23 チェイスオブボンチ
文字数 4,063文字
乗せてもらえたスカシバレッドが端末の画面をみつめる。盆地の中心地にズームされた地図がオレンジ色になっていた。現在地が中央に移動している。
「へえー。この端末は各地の天気が表示されるんだ。秩父の降水確率0%」
ピンクが言うけど、天気など帰りも含めて心配ない。ここからだと俺の住まいの最寄り駅に池袋線で一本だ。でも特急にも各停にも乗る必要なし。転生が解除されると我が家に直行。それに夢月と敵前逃亡し港区のビジネスビルに戻されて、あることに気づいた。
ベッドで寝なければ布団を靴で汚す心配はない。
ここ数日、狭い庭にクロ子と一緒に寝ている。これで戦いが終わればテントにリターン。母に一時間も怒られる恐れはない……。今日は干してきた。相生智太に戻ったときは、庭に直接寝ることになるのか、物干し竿のシュラフにくるまるのか……。
「練馬区の降水確率120%だって。あの辺りで庭キャンする人はいないから心配ないけど」
「スパロー、遊ぶのなら返してくださいね。スカシバ、説明した作戦に変更でよろしいですか?」
「もう一度お願い」
低空をゆっくり何周も捜索しても、表示される範囲も色も変わらなかった。誤作動の可能性も捨てがたいけど、全員が人に戻り範囲内を地上から捜査する。半径1キロメートル以内だから充分に徒歩で探せる。チーム編成はモスの二人と、雪月花の二人。
知らぬ間に、そう決まっていた。ピンクが俺にハイタッチを求める。
隼斗は(中二になって)背が伸びはじめたみたいだけど、スパローピンクは小柄で童顔なままだ。それでいて、あれは雪月花の一部の二人より生育されている。一部の性的嗜好の人間には拝まれそうだが、俺は性的倒錯者でないので目を逸らし、かぐや姫と巫女を見る。
ミカヅキの操作に集中した、凛とした横顔。
もう片方は緊張した横顔。俺をちらりと見て目が合う。
清楚に微笑む深雪の顔が、『まだ女かよ。いい加減それやめろ』みたいに一瞬なった……。スカシバレッドでもさすがに悩んできてしまう。
『司令官の承諾を得た。端末はモスガールジャーが持つ。雪月花は紅月のシックスセンスを頼ってほしい』
「了解しました。紅月、あそこに校庭が隣接していますよね。どちらかに着陸しましょう。……花に連絡しました。彼女は参加できないかもしれません。無理するなとのことです」
『その喋り方、考え直した方がいいと思う。我々はブルーの忙しさがもうじき一段落する。そしたら合流する。イエローからも、何かあったら召集してくれとグループSNSに返事があった。こちらは全員そろう。雪月花は離脱していい』
「ほほ、今から始まりですわ」
深雪とアメシロの回線が終わる。モスウォッチを返してもらう。
ミカヅキリムジンは小学校中庭の裏の裏に着地する。快適な乗り心地だった。
***
「何があっても彼女たちより先に紗助さんを見つける」
隼斗が強い目をするけど、転生を解除しても寝た場所に戻らないなんて芸当もできたんだ。ならば快速急行で帰ろう。夏休みだから週末ダイヤだよな。
『本機は高度1500でステルスにて待機。雪月花の動向にも注視する』
モスガールジャーは、あくまでも伊良賀紗助がいると信じて行動する。俺と雪月花には、そんな思い入れはない。そして俺は、シルクイエローの腹を裂いたマンティスグリーンがいることを望む。相生智太は昂りはじめている。
『雪月花は南東の公園を目ざしている。我々も後を追うように』
モスウォッチからは参謀の声しかしない。与那国司令官も真剣のようだ。
「……端末が反応した」
隼斗が俺に見せる。色は紫に、現在地と右下の細長い丘陵地帯がズームされていく。セミが鳴いている。人通りは少なくない。
公園へのアスファルトの坂道。車に注意しながら、二人は汗を流し登る。池が見える。
「隼斗、体は大丈夫?」
清見さんならばとっくに尋ねていたことを今さら聞く。
「ぜんぜん平気。学校に慣れたら、サッカー部に入ろうと思うんだ。十月ぐらいかな」
大きな駐車場に到着。車がやけに少ないな。こんなものなのか?
