり早々に逃げるべきだとしても。
「食べてからでいい?」
俺だって未練があるけど、スカシバレッドを守るため、一人暮らしの女の子の部屋まで来てカップ麺を食べて帰ることにしよう。京都まで来てだ! 自分で剥いたリンゴを苦く感じる。
「相生君の報酬ってなに?」穂村が麺をすすりながら尋ねてくる。
「関東管轄のトップシークレット」さすがに教えられない。「トリオスは?」
「亀は画面映りがよくなる。桑は銭勘定がえぐくなる。私は標準語が流ちょうになる。たいしたことない報酬。雪月花や焼石みたいな……おもいだした!」
不吉な予感がした。
「私は視力が7.7ある。深川さんが魔法を使わずバイクに隠したものも見えた。赤かったよね? ラーメン代として、あれを体にかけてみたい。
目を輝かせながら言う。