29 予感
文字数 3,635文字
時空を越えて、自宅の庭に相生智太として寝転んだ。練馬区はまだ土砂降りだった。
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九月になってしまった。二学期が近づいている。
敵中枢五体を抹殺した歴史的勝利の秩父での戦い。その功績により、モスガールジャーはAランクチームとなった。でも雪月花は蘭さんの背任行為により無期限の活動停止になる。魔法少女たち個人には一切のお咎めがなかったのが救いだ。モスガールジャーは彼女たちの分まで忙しくなるが仕方ない。戦いは新たな局面に入ったのだから。
おそらく最終局面に。誰もが予感している。
丘の上の公園は甚大な被害を受けた。だが俺以外のモスガールジャー三名が再招集され、さらに傭兵たちや亀甲隊の活躍により、一晩のうちに修復された。なんと非番だった仮面ネーチャーもボランティアで参加してくれた。来年の春にはいつも通りのピンクの絨毯が、秩父市民の目を和ませてくれるだろう。
巻き添えになった一般人は皆無。羊が市内を逃げまわったが、そこまでは関与しない。
倒した五体はいずれもボーナスポイント付きの高レベル。戦いに参加した六名には莫大なポイントが与えられることになった。各々への分配は、雪月花の慣例に従って柚香が計算した。
内訳は以下のとおり。
深雪こそがんばった 80%
スカシバもがんばったね 9%
モスの三人もがんばった 各3%
紅月ゴキブリ追って離脱した 2%
蘭さんの監査が入らなかったためか、一部に偏り過ぎている感がある。さすがに四体分独り占めはやり過ぎと思うけど、俺は惚れた弱みでフォローにまわる立場だった。彼女にも強くなってもらわないとならないし。……あの日二人はきわめていい感じになった。夢月が乱入しなかったら目覚めた朝に――。
かと思ったら、『180未満が』みたいな目で見られるようになってしまった。もとに戻ってしまった。どうでもいいや。
それでも柚香と本物のデートができた! 上野で待ち合わせ。夢月がいた。俺のスマホを魔法でクリーニングした際に、傍受できるようにしたみたいだ。
柚香は髪を伸ばし始めた。魔法で染めていたショッキングブロンズも黒く戻した。おかっぱの出来損ない。子連れのお父さんが見惚れていた。
深雪は銀髪にするらしい。高まる期待。さらにドキドキしてしまう。
「十二単衣は邪魔だから、
かぐや姫が対抗心からか宣言する。早くもフォロアーになりそうだ。象もぱおんと喝采した。
次の共闘が待ち遠しい。うごめく期待。とてつもなき予感。美女に挟まれて歩く俺をジャイアントパンダさえ羨望した。
でも不自然な三人の関係。そんなの俺も柚香も分かっている。夢月は……どうだろう?
夜はモスに、昼は桧に拘束された夏は終わった。隼斗や夢月も二学期が始まっている。夢月は卒業後の進路指導を受けたらしい。
『智太君と同じ大学を希望したら絶対に無理って言われた。でも芸能科だったら大丈夫かもだって。柚香の学校を第二希望したら、ふざけるなって怒られた。魔法使えば東大だって受かるのに、それだと悪だよね?』
あの科は偏差値低いけど倍率は高く、水着での面接があり、なによりコネですべてが決まると噂されている。どのみち半年も先の話だ。……その頃には今と違う関係になっているかも。そんな予感もする。
ちなみに目薬は、自分の目に垂らしても効果があることが分かった。女性たちが素通りしていく。ただし効果があるのは数時間で、その間に鏡で自分を見ると欝になるので、特別の機会にしか垂らさない。まだまだサングラスを手放せない。
レジスタンスを震撼させる事件が起きた!