自動販売機で水分補給しながら、端末を確認。紫はさらに濃くなっていく。範囲は狭まっていく。俺でも緊張してくる。雪月花も反対側から向かっているとのこと。さすが竹生夢月。
……? でも俺にも野生の感。端末の反応と逆へと進む。隼斗は何か言いかけて、レッドに従う。
見晴らしのよさそうな丘へ登る狭い道。降りてくる車に道を譲る。セミがうるさい。
ウサミンミンとレイヴンレッドもいたらどうなる? 俺の欺瞞の魅力に囚われたままならば奴に地獄を見せられる。でも気づかれているならば、生身の俺こそ地獄を見せられる。
「本日は閉園です。五分以内に帰ってね」係員に言われる。
「どうしてですか?」と隼斗。
「ある団体が貸し切りとか。こんなこと初めてだし、封鎖するから全員すぐに帰らないとならなくて、ごめんね」
職員さんが乗った車も降りていく。狭い駐車場には一台だけ。ある団体とは布理冥尊に決まっている。ならばマンティスグリーン。
『聞いて! 雪月花が紗助君を――ターゲットを視認。同時に布理冥尊と戦闘に突入。敵は三体。……了解。我々の任務はターゲットの確保に変更。公園南端に直行してもらいたいが、あなたたちは一般人に注目されている。なので転生できない』
残った車から降りてきた三人が俺たちを見ていた。おとなの男性二人と高校生ぐらいの女の子。空色のワンピース姿で肩にかかる黒髪。眼鏡をかけた真面目そうな子。160センチぐらい。胸は程よくある。
この子が俺を見つめている。見覚えなさげだけど、この眼差しは――。
「目を見れば分かります」
欺瞞の力に囚われることなく、女の子が言う。
「あなたは夢の中で私を助けてくれた人。悪者に捕まった私を救おうとした赤い女性……。お父さん、やっぱりあれは夢じゃないよ! ほら、私が行田駅で意識をなくして保護された夜!」
父親らしき男に笑いかける。
「あ、ああ……。そんなこともあったかな」
ポロシャツにチノパンの男はあやふやな笑みを娘にかけ、俺たちにきつい目を向ける。
「始まったみたいだな。……餌を両方奪われた? 月相手とは不運だが、
もう一人の白シャツにスラックスの男も電話をしまいながら俺たちをにらむ。
『二人とも聞いて。一人が怪しい。精神エナジーをまとっているかも。なので強制転生する。残りの二人の記憶は消す』
「だめだ」俺が言う。「女の子は一度記憶を消されている。榛名山のふもとで」
彼女は林道わきの広場で、布理冥尊に丸太に縛りつけられていた女子高生。弱すぎるスカシバレッドへと救いと期待の目を向けていた人。雪月花が現れても、なおも俺へと――。
汗まみれの隼斗が俺を見上げた。
「レッド……。端末が振動した。ターゲットと接触直前の合図」
がさがさと、藪から音。若い男がアスファルトにでて膝に手をつき息をととのえる。何かから逃げてきたかのよう。
彼は顔を上げる。いつか見た無精ひげと脂っぽい髪。何日も着たかのようなシャツとパンツ。
「紗助さん……」隼斗がつぶやく。
「……隼斗。治ったのか」
裏ぶれた伊良賀にかすかに笑みがこぼれる。なのに彼は顔を背ける。
「おいおい。どさくさにオーガイエローやヴァルタン
父親が女の子をはらいのける。
「織部様。貴重なエナジー量ですから丁重に扱いましょう。その子供に匹敵する」
もう一人の男が隼斗に舌舐めずりする。その手にマントが現れる。
「この二人はモスガールジャー。与謝倉様ほどの追跡ぶりですね」
男の体が白い綿毛に覆われる。女の子が悲鳴をあげて気絶する。
男は体に力を込める。二本足で立つ巨大な羊と化す。四本の湾曲したツノ。
「感じまくるぜ。お前は、この娘よりもずっと上質な餌だ。つまりお前はレッド」
擬態した織部が俺へと笑いながら、体に力を込める。
「パパに化けて連れだしたこれは、オードブルに格下げ。メインディッシュはスカシバレッドだ」
巨大なハナカマキリが現れる。
『スカシバレッド、スパローピンク転生します。……モネログリーンも転生して!』
『無理だ! やめろ!』
俺と隼斗の上に白い渦が巻く。スカシバレッドとスパローピンクが現れる。伊良賀紗助の上にも……。
おぞましいバッタの怪物が現れる。顔だけが伊良賀紗助。
し、識別完了。
茜音の冷静を装う声。
名称 メーポポ
所属地位 親衛隊
特性
ライフ 156/156
コンディション 99%
レベル 176
ボーナスポイント 100
特記 単体時でBランクチーム上のみ対応
名称 マンティスグリーン
所属地位 本宮直属五人衆
特性 花蟷螂 嘲
ライフ 198/198
コンディション 99%
レベル 194
ボーナスポイント 150
特記 Aランクチーム上のみ対応
名称 不明
所属地位 不明
特性 ……草原
ライフ 70/70
コンディション 14%
レベル 75
ボーナスポイント 225……
『ズガジバ、ズガジバ、聞ごえている?』
俺のどこかからか、切羽詰まった柚香の声。涙声。
『人質二名を朔で確保後、五人衆ほかと交戦。169と182と194。だのに紅月が罠にかがった。……魔法がなんも効がね。私、早ぐもやられた。んだのに蘭が来でくれね。……蘭、スクランブルをロックした! 相生さ、助けにきてけれ!』
「片づけて、すぐに向かう」
スカシバレッドの手にスピネルソードが現れる。
シルクイエローも現れる。