44 猟犬
文字数 3,639文字
「ふう」やれやれのため息をつく。
龍の際に受けた背中の熱傷は消えた。ライフ値はかなり減った感じ。赤いシスターであるレオフレイムにも傷は見当たらない。でも気絶したままなのだから、ライフもコンディションもすかすかだろう。
「ううん……」
かわいい声。夢月も気絶したままだ。
俺こそ暴走していた。夢月は俺を諭すために空に身を挺したのではない。俺を拒絶するために、俺から逃れるために夜空に舞った。強そうで弱すぎるお姫様……。
柚香がスカシバレッドの腕から離れる。俺は夢月を静かに芝の上に寝かせる。
「真っ暗だよ。……お互い様なんかではない」
柚香がレオフレイムを見おろし言う。弱そうで芯が強い柚香。
「当たり前だ。こいつは柚香と夢月を焼き殺そうとした」
また怒りが湧いてくる。だから。
「この野郎」
レオフレイムの腹を蹴りそうになる。決別の寸止めキック。俺だって暴走した。食い殺そうとした。やっぱりお互い様だ。
「とどめを刺さないの? レベルを落とすべき。智太君にできないならば私がしてもいい」
彼女の手にエナジー銃が現れる。俺が渡した奴だ。まだ持っていたんだ。
もう柚香に仲間だった人を倒してほしくない。それに、穂村は死んでレベルが落ちようと俺たちを赦すはずない。なおも戦い続ける。同じレッドだから分かる。
「やめよう」
それだけ言って考える。曇った空。凍える素肌。眠ったままの二人。これからすべきこと。
俺は柚香を見る。暗闇のなか、疲れた子猫の瞳。
「私は龍になると強い。たぶん誰も勝てない。だから、ここからは一人で戦う」
「そればかり」
柚香が笑う。暗闇の中の子猫の笑み。
「敵が怯えるほどだものね。でも智太君だけだと、いつか敵を……」
柚香は言いよどむけど、敵を喰らうなど
「レオフレイムに俺を本部に連れていかせる」
「彼女が従うはずないよ。またライオンになって智太君と戦いだす」
「だったら降伏して連行してもらう。手錠されても、俺はおそらく龍になれる」
だから柚香を呼べた。
「だったら私も行くよ。でも夢月は連れていけないかな。……変身できなくなったら急にしおらしくなったね。魔法が使えるのに、意外」
とにかくレオフレイムを起こそう。でも炎をだされたら困るから私と夢月は避難する。ここは寒いし暗いから移動させて。という柚香の案に全て従うことにした。
スカシバレッドは二人を抱えて空を飛ぶ。パーキングエリアを発見。その裏に降ろす。夢月がようやく起きる。
「下着売っているかな? ペイペイ使えるかな?」
第一声がこれならば大丈夫そう。
俺は一人でゴルフ場へ戻る。夜空を見上げる人がいたら赤い美女を発見するだろうけど、ただただ寒い。寝たい。眠れるはずない。
迷ったりして三十分ほどかけてようやく到着する。いなかったらいいななんて思っていたけど、彼女はまだいた。目を覚まして立っていた。
***
「ハウンドピンクにレオフレイムをマーキングさせておいた。彼女のライフ値も回復させた」
ハゲが言う。その手にインディゴブルーのマントが現れる。
「そして“宴の後”の結界。お前はもう龍になれない。敵を弱め味方を強める花吹雪もかけてもらう」
ハゲが藍色パンツ一丁になる。中年腹め。その横でハウンドピンクは俺を見つめている。無言のまま。手には桜の枝。
「生身の彼女たちを避難させたことを感謝します。これで心置きなく戦える」
炎をまき散らしまくったレオフレイムがいけしゃあしゃあと言う。シスターから穂村利里に戻る。手に端末。
「やっぱりトリオスの一員として戦わないとね。あなたへの憎しみがどんなに深くても、二度と暴走するものか」
赤いタキシードが唐獅子の浴衣に変わる。真スーパースター“燃える京娘”。
ハウンドピンクはスカシバレッドを見つめている。
俺の両手に姫を守るソードが現れる。
「二人は赤塚のパーキングエリアだな。あのキチガイ女が一般人を巻き込まぬように、宗像が閉鎖を交渉中だ。我々こそが正義だ」
ハゲが体に力を込める。
「降伏しろ。永遠の闇に送るなど、魔女以外に望まない」
ハゲが足と羽根が生えたシャチになる。強そうじゃないか。
だとしても関係ない。俺は龍になり、こいつらを食い殺さぬように注意しながら戦うだけ。宴の後であろうと龍になれるに決まっている。
そうだとしても教えておかないとならない。
「兄貴のために私と戦うのね?」
戦友だった女の子に聞く。
「私は夢月と柚香のために戦う。千由奈が倒れたら、私が兄貴を助けにいく。でも順番はかなり後だ」
「フレイムオブカタストロフィ!」
いきなり灼熱が襲う。この女は俺ほどに人の話を聞かず夢月ほどに独断専行――ペイペイドームクラスの炎じゃないか! 龍になる心の準備ができてない。
「ジャスティスブラッドクロス!」
面前の焰に裁きのXを叩きつける。
「ジャスティスブラッドクロス!」
明らかに無駄な抵抗。スカシバレッドは火だるまにな、らない!
