19 生け贄のスカシバレッド
文字数 3,282文字
レアシルバーがモスとの通信を終える。
「夏目藍菜はよう知らんけど、銭勘定にうるさいと聞いておるからな。そんなのに、ほむちゃんが化け物なったの教えるわけにいきませんわっくしょん」
アギトゴールドがむき出しの両腕をさすりながら言う。
トリオスの二人はモスを追い払いたがっている。でも司令部はなおも居残る。そして司令部もトリオスも、俺が龍になったのを見ていない。
『夜桜より。月をベッドで確認。呼吸は安定しているとのこと』
深雪から連絡があった。すかすかのエナジーが消え去るほどに、とてつもなく安堵した。夢月のもとに行きたい。人肌の温もり。抱き合って寝たい。でもまだ帰れない。
「原理を我が身に、って知っていますか?」
二人に尋ねる。
「原理主義が化け物になる奴ですな。二度見ましたわ。どちらもレベル100前後だったから、苦戦せず倒しましたけどな」
「人の姿に戻れんそうなのにな。死ぬとやばみと聞いてますし。まあ原理主義など苦しもうが知ったこと――スカシバさんは違うと思ってますが、すみませんでした」
タガメ女が頭を下げる。
「事実だからいいです。ハデスブラックみたいに、魔女にそれをかけられました。私はもう相生智太に戻れないみたいです」
二人が俺を見る。スカシバレッドの姿を上から下まで見て。
「飯やトイレはどうするですか?」
「レア、聞くことが違うやろ。おたくもマントで変身したのですか。……九州討伐のときに、ほむちゃんはマントをひとつ自分用にしました。関東はみんな持っていると嘘つきましてね。うちらも彼女がどんな姿になるか見たくて、認めてしまいました」
「俺は認めんかった。目じり下げたのアギトだけや。とはいえ、エロイ格好になるの期待してたのに、ほむちゃんはシスターなどになりました。がっかりでしたわ」
「しかも力を込めたらほんまにライオン女になりました。快傑ライオン丸を検索してください。その女バージョンです。悪銭身に付かずみたいなもんでした」
「そんで先ほどカラスが巨大化したのを見て、負けじとおっきくなって、興奮して暴走して炎をまき散らしたのです。で、マントで変身したのですかと最初に聞きましたでしょ。時間もないので、はよ答えてください」
大阪人が交互に話すと、おもわず引きこまれてしまう。アギトゴールドは尼崎出身だけど、兵庫はあの市を割譲したいらしいから実質大阪だ。
「違うけど、夢月のマントが私のもとに飛んできました。それを持ったまま変身しました」
救いを求める夢月の手にマントは現れ、風もないのに俺へと飛んだ。嗜虐な魔女は俺たちをただ殺すなど望んでいなかった。とてつもない苦しみを与えたかった。
「ほな金もかけずに解除できると違いますか? 新しいマントで変身した竹生と一緒に解除すればよろしいですよ」
「恋人同士だからいくらでも抱き合えますしね。羨ましい話ですわ」
そんな簡単な話なのか? だとしても試す価値はある。アギトゴールドである桑原は尼崎から大阪大学に通う賢い人だし、レアシルバーである亀田も堺市が誇るVチューバーだし、二人の意見に安堵を覚える。
「しかし静かやな。落ち着いたとちゃう?」
「そしたら連絡寄こすやろ。――へとへとのスカシバさんに申し訳ないですが、おとりになってもらいますわ」
「はい?」
「ほむちゃんは女のおたくを好きやったさかい、化け物になっても同じでしょ。襲いに来ますわ」
「そやかてごっつうまんまだとスカシバレッドの体を好き放題にできない。シスターの姿に戻ります。そこを説得します。金に糸目を付けずにいきましょう」
レイヴンレッドが逃げだした奴に身を投じろというのか? レオフレイムに戻っても好き放題にされる。しかも解除して相生智太に戻れない。
「悪いけど、それだけは無理」
この子の貞操だけは守り抜く。
「そうは言っても、ほむちゃんから来よりました」
タガメ女がサント号を傾ける。体が転がりかけたが、林に燃える筋が見えた。こちらへと向かっている。貴重な蔵王連峰の自然になんてことを……。活火山のごとく、なおも怒りがエナジーと化す。
「ライオンさんの目が血走ってますな……ほんまですか! シールド、オン!」
巨大なライオンが高々と跳躍してきた。20メートルほどの赤い肌で赤いたてがみのライオン。というか赤く燃えている。こんなのと戦えない。身を捧げたくない。
穂村である特大ライオンがシールド越しにサント号の上を覗く。まずまずかわいい二人に目を向けず、スカシバレッドだけを見る。しかしなんで雄ライオン……。
がおおおおお!
