20 生死の目安
文字数 3,848文字
「腐れ野郎め。しかしヘリに積みきれるのか?」
籠手からのライトに、跡形もなく爆破された残骸が照らされている。その奥では半壊した金属ケースから、金のインゴッドと現金があふれ出ていた。さらに奥にも同様のケースが山積みされている。テニスコート大のスペースが埋め尽くされている。この炭はダイヤモンドだったかなと、傭兵が袋の中をペンライトで照らす。
偽物を土中深くに隠すはずがない。アイルランド人が作る圧縮された高位エナジープラスチック爆弾しか通用しない金庫に隠すはずない。
ピピピと、モスウォッチが鳴る。
「早速本部から集金の催促かよ」と傭兵はぼやくけど。
『敵高速にて接近中! 敵高速にて接近中! 合計レベルは180前後と推測。到着予測は……300秒後? 飛行状態と思われる。至急戦闘態勢に入るように』
「……花火がでかすぎたな。貯金箱を取りもどすつもりだ」
「腐れアイリッシュなどに頼むからだ」
傭兵たちがなじりあいながら崖をよじ登る。
俺はひと足先に仲間のもとへ飛んでいく。……本当の地獄は空からやってきた。
***
「この十二人の合計レベルは267だ。なので
ブルーが緊張しながら言う。267のうち200は男どもだし、目安が敵に勝るのだから女どもへも撤退命令がでない。
『敵エネルギー反応が消滅。生身の状態に戻ったと推測される。本機は高度700で待機』
「エネルギー反応が猫の糞ほども残らないということは、
アイルランド人が男どもに説明するのを盗み聞く。
「時間がない。俺たちは俺たちの流儀で戦う。モスさんはヘリに戻るべきだが……レッドだけはお付き合いしてくれ」
「おほ、どさくさにまぎれてケビンが告白しやがったぜ」
「茶化しはなしだ。こいつに頼む理由は、おそらく敵に空を飛べる奴がいる」
「ならば私も残ろう。私も飛べる」
エリーナブルーならばそう言うに決まっていた。そして、残りの二人もこう言うに決まっている。
「私も悪を倒します!」
「僕も正義を貫く!」
「そいつらにはそいつらの流儀があるってことだな。好きにさせろ」
勇気ある二人がクレーターから戻ってきた。
「それよか一般人は? 来やがるなら、俺はそっちの保護にまわるぜ。もうニュースにならぬ惨事を見たくない」
『消防も警察も動く気配なし。布理冥尊はおそらく管制を敷いている』
「だったら、ここからは女相手にポイント争奪競争だな」
男どもが不敵に笑う。
***
「そうは言っても、私たちは合わせて67だ。彼らと離れた以上、半数の33.5にスカシバの数値を加味して……レベル44以下の幹部補でないと太刀打ちできない」
林にひそみながらブルーが言う。
「このまま隠れて、ダーティーフォースが戦闘を始めたら背後から
「命は大事に。……また強くなりたいな」
「……でも空飛ぶ敵が強大だったなら、私はみんなのために戦う!」
「市内まで飲みに行ってなかったら、私たちも死んでいたかね」
「マジでサバゲーどもだけだろうな。三人娘が来たら俺は逃げるぜ」
……仲間うちのひそひそ話と虫の声にまぎれて、人の声がした。
ブドウ畑の農道を男女2人がやってくる。中年男はぎょろ目の細長で、中年女はこぶにひっつめた髪型のラガーマンの体躯。どちらも田舎の飲み会から抜けでたような格好だけど。
おばさんが立ち止まり、ぎょろ目へと口を開く。
「ダミーの作りかけの体育館は上空から破壊されたようだね。モスプレイの仕業さ。四人娘ならいるかもしれない。しかしあれだけ奥深く隠したのに、敵ながらよくぞ見つけた」
「……焼石様に代わるレッドが加わったのだろ?
