31 越えられぬ壁

文字数 4,478文字

 真っ暗な空中で相生智太に戻ってしまった。当然落下する。

「花の絨毯!」ハウンドピンクが上空で叫んだ。

 破壊されたソーラーパネルの上に敷き詰められた花びら。俺はクッションの上のように着地できた。

「凪奈。方針を変えたよ。今日は倒せるだけ倒して終わらせる」

 ……真壁律め。俺は倒すどころか殺してもいいようだな。ちっぽけなレッドだと思っているな。その通りだとしても。

「ごめんなさい。僕が逃げたから宴の後が弱まった。執務室長が精霊になってしまった」

 夜空からスパローピンクの声だけ。姿が見えない。

「私がお願いしたんだよ。ここからは私たちも戦うよ」

 ハウンドピンクも見えない。……蒼い巨人も見えない。

「誰もが最善を尽くした」

 目のまえには仮面ガイアと仮面アグルが立っていた。実質レベル220の彼らさえ、律されて解除させられた。だとしても、なおも仮面の二人。

「ハウンドよ、モスのピンクよ。レッドを逃がせ」
 仮面ガイアの声がする。
「僕たちが時間を稼ぐ」
 仮面アグルの声もした。

 月の明かりに照らされて、仮面をつけた二人が巨大な敵へと駆けていく。

「智太さん、早く」

 真横にコノハが現れる。俺に手を差しのべるけど。

「逃げるな、二人を援護しろ。俺も戦う」

 相生智太は心にエナジーナイフを思う。現れない。
 ならば素手で戦う。俺は駆けだして、すぐに転ぶ。首根っこをつかまれる。

「生身だろ、食われるだけだ」
 ハウンドピンクが俺をコノハへと引きあげようとする。
「……は、はやく乗って。私は精霊になっても力が足りない」

 この子は手を離さない。一緒に落下するを選ぶだろう。だから俺は狭いエアサーフボードに這いずり上がる。

「モスから支給品」

 スパローピンクからゴーグルを渡される。なるほど、エナジー銃とおなじで生身でも使用できる。装着するなりカラフルなシルエットが現れた。秩父で用いた奴だ。

ごつん!

 コノハがさらに浮かび闇に衝突する。生身だと首の骨が折れかねないが文句は言えない。
 暗緑と暗黒――邪悪な魔物どものシルエットが笑う。茶色と青色の人の形のシルエットがうなずきあう。仮面の二人はひるまない。ハデスブラックへと駆ける。二人してジャンプする。

「「ツインネーチャーキック!」」
「ぐえっ」

 激甚なドロップキックが城壁の結界を突き破り、巨大な悪魔の腹に当たる。
 悪魔が前かがみになる。

「雑魚に落ちたくせに……いい加減にしろ!」
 ハデスブラックが両手をひろげる。

 禍々しすぎる気配。なによりも生身の俺の心が震えた。

 ソーラーパネルで覆われた丘も月の明かりを浴びている。監視員は避難したらしい。消防車やパトカーは現れない。それだけが幸いだ。
 ああ……丘が震えだした。

「隊長の真なる冥界の怒りだ」
 おぞましい偶蹄類が笑う。
「絶望の結界に閉ざされたレベル130以下は消滅する」

「……僕たちの戦いはここまでだな。ガイア楽しかったぜ」
「俺もだ。スカシバレッドとハウンドピンク。我々の負けだ。逃げてくれ」

「や、闇から出られない。智太さん助けて、また死ぬの嫌だ!」
「弱虫! 絶望するな。桜散れ!」

 ハウンドピンクの術とともにスパローピンクが消える。同時に、太陽光発電所が丘ごと爆発する。

 ***

 コノハが消滅する。またまた生身のままで十数メートル上から墜落する。

「キャイン!」

 今度はアフガンハウンドがクッションになってくれた。彼女は隼斗を追跡しなかった。俺を一人にしなかった……。あの爆発に巻き込まれたのに、俺はほぼ無傷だ。千由奈が俺を守ってくれた。俺は暗視ゴーグルをはずす。