もつ鍋ランド支部すなわち九州地方本部の壊滅を狙った、我らが九州管轄が返り討ちにあった。それだけでなく、多くの身元がばれてしまった。国家権力により無実の罪で捕らわれたり、逃亡生活に入った。親族さえも……。
本宮より殊勲の栄誉を授かったのは、レイヴンレッドとハウンドピンクと言われる。彼女たちはより強くなり、俺たちの前に現れる。そんな気配もする。
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俺一人で司令官を見舞う。モスガールジャー隊員でまとまっていくはずだったが、丸ノ内線で窓に映る自分を見てしまい、自己嫌悪に陥り途中で引き返してしまった。今日は目薬を差さずにサングラスでうかがう。
隼斗が入院していた大学病院と比べても、なんだかすごい病院だ。お付きの人に黒服でサングラスの人が多いので、俺も目立たない。ボディチェックを三回受ける。
「お待ちしてましたよ、ぐひひ」
落窪さんが付き添っていた。
我が家の敷地面積ぐらいある絨毯敷きの2DKの病室。イスラエル製の防弾ガラスらしい。町田さんが会釈して別室に向かう。
「具合はどうですか」俺から声かける。
「見てのとおり。しかし司令官が負傷して十日過ぎてから見舞いとは、さすがはレッドだね」
包帯でぐるぐる巻きの藍菜がベッドから返答する。
一般人のすぐ隣で真昼間に繰り広げられた秩父の戦い。そこで使用された大技などの全責任を彼女が負った。
理不尽な不運から逃れるために、彼女は一人になる恐れがない豪華客船世界一周の旅に落窪さんと紗助君を連れてでかけた。しかし出発してすぐに前日の深酒がたたり、デッキから嘔吐したところ海鳥の糞で滑り、そのまま日本海に落ちた。さらに運が悪いことに某国が発射実験したミサイルが彼女の漂う海域に落下した。さらに悪いことに、飛翔データの回収をめぐる船舶同士の銃撃戦に巻き込まれた。砲弾も飛び交ったらしい。
幸いにも全治一か月で済んだが、偽名での搭乗だったし表沙汰にできず、専門学校中退女が日本海海岸でズワイガニを茹でていたら爆発したで済ます羽目になった。
「紗助君は広尾ですか?」
「……スルーかよ。彼だけにしておけないからここに入院させている。私が落ちたうえにミサイルが落下したのを目撃して、なおさら心が不安定になった。誰も彼のもとに来ないから、あとで見舞いしてあげて。家族さえも知らない」
『モネログリーンに再度逃亡されちゃいました。てへへ』の虚偽報告はばれなかったが、逃げられたペナルティも司令官は負った。更にはカスになった伊良賀紗助を、敵からも味方からも庇いつづけないとならない。
「ひとつ聞いていいですか?」
「智太君が前置きするなんて珍しいね。この部屋はクリーニングされてないのを念頭にどうぞ。落窪さんにはどいてもらう?」
「大丈夫です」リベンジグレイならば大丈夫。「紗助さんは、あなたを襲っていない。あなたがポイントを渡した。逃走のための現金も」
スパローピンクのために貯めたポイントを、カスになったモネログリーンを救うために渡した。
藍菜が俺をにらむ。
「スカシバは彼の土下座を見たものな。さすがに感づくか。
……もしモスガールジャーに呼ばれなかったら、紗助君は正義感あふれる普通の明るい大学生だった。それがあそこまで追いつめられた……。
同じ道をたどった方々のように、彼も精神病棟の奥深くに行くか、みずから命を絶ったかもしれない。それを救ってなにが悪い? 隼斗君より優先して何が悪い!」
夏目藍菜の本気の怒り……。俺でさえ圧倒されてしまう。
お体に差し障りますよと落窪さんが言う。落ちくぼんだ目で俺を見る。
「その件を知っているのはこの方と私。それと木畠様だけ。他言しないように、ぐひひ……」
茜音も知っていたのか……。たいした役者だ。ならばもう追求しない。司令官があんなに怒るのならば。俺でなく、おそらく本部へと。
「だとしても、事実をみんなに伝えるべきだった」
やはり追及してしまう。モネログリーンを悪者にした。ピンクもイエローもブルーも、なおも彼を信じているとしても。
「逃走資金、偽装パスポート、旅券。私が無理やり彼に押し込んだ。紗助君は、自分のせいにするならばと受け取った」
藍菜が見る窓の向こうに、でっかい雲が漂っている。
「まだ聞きたいことはある。たぶん聞いたけど、聞き流した」
今度はしっかり聞く。
「茜音はさらに転生するのか?」
「……それは、私も教えた覚えがあるけど。
アメシロは与那国三志郎の参謀であって用心棒。レベル0.5の戦闘力しかない彼を守る、モスガールジャーの実質的ラスボスだ。名前はレインホワイト。
だがスカシバレッドたちがその姿を見ることはない。メンバーがすべて倒されモスプレイも落ち、そこから私を守るためだけに現れる。チーム力に比例して強くなるから、現在のレベルは170」
リベンジといいレインといい、蛾に関係ないだろ。まあいいや。会うことがないのならば、知る必要ない。……でも、純白のコスチュームでただ一人絶望的な戦いを繰り広げる茜音。その姿を地に伏しながら見る。そんな予感もする。
なんだ、この不吉な野生の感は。