12 ネーチャーな俺
文字数 3,017文字
「だったら帰ります。転生してください」
「お世話になりましたぐらい言えよ。形だけでも岩飛を尋問しろよ。紗助君にも挨拶してあげて」
藍菜が立ちあがる。右手のひらをこめかみに当てて俺に向ける。
「これで私はスカシバレッドを呼びだすことができなくなる。モスガールジャーは力を合わせて、貴女の分を補い戦う」
「了解。お世話になりました」
スカシバレッドも敬礼を返す。
「な、なんで転生している? 本部からの刺客? 許してください」
紗助君は怯えるだけだ。
「顔色がよくなってきましたね」
スカシバレッドは精一杯の笑みを浮かべてカーテンのしまった部屋をでる。
「コ、コールドレッド……。やはり私を本部に護送するのですか?」
岩飛が涙を流す。
「まだ分かりません」
捕虜にかける言葉を知らない。穴熊パックやレイヴンレッドのことを聞いたが、何も知らないそうだ。精霊の盾を解除させられて手錠した布理冥尊を尋問できない。
「ではお達者で、ぐひひ」
玄関で転生させられて、自宅の部屋に戻る。女性に唾をかけられる状態ではバイトを探しに行けない。だから受け取ったスマホにメッセージを入れる。
『赤モスです。よろしくお願いします。すぐにでも戦いたいです』
報酬のためとは書かない。瞬時に返事が届く。
『アグルです! こちらこそよろしく! 僕は今日非番なので会いましょう! 池袋のふくろうで一時間後! 相生君の顔は知っているから心配ないよ!!!』
びっくりマークを多用する三十代男性だが、素早く対応していただいて忙しいほどだ。柚香へのメッセージは既読になっただけだった。
****
サングラスをして自転車で最寄りの駅へ。そこから池袋駅に向かう。電車内で若い女性たちが、鼻にしわを寄せて不快の原因を探っている。俺は隅で縮こまる。やはりこのままだと学校へ行けない。柚香に会えない。
『東口のロッカールーム。番号は***。暗証番号は****』
到着するなり、ショートメールが届く。指示されたロッカーにはリュックサックが入っていた。またメッセージが届く。
『なかに端末があります。そちらでの通信に切り替えるので、このスマートフォンは物理破壊してください! 一人になれる場所に移動してください! 準備完了ならば端末の電源を入れてください! 以後は第三者が触れると高圧電流が流れるから気をつけるように!!!!!』
またトイレかよ。並んだ末に個室に入る。ついでに用を足したあと、リュックサックに入っていたベンチでスマホを破壊する。けっこう大変。それから端末のスイッチを入れる。これにて仮面ネーチャーの一員。噂でしか聞けなかった彼らの戦いを間近で見られる。
『準備完了ならば右上のワープボタンを押してください。アジトに移動します!!!』
楕円で囲まれたWARPの文字。一気に気分が盛りあがる。トイレの鍵を開けてから押す。
すぐに時空に飲みこまれる。雪月花と同じタイプの瞬間移動――。
***
薄暗い部屋に送りこまれた。背後の気配に身構えて振り返る。
「相生君、仮面ネーチャーにようこそ」
さっぱりと刈りこんだ髪型の中肉中背の男に握手を求められる。
サッカー体形でかつ武道で鍛えた体。日焼けした三十代のイケメン。この人がアグルさんか。表の顔は消防庁のレスキュー隊員か。
「ところで、シルクイエローの画像、持ってないか?」
「はい?」
古いのは夢月に削除されてそのままだが、キラメキグリーンの歓迎会をささやかにモスプレイでした時の集合写真を、パソコンにつないで転送する羽目になる。慰労会のときの陸さんの画像も送っておいた。
「ありがとう。不要部分機密部分はカットして僕のスマホに移しておく。まずは備品を渡す。これがエナジー銃」
いきなり銃刀法違反を渡される。
「所有者の精神エナジーを高位エネルギーに変換して発射する。実弾ではないが精霊の盾を傷つけられる。生身相手にも殺傷能力があるので取り扱いに注意するように。そして、これがエナジーナイフ」
ぶっといアーミーナイフ……。どちらも手にすると消える。念じたら現れた。雪月花の端末と同じ要領だ。
「さすがに分かっているようだね。ならば変身も容易だろう。先ほどの端末を手に念じてみな。リュックサックは市販品だから好きに使っていい」
仮面アグルさんは人なつこい笑顔だ。俺はあらためて端末を手にする。いよいよ転生でなく変身。夢月にやらされたけど、これは正規の変身。
「決めのポーズや言葉があれば、戦いへ気分が盛りあがる」
たしかに。
俺は端末を掲げる。そして叫ぶ。
「スカシバレッド降臨!」
用法が正しいか不明だが、俺は真紅の光に包まれて正義の美女と化す。
「これで仮面ネーチャーの正式メンバーだ」
アグルさんが手を叩く。
***
「変身解除」
そのままの言葉で相生智太に戻る。
「あとは当面の資金。五十万円ほどもあればいいだろ」
現金を渡される。もらえる分には拒否しないけど。
「俺たちはボランティアではないのですか?」
「僕やガイアは家族がいる身だから、仮面ネーチャーの報酬は現金だ。いま渡したのは二人で積み立てた資金の一部だよ。返さなくていい」
ダイレクトなまでの物質的報酬を選べたのか。それは極めてありがたいけど。
「俺の報酬は性フェロモンでした。それをもらえなくなると困ります」
口にだすのが恥ずかしいが、マイナスの状態で完了されたらたまらない。
「早く言わないと駄目だよ。ネーチャーの端末で変身してしまったから、どうにもならない」
とてつもない宣告。もう柚香と見つめあえない……。
「さっそく戦いたいと書いてあったけど、僕たちは表の正義が忙しい。なので基本はスクランブルに対応するぐらいだ」
アグルさんが呆然とする俺に話しつづける。
「でも相生君が戦いたい理由。本部の奴ともめた鬱憤のせいかな? 君は説明もせずに去ったらしいけど、何があった?」
「春日が妹に擬態して笑いました。なので倒そうとしました。それよりも性フェロモンを――」
「なんだと!」
アグルさんがテーブルをバンと叩く。立ちあがる。
「脅迫のつもりか! 君は何故耐えられる? もし僕の妻や……娘に化けたりなどしたら! そいつが生身であろうとその場で叩きのめす!」
正義オブ正義の片割れが燃えだした。青い炎を思わせる怒り。
「俺は妹の確認に向かいました。無事だったし、俺に責任があるらしいので、今回は許します。それより報酬なんとかなりませんか?」
今はそれのが大事だ。理由を説明する。
「……だとすると副業だな。僕も付き合うしかないな」
サイドビジネスだと? 正義のアルバイトか?
「それは何ですか?」
「仮面ネーチャーこそ裏稼業だが、じつは僕とガイアは環境ボランティアに所属している。なんと櫛引博士が代表をしており、報酬を払ってくれる。今までは受け取りを拒否してきたから、そこそこ溜まっているだろ。お祝いに君にすべてを譲ろう」
よく分からないが、ありがたくいただきたい。アグルさんが端末で連絡をしたあとに俺を見る。
「急ぎの案件だと霞ケ浦のヘドロすくいらしい。君はバイクを運転できる?」
「たぶんできるけど無免許です」
「ならば二人乗りだ。端末の行き先でガレージを選んでくれ」
アグルさんが消える。俺もリュックサックを背負って端末を押す。
時空が歪み転送される。