憎しみの炎が去った後も立ち続ける。
「三コースは焼け野原だぞ。それでいて火傷も負わせていないじゃないか」
シャチが憤慨している。
「それこそ花吹雪のおかげだ」
ハウンドピンクが桜の枝を降っていた。無数の淡い花びら。
「私を智太さんに会わせたのは失敗だったな。この人の目を見てしまったならば、私はこの人だけを信じる。選ぶ!」
ツインテールの女子中学生がアフガンハウンドと化す。俺へと駆ける。
「桜散れ!」
***
見慣れた天井。見慣れたベッド。俺の部屋だ。でもスカシバレッドのまま。空間にホールが開く。
「追跡完了」
アフガンハウンドが俺の上に落ちてくる。
「夢月と柚香を置いてきた! なんで離脱させた!」
怒鳴ってから思いだす。この子は兄を見捨てて俺を選んだ。だとしても。
「愛知に戻る」
ピンク色の犬が人の姿に戻る。俺をじっと見る。
「宗像に連絡があった。司令官はけじめをつけることを選んだ。暴力と破壊を繰り返す智太さんこそ、許せぬ悪と決めつけた。……先ほどもはるか上空からモスプレイがスカシバレッドを狙っていた」
****
「サービスエリアのローソンでもペイペイ使えたよ」
また露骨に固有名詞を言いながら、竹生がショーツを穿くためにトイレに入る。
智太君以外の前でも、堂々と脱いでみせろよ。陸奥は心で毒づき個室前で待つ。生身で月明かりをだせる彼女から離れるわけにはいかない。
私はなんでここにいるのだろうと、陸奥は思う。男を取り返すためなどと思われているだろうか。それこそ自尊心が許せないけど……私を頼りにしてくれる夢月。私から智太君を奪った夢月。やさしくて強かった智太君。私より夢月を選んだ智太君……。なんで私はここにいるのだろう。
この二人がいなければ、私は激化する戦いで死んでいた。食われていたかもしれないけど、その恩返しのためなんて詭弁だ。ならば、この二人といるのが一番安全だから? 私はこいつらの戦いを見てきた。安全と対局に位置する存在だ。じゃあなんでだろう。いまさら分からなくていいけど……雪月花の端末が消えたのが悔しいな。あれがあれば蘭、夢月、智太君といつまでも連絡取れたのに。
「大きいのもしたよ。そっちは漏らすとヤバいもんね」
ようやく夢月がトイレからでてきた。
「ご飯食べようか。さすがに私もお腹空いた」
「うん」
一般人だらけ。私にはエナジー銃がある。つまり規格外の精神エナジーを具現化して攻撃できる。戦闘員など一撃で消滅。100前後だって連射すれば倒せる。
夢月は、サービスエリアを消滅させていいのなら200前後もだ。でもどうせ、それ以上の連中――生き残った奴らが私たちを狩りにくる。ここから先は先手をとらないとならない。私は生身の体を傷つけられたくない。
食堂前で竹生が立ち止まる。陸奥もその二人に気づく。普段着を着ているけど。
「連行します」
甘ったるい声。白いジャンバーとロングスカートのシルクイエローがいた。
「抵抗されたら、私たちは戦って死にます。次は茜音ちゃんが来ます」
陸奥は知っている。この人は嘘をつかない。何度死んでも、なおも死を恐れない。
その横でセーターにジーンズの女の子がそっぽを向いている。ピンク色の毛糸帽子をかぶったこの子の正体も分かるに決まっている。レッドリバーとトイプードルみたいな二人が猟犬。
精神エナジーの具現した存在から、生身の者が逃げられるはずない。かと言ってこの二人と戦えるはずない。
「二十三夜!」
それでも竹生は叫ぶ。その手から何も発せられなかった。……この二人にだせるはずないよ。殺せるはずないよ。