１０　エースはすべてをこなす

　上空２０００メートルに待機するモスプレイまで、ダウンしたパックとトビー、変身を解除させられた野原宏を二往復半して運ぶ。シルクとキラメキは転送してもらった。モスプレイというか司令官の能力がまだまだだった数か月前ならば、二人も運ぶ羽目になっていた。
　モスプレイにも深雪はいなかった。

「端末を使えば寝た場所でなくアジトへ逃げられる。なのでハウンドを連れてきてくれ。本人も了承してくれた」

　一息つく間もなくスカシバレッドに与那国司令官が命じやがる。茜音が俺を殴るために白ビキニになったペナルティは、まだ受けてないようだ。キラメキと黒ビキニは機内で大の字になっている。野原宏は目覚めない。

　裏切り者は端から消えろ。
　柚香の絶叫(シャウト)が耳に残る。

「転送コードを教えるから早く行け」
　万が一のために転生済のレインホワイトににらまれる。

　俺は相生智太に戻りスカシバイクへ転送する。スパイラルレインボーを二発だしたうえに東北道をショートカットしたのだから、たしかにふらつく。しかも、もう一度山形まで戻らないとならない。千由奈に連絡。桧と護国寺でストレッチしているらしい。バイクで向かう。

　＊＊＊

「お兄ちゃん！　電話してから五分で到着って飛ばしすぎだよ」
　青色のジャージ姿の桧に怒られる。

「私は尋問をしない。逃げられたときに追跡するだけだからな」
　ピンク色ジャージの千由奈が白いヘルメットをかぶりながら。
「昨日一日で１．６キロ減った。今日もそれくらい痩せたかも」

　おそらくリバウンドが待っているが、口にださない。戻った機嫌を損ねない。二人は桧に別れを告げて、スカシバイクで町に乗りだす。ビジネスビルの地下駐車場からモスプレイへと転送する。
　与那国司令官を轢いてしまった。

「わ、私の防御力は下級戦闘員以下……」

「菜っ葉耐えろ！　モスプレイが消滅する！」
　レインホワイトは蒼い顔だ。
「私たちの転生も消滅する。ベッドに戻るだけだけど」

　この機体にはそんな弱点があったのか。

「春風の治癒！　春風の治癒！　春風の治癒！」

　ハウンドピンクがへとへとになるまで頑張ってくれたおかげで、与那国司令官は復活する。

「申し訳ございませんでした。これくらいのペナルティで済んだのだからよしとしましょう」

　俺はそう言ってスカシバレッドに変身……しない。いまだ転がる野原宏は生身の色男。仮面ネーチャーの二人と一緒なら気にしなかったのに、女性の姿になるのを躊躇してしまう。

「はやくスカ野郎に変われ。万が一のときは、お前が追跡するのだからな」

　規格外のレインホワイトににらまれて変身する。よろめきを耐える。

「では起こします」

　アナグマ状態の穴熊パックが姿を消す。

――目覚めなさい

　野原宏の耳もとでささやく。

「お客さん、今日は閉店……はっ！」
　後ろ手に手錠された野原宏が顔をあげる。

「一度戦地で会っているから私を覚えているよな？　逃げても無駄だ。拘束されていれば逃げようがないにしても」
　ハウンドピンクがざまあみたいに見おろす。

「……あいつらが柚香にやられた。布団で苦しんでいる。見舞いに行がせれ」
　野原宏はにらみ返す。

「だったら裏切りの理由を教えてください。さもないと、あなたはああ本部に送られます」

　パックが姿をださぬままにささやく。俺も何度かやられたから分かる。これは効く。

「裏切り？　争いはじぎに終わるよな？　これがらは敵味方なぐやり直す。そいだげのごどだ。東京のものは関わらねでぐれ……。おめがだが柚香を都会さ染めだな」

　イントネーションがきついが、言いたいことは伝わる。
　ならばこそ、知らなければならない。

「あなたはそれほどまでに彼女を好きなの？」

　裏切り者は端から消えろ。スカシバレッドは単刀直入に尋ねる。
　野原宏の顔がさくらんぼほどに赤くなる。

「そ、そんたごどはねぁ。な、仲間だんて気にかげでらだげだ。強ぐできれいな柚香はおいがだのヒーローだ。誰も惚れぢゃいげね特別なふとだ。それどご……。ズガジバレッドおいと勝負しろ。おいに勝ったんだばすべで教えでける。おめが負げだら、髪の毛坊主にして義侠団みんなの前で柚香さ謝れ」

　なにを言っているのか分からないけど、それでも伝わる。こいつは柚香に一途に惚れている。そして男同士の戦いを望んでいる。俺こそ望んでいた。

「分かったわ。パック、手錠を外してあげて」
　俺は再び相生智太に戻る。
「生身で果たし合おう。手加減はしない」

「認めよう。ただし勝敗に関係なくすべてを話してもらう」
　俺に轢かれた司令官がうなずく。

「それは、こいづの戦いで決める。さっきめたいな姑息な手で勝づべとするな」
　拘束を解かれた野原宏が立ちあがる。

　……向かいあえばわかる。こいつは強い。弱った体はお互い様。

「私がレフリーをします。最後までは戦わせません」
　シルクイエローが巨乳を揺らしながら二人の間に立つ。
「ファイト！」

　俺と野原は視線をぶつけ合う。分かりあうなどしないけど、シンプルな決着を求めあう。

「おらー！」
「うおお！」

　二人は駆けだす。握った拳が交差する。互いの頬を貫く。

「くっ」
「くっ」

　ともに耐える。
　裏切り者は端から消えろ。だとしても。
　ともに左拳を握る。

「おりゃ！」
「喰らえ！」

　再び至近でのクロスカウンター。火花が散る。脳が頭蓋骨の中で三往復する。だとしても。

「おらっ！」

　渾身の右フック。野原宏は打ち返せない。とどめの一撃を受けて、星空義侠団リーダーは後ろへ崩れる。俺は引き寄せる。

「ごめんなさい」
　彼を抱きながら言う。

「……おめ強ぇな。柚香惚れるだげある。まだ戦いで、あの子どご守ってけでぐれ」

　俺は返事できない。彼女を守る資格も力もない。俺は野原宏ごとシルクイエローに支えられる。

　＊＊＊

　真っ向勝負などしたために二人は奥歯がガタガタになった。穴熊パックが治してくれた。代わりに彼女が疲れ果てた。アナグマは芹澤と岩飛の横に寝転がる。転生を解除した陸さんが毛布を掛ける。司令官と参謀も生身の姿に戻る。

「こっちは太ってないよね？」
　ハウンドピンクに聞かれるけど、やはり丸くなっていた。いまはまだ口にしないでおこう。彼女は藍菜へと。
「桧が一人だと心配なので、私は東京に帰ります。いつでも呼んでください。……湖佳ももう充分ですよね、連れていきます。トビーは花鳥風樹のために最後までこき使って(戦わせて)ください。それでは桜散れ。追跡開始」

　端末に頼らずに二人が消える。ふいに俺も心配になる。『元気？』と夢月にメッセージを送る。

『元気だけど、補修中にまた寝ちゃいました。ぐすん』

　すぐに返事が戻り安堵するけど……裏切り者は端から消えろ。裏切り者だらけ。だとしても彼を見おろす。

「約束だ。すべで話す。おめも座れ」

　野原宏が床にあぐらをかく。向き合った俺へと語りだす。