県境を越えて宮城まで聞こえそうな獅子の咆哮。いや絶対に聞こえている。シールドにひびが入った。ライオンは跳躍の頂点に達した。自由落下が始まりかけて、サント号を両方の爪で抱える。一緒に大地へと落ちていく。
「こりゃあきませんな」レアシルバーがつぶやいた。
「ほむちゃんの特性は獅子と百合。原理主義ではないので、食い殺されてもエナジーの強奪は発生しません」
アギトゴールドが俺を見る。
「かといって、金より命のが大事です。飛んで逃げましょう」
浴衣姿のタガメ女とクワガタ女が雪の蔵王の空に飛びたつ。スカシバレッドもよろよろと続く。クワガタ女が振り向いた。
「あんたは逃げたらあかんでしょ!」
アギトゴールドの頭突き。そんなものも避けられず、スカシバレッドは地面に落ちていく。数百メートルも。
ライオンの肉球がキャッチしてくれた。
がおおおおおー
ライオンの歓喜の咆哮。舞う雪が吹っ飛ぶ。鼓膜が破れそう。
「穂村、落ちつけ。自衛隊が来るぞ」
こいつは獣臭くない。なおもフローラルな香りを漂わせている。
俺の声にライオンが小首を傾げる。しぼんでいく。
スカシバレッドは3メートルほどの獣人にお姫様抱っこされる。赤いたてがみ。黒目がちな瞳。かわいくはない。ただただ怖い。
「私はいつでも冷静です。ですが、あなたを見ていると……興奮してきます」
舌なめずりをしやがった。
「ほむちゃん、もっと小さくなりましょ」
「スカシバさん、説得しなさい」
サント号に戻った虫女どもが遠巻きに飛んでいる。
「戦っていいか?」二人に言う。
「勝てるはずないでしょ」即答される。
だとしても手にソードを現す。
「だめです」
即座に爪で払いのけられる。
「まずはじっくり目で味わいます。そして
ライオン女が空を見る。口からレーザー!
「ひえええ……」
貫かれたサント号が墜落していく。
仲間に対してなんてことを……。よく分かった。やはりあのマントは感情を助長させる。あれは悪だ。あれで戦ってはいけない。当たり前のことだった。
俺は……正義の固まりである陸さんを思う。
「その姿ではいや」
シルクイエローみたいに甘くはにかむ。
「穂村利里に戻って愛して」
上目づかいに胸の前でグーを作ってみせる。
ライオン獣人が鼻血を垂らした。
「わ、分かりました。いますぐに」
獣人の体がさらにしぼむ。赤いシスター服のレオフレイムになる。さらに変身解除。水色カーディガンと薄ピンクのシャツ姿の穂村が現れる。
「きゃっ」
生身の穂村がスカシバレッドを抱えられるはずなく転がる。
「大丈夫?」
スカートがめくれて白いパンツが丸見えの穂村を抱き起こす。その首に加減してチョップする。
「きゃっ」
生身の穂村がスカシバレッドに勝てるはずなく気絶する。
『レオ、スカシバさん、どっちでもいいんで応答してください』
穂村のどこかからかアギトゴールドの声がした。
『サント号が消失してレアシルバーが卒倒しました。ほむちゃんでも許しませんで』
「彼女に意識はない。合流しましょう」
蔵王山の山中でスカシバレッドが応答する。穂村をおんぶする。
マントを使ってはいけない。トリオスと共闘してはいけない。いまさら二つの教訓を得た。