「ガイアさん?」

 収まりゆく粉塵の中で、俺は声かける。

「アグルさん?」

 二人の本当のレベルは100前後。もういるはずがない。落窪さんに続いて、ガイアさんもアグルさんもやられた。

「あきらめろ。彼らは正義を貫いた」
 美しいアフガンハウンドは後ろ足を引きずっている。
「変身するぞ。だが龍にはなるな。今のお前は間違いなく暴走する」

 アフガンハウンドは春木千由奈に戻る。その手にピンクのマントが現れる。
 彼女は、俺を戦わせるために残った。ともに戦ってもらうために。
 俺は千由奈を後ろから抱く。目をつぶる。それでもピンク色の光を感じる。

「仮面スカシバレッド、降臨!」
「正義の猟犬、ハウンドピンク誕生!」

 二対二だ。龍にならないのならば、どちらか一体と刺し違える。それは清見さん、落窪さん、ガイアさん、アグルさんを虫けらのように殺したハデスブラック。ではなく、千由奈が望むリーガルエボニー。それでも生き延びたなら、龍になりハデスブラックを倒す。

「悪魔と一角羊。あなたたちは私とハウンドを欲しいのね。美女二人を」

 スカシバレッドは不敵に笑う。ハウンドピンクの手を握る。逆の手に仮面ネーチャーの端末をだす。

「あなたたちは成敗されるけど、ちょっとだけ待っていて。すぐに戻る」

 スカシバイクへと転送する。

 ***

「スカシバイクをウイングスカシバイクにしたい。精霊を解除して、またまた裸で抱き合おう」

 俺の提案に、ハウンドピンクは露骨に嫌悪を浮かべる。

「まずはバイクに乗って力を込めてみろ。龍にならないように加減してな」

 根拠はないらしいけど、スカシバレッドは泥まみれで半壊したスカシバイクを立たせる。ハウンドピンクがパンツ丸出し大股開きで乗るのを手伝い、ハンドルを握る。
 ヘルメットは投げ捨てたはずなのに、また兜が現れる。バイクは赤く輝いて変形していく。巨大化していく。

「これは……龍」ハウンドピンクが慄く。

 スカシバイクはメカニックなドラゴンと化す。全長は実に4メートル。目からライト、口からエンジン音のごとき咆哮が響きわたる。

「ワイバーンスカシバイク発進!」

 装甲を帯びたマシン飛龍が廃墟と化した発電所を目指す。



 夜闇や絶望の闇や城壁の結界に隠されたためか、騒ぎは大きくなっていない。中井の集落も静かなまま。貸与されたばかりのモスウォッチは消えたから、誰とも連絡は取れない。でも、みんなは上空で見守っているだろう。
 ハデスブラックたちは空で待ちかまえていた。肩には人の姿に戻ったリーガルエボニー。
 スカシバレッドが乗るメカドラゴンの口が開く。

「ワイバーンビーム!」

 赤いツインビームは城壁に跳ね返される。

『遠距離だから、花吹雪が奴らに届いていない。こちらのレベルが上がっただけだ』

 背後にしがみつくハウンドピンクから通信が聞こえた。
 ならば近づくだけ。飛龍の角のごときハンドルを絞る。ぐいんと加速される。

「近すぎる! 夜闇!」ハウンドの悲鳴。

「律する」聞いてはいけない一言。

 マシンワイバーン(この名称に統一しよう)のハンドルを右に傾ける。全速力で離脱。……初めて避けた。スカシバレッドのままだ。

「どうやって戦えばいい?」後部座席に尋ねる。
「あなたのが戦い慣れている」丸投げされる。「追ってきたぞ」

 マシンワイバーンをとりあえず小田原方面へと飛ばす。……さきほどの作戦。追い越させて上から最強技であるファイナルアルティメットクロスの連発。
 などと思っていたら、後方から凍てつく反動。これは精神エナジーを削る。マシンワイバーンの挙動も怪しくなる。
 だと思ったら上空からのとてつもなき衝撃。鉄槌だ。地面めがけて押されていく……。満月に黒く光る人工物は、またもソーラーパネルかよ。マシンワイバーンは、三枚を道連れに大地に激突する。