「
俺のレベルはその時より減っているけど。
「132……」ピンクがつぶやく。
ブルーがモスウォッチをマナーモードにするように手振りする。
二体だけで180オーバー。傭兵たちは地方幹部数体を想定していたけど……スカシバレッドの体がうずいてしまう。
「レッド冷静に」
イエローが俺の昂りに気づく。
「雪がたしか153。あのゴリラみたいな女だけでも、身も心もバテきった巫女の相手するようなものですよ」
柚香だって化け物じゃないか。
深雪はライフが一桁でも時空を凍らした。一人ずつキスされるのを待つだけだ。しかも、命は大事にとピンクがまたつぶやく。こいつに言われたら、俺は何も言いかえせない。
「分かってます……」としか言えない。
「分かったよ。俺だってフルーツランド支部長代理に抜擢された精霊だ。意地を見せてやる」
銀山が黒いマントをかける。裸体となり銀色に光る。
銀山が体に力を込める。その体が巨大化して、変形して、二対の羽根を伸ばしたトンボと化す。
尾から顔まで5メートルぐらい……。顔は巨大化した銀山のままじゃないか。それでいて目は複眼だ。
「あの金庫の中身は、この国の大事な税金からの上納金だ。あと十数分で親衛隊の隊長がじきじきお仕置きに来る。
私たちは前座だ。鼻息たてずに、こそ泥を逃さぬ程度にやるさ。むしろ
その声に巨大な顔がうなずいて、異形の大トンボが飛んでいく。
「親衛隊は月をかなり本気で戦わせるレベル。つまり花と同じかそれより強い。その隊長ということは……」
ブルーの嘆息ほどの小声。
昂った俺さえも冷静になる。この子を即死させた奴よりも強い奴が現れる。
命は大事に。任務放棄のペナルティなど知ったことじゃない。十数分以内にここから離脱しないと。このおばさんがいなくなったらひっそりと……。つまり男どもが攻撃されている隙に……。
「倒そう」
俺はおばさんの背中を小声で指さす。
「スパイラルレインボーで」
「……発射できるのか? 出たとしても、幹部は精神エナジーの鎧をまとっている。それを消せば本来の肉体を傷つけることなく消滅させられるが、100超えならば最低でもこれだけ必要だぞ」
ブルーが指を三本立てる。
「はずしたら全滅だ」
「エリーナをセンターにしたら、敵が倒れるより先に、彼女の精神エナジーが枯渇するでしょう」
イエローが首を横に振る。
異形になられる前に、続けざまに当てないとならない。一度も発したことないものを。
「だったら、私一人で戦う。あなたたちは逃げて」
スカシバレッドが、傭兵たちを助けるために立ちあがる。
「……わかった。手をつなごう。土壇場のお前を信じる」
俺の目を見たブルーも立ちあがる。俺の右手を握る。
「私はレベルが一番低いですから」
イエローにうながされ、ピンクが隣に来る。俺の左手を握る。
「五秒後だからね。……私がみんなを守る」
必要なのはレッドのその心。人を守るために手をつなぐ。
桧を守るように……。螺旋の光をだせるに決まっている。
あとは身を削りの三連発だけ。
「3,2,1……」イエローのカウントダウン。
「「「スパイラルレインボー!」」」
三人の声が重なる。
「私がみんなを守…………」
何も発せられなかった。
佐井木とかいうおばさんが振りかえる。
「フォークダンスかい? 懐かしいね。サイキックのおばちゃんも飛び入りさせてくれ」
ゆがんだ笑い顔。その手にマントが現れる。体を覆う。
その体が黒ビキニだけをつけた灰色のサメ肌に覆われる。頭にツノが一本生える。
「時間を稼ぐから、もう一度チャレンジして!」
槍を抱えたイエローが飛びだす。
「シルク無理だよ……」ピンクが怯える。
「あ、相生だせ! すべてはセンターの責任だ」ブルーでさえ狼狽する。
用法が正しいか知らないけど、俺は走馬灯のように思う。人を守る心だけでは足りなかった。それは、やっぱり俺はチームじゃないから。五人での一年近い修羅場。知りあって半月の四人。こいつらに認められるはずないよな。俺よりもヤマユレッドを今も……。
ふざけるな!
「み、み、みんなお前らのせいだ! もっと俺を頼れ! だって俺がエースだろ? 絶対に期待に応えてやるから、スカシバレッドに預けやがれ!!!!!」
スカシバレッドは窮地でもこんな言葉を使わない。でも一方通行では強くなれない。四人で愛しあわないと。桧のように、俺を信じて頼ってくれ!
俺はお前らを愛してると、強く握る。二人の手から燃えるソウルが逆流する。俺のエナジーと一体になる。充填された心と体が熱く光る。
「「「スパイラルレインボー!!!」」」
スカシバレッドの胸の谷間から、三色の螺旋が発生する。
青色桃色赤色の光が競り合うように渦を巻き、小馬鹿にした顔のサイキックだかに直撃する。
サメ肌のおばさんはブドウ畑を囲む金網を突き抜けて飛んでいく。
……虫が鳴きやんだ。戦いの火蓋。
信じてくれてありがとうなど言わない。態度で示す。なにがあろうと応えてやる。