 空から追ってきた悪魔が地面にもぐる。宙には真壁が浮いている。

「追いかけっこは楽しくない。律する」

 暗視機能がなくなり真っ暗闇。マシンワイバーンが、さらにポンコツになったスカシバイクに戻る。人に戻った春木千由奈が、相生智太に戻った俺の背にしがみつく。


 わざわざバイクを取りにいき、しかも派手にチューンアップして再登場した結果が……これが現実という奴か。というか、やっぱり勝てないかも。五人がかりで精一杯だったのが二人になったのだから、無謀だったかも。
 こいつらと俺には越えられない壁がある。まさに城壁だ。やられた仲間の敵討ちなど無理だった。いまさら思う。

「私は最後まで戦う。生身が果てるまで戦う。生きて奴らに囚われない」

 千由奈は立ちあがる。この子は俺よりずっと強かった。俺はいまさら絶望に包まれている。
 空には満月……。俺は竹生夢月を思う。守ってくれ、助けてくれと。そしたらいつか守ってやる。

「もう終わったのか? 土に潜った意味がない」
 悪魔が地面から顔を覗かせる。

「ああ終わらせましょう。二人を連れて帰る。月を倒せなくても、僕たちの圧勝だ」
「黙れ! 私もこの人もあきらめない!」
「ふふふ。だが冥王は生身を凍らせて運べる。生きたままにな」

 悪魔が体を持ちあげる。その巨体を晒していく。どんどんと、どんどんと……どんどんと。その下から紅色の光。
 驚愕の面のハデスブラックが空へと飛んでいく。真壁がピンボールみたいに弾かれる。

「月の引力!」

 悪魔と真壁は引き寄せられる。黒色パネルに埋もれるほどに激突する。

「十六夜! 十六夜! 十六夜!」

 地面から飛びだす激甚な光に悪魔が包まれていく。

「空気が無いし、どっちが上か分からないし死ぬかと思った」

 髪も泥だらけのスクール水着姿の紅月が、紅色の光に包まれて地面から現れる。ぐちゃぐちゃのスタイルだろうと。

「きれい……」千由奈がつぶやく。

 なにを今さら。こいつは誰よりも強くて美しいんだよ。そう。スカシバレッドよりも。
 紅月が俺たちを見る。

「やっぱりスカじゃなかった。智太君の声が聞こえたよ。だから脱出できた。ありがとう」
 にこにこと微笑む。
「でもスカになって一緒に戦ってください。……犬ころもだよ」

「俺たちは律をかけられた」
「じゃあ私も解除しよ」

 紅月が俺たちのもとにすーっと来る。昼間の服装のままの竹生夢月に戻る。

「真壁と私の前でわざわざ生身に戻るのか? お前は人として殺す」
「黒岩さん、こんな馬鹿が後継者であるはずない。大司祭長よりもあなたが正しかった」

 巨大な黒い悪魔が浮かびあがる。その肩には獬豸と化したリーガルエボニー。紅月との直接対決を避けてきたのだろうに……。俺はこの二人を言いあらわす言葉を知っている。油断。

 竹生夢月は不敵に笑う。化け物たちと向き合う。両手をひろげて空を目いっぱいに抱える。
 空を解き放つ。

「十五夜!」

 生身の夢月が放つ滅びの光。紅月の十六夜より、はるかにはるかにでかかった。大手町も芦ノ湖も紅色に照らしながら、光は山間部へ飛んでいく。
 ソーラーパネル群は消滅。山をえぐりやがった。なのにハデスブラックは生き延びている。怯えた面が空に浮かぶ満月に照らされる。肩には腰を抜かした聖獣を騙る魔物。

「よわっ、これじゃあ十夜だよ」
 夢月は残念そうだ。
「じゃあ変身しよう。犬はあっちを向け」

 俺に正面から抱きつき、千由奈の首を後ろから抱える。

「や、やめろ。マントを使え」千由奈は言うけど。

「あれは飽きた。変身!」

 俺たち三人は裸になって、紅色の光に包まれる。
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登場人物紹介

相生智太(あいおいともた)

20歳

大学二年生

龍、陰

スカシバレッド

スカシバレッド

モスガールジャーのエース

清見涼(きよみりょう)

22歳

大学四年生

鶚、村雨

エリーナブルー

エリーナブルー

モスガールジャーの実質リーダー

睦沢陸(むつざわりく)

23歳

フリーター

猪、貫、西瓜

シルクイエロー

睦沢陸

たっぷり女性ホルモンを授かったバージョン




シルクイエロー

モスガールジャーの陸戦巨乳隊員

壬生隼斗(みぶはやと)

14歳

中学二年生

巨樹

スパローピンク

壬生隼斗

すっかり健康になったバージョン

スパローピンク

モスガールジャーのちびっこ隊員

芹澤陽南(せりざわひなた)

17歳

流星、向日葵

キラメキグリーン

キラメキグリーン

モスガールジャーのニューグリーン

夏目藍菜(なつめあおな)

21歳

無職

勇魚、雲、寛容

与那国三志郎

与那国三志郎(よなぐにさんしろう)

モスガールジャー司令官

木畠茜音(きばたあかね)

20歳

大学二年生

鸚鵡、耀

アメシロ

アメシロ

モスガールジャー指令室参謀

落窪一狼太(おちくぼいちろうた)

35歳

夏目藍菜の用心棒兼諸々

山犬、恨

ウラミルフ、リベンジグレイ

リベンジグレイ

モスガールジャーの切り札

伊良賀紗助

21歳

レジスタンス叛逆者

草原

モネログリーン

モネログリーン

モスガールジャーの元隊員

陸奥柚香(みちおくゆか)

19歳

大学二年生

雪割草、蝙蝠

白滝深雪

陸奥柚香

金髪やめて高校時代に戻ったバージョン

白滝深雪(しらたきみゆき)

雪月花の癒し役

白滝深雪

銀髪バージョン

白滝深雪

スーパー魔法少女「黒神子」

竹生夢月(たけおゆづき)

18歳

高校三年生

鳳凰、惨

紅月照宵

紅月照宵(こうづきてるよ)

雪月花の真打ち

紅月照宵

ス-パー魔法少女「身分を隠すため町娘に変装したお姫様。お祭りだって初体験。女剣士に憧れ中。でもその実体は?」

お祭り娘バージョン

深川蘭(ふかがわらん)

25歳

社会人

胡蝶蘭、蛟

紫苑太夫

紫苑太夫(しおんたゆう)

雪月花の仕切り役

紫苑太夫

スーパー魔法少女「華柳」

亀の隊長さん

29歳

地方公務員

甲羅、機動

動的亀甲隊隊長

動的亀甲隊隊長

四名の配下戦闘員と長い脚の亀型兵器で戦う

相生桧(あいおいひのき)

15歳

高校一年生

相生智太の妹


町田さん

フリーの看護師

焼石嶺真(やけいしれま)

19歳

不明

虎、渡鴉

レイヴンレッド、元ヤマユレッド

レイヴンレッド

布理冥尊五人衆

ヤマユレッド

元モスガールジャー隊員

与謝倉凪奈(よさくらなな)

14歳

中学二年生

夜桜、猟犬

ハウンドピンク

ハウンドピンク

布理冥尊五人衆

押部諭湖(おうべろんこ)

13歳

中学二年生

貉、妖精

穴熊パック

蒼柳(あおやぎ)

布理冥尊五人衆

言霊、??

フェローブルー

刀根(とね)

第三方面軍直轄突撃団副長

銅、土

トンネラー

茂羅(もら)

第三方面軍温泉ランド区副司令官

苔、慈

コケライト

佐井木(さいき)

本宮護教隊地方管理部フルーツランド担当

犀、念

サイキック

銀山(ぎんやま)

第三方面軍フルーツランド支部長代理

勝虫、彷

シルバーヤンマー

禿尾(はげお)

第三方面軍直轄渉外隊隊長

銭、任侠

ゼニヨコセー

香山(かやま)

第五方面軍特務隊員

蚊、童、群

モスキッズ

織部(おりべ)

布理冥尊五人衆

花蟷螂、嘲

マンティスグリーン

マンティスグリーン

芹澤の父に擬態中

綿辻(わたつじ)

親衛隊(五人衆付)

蒲公英、迷

メーポポ

大賀(おおが)

布理冥尊五人衆

鬼、痴

オーガイエロー

五木田(ごきた)

親衛隊(五人衆付)

噴射、汚

ジェットゴキ

原田(ばるた)

第三方面軍彩りランド支部長

ヴァルタン征爾

忍者、幻

春日(擬態中)

レジスタンス本部

粘土、鹿

ネンドクン

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