12 真夏の深夜の夢
文字数 2,878文字
スカシバフラッシュなどだせるはずない。雑魚どものはずが、現実な俺が見るとコスチュームが筋肉で破れそうな体。その手にピストルが現れるし。
これはさすがに無理。手首を強く握られて悲鳴をあげてしまう。
「蛾は自力で転生できないから怯えるな。それにテロリストは精霊の盾をまとえない。加減しないと死ぬ」
助手席から制服のツインテールの女の子が乗りだしてくる。私服に戻りながら、俺へとざまあと笑う。胡蝶蘭と同じく、俺の報酬は夜桜には効かないらしい。
「恨み多きコールドレッドの正体です。一発ぐらい殴らせたいですね」
運転手が言う。
「デコピンならば死なないかも」
戦闘員の指が眉間に近づく。弾かれて脳が揺れる……。
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「起きろ」と水をかけられる。
……漫画とかのベタな展開。裸電球に照らされた倉庫で椅子に縛られていた。そんな役回りが来る日があるとは思わなかった。
「おら」
いきなり腹にパンチ。これは効く……顎が落ちる、振りをする。男どもの笑い声。
「凪奈。個人を特定できるものは何も所有していなかった。聞きだすことを指示してください」
離れた場所からテキパキした女の子の声。凪奈とは……与謝倉凪奈、ハウンドピンク。
「しかし、あの綺麗な雌がさもない雄だったとは。二十歳前後? 不快を与える顔立ちではなかったけど、街に紛れこんだら二度と見つけられない容貌でしたな」
「花びらのマーキングが消えたらね。転生した姿だけ追跡するつもりが、とんだ掘り出し物を捕らえたな」
この大人びた声はハウンドピンク。
「コールドレッド聞こえているか?
お前を捕らえたことを、まだ本宮に伝えてない。……黒岩さんの耳に入れたくない。だから情報を速やかに教えろ。そしたら処遇は焼石と相談する。
知りたいことは、お前の素性。雪月花の正体。仮面ネーチャーの正体。それとお前たちの司令官の居場所。そして、なによりテロリスト本部の所在。
お前たちと同様に、我々布理冥尊も捕虜に
「
「当然。変身して運転で疲れたし。中二女子なのに」
ベージュのシャツにデニムの
扉が閉められる。
「へっ、まわす気も起こせぬ色気なしが偉そうに。てめえらなど、三年後でも勃たねえや」
「よせ、聞こえたらどうする。……俺は今の年でも
虚勢じみた笑い声に続いて、あごを持ちあげられる。私服の若い男が二人いた。金髪に鼻ピアスとスキンヘッドにタトゥー。どちらもタンクトップでがっしりした体。
「俺たちは
「あの二人も生身の姿。なのでテロリストは俺たちに気づきようがない。……お前からすべて聞きだせば、エリートに昇格だ」
「一気に幹部補かもしれねえぜ。頑張らねえとな」
悪そうな兄ちゃんたちが邪悪に笑う。……180センチぐらい。喧嘩慣れしているな。武器は、金属バットと銃刀法違反でゆるされないレベルの凶悪なアーミーナイフ。奥歯をしっかり抜けそうなベンチ。ガスバーナー。それぞれがむき出しのコンクリートに転がっている。でも銃はなさげ。
カチコミした時の記憶だと、戦闘員は筋骨隆々になるために、全身タイツに着替えないとならない。けっこう待たされた。……飛び道具が無いのなら助かるかも。縄さえはずせたら。
「縄をほどけ。二対一で勝負しよう」
単刀直入に頼んでみる。
「馬鹿か」と頬にパンチを受ける。「じっくり痛ぶるんだよ」
じっくりじゃなく普通に痛いぞ。金髪め。
ハゲがバーナーを手にした。いきなりそれはないだろ。
「だ、だったら椅子からはずすだけでもいいです」
かなり本気で、敬語でお願いしてみる。
「絶対にやり返さないから」
正義の味方でも窮地には嘘をつく。
「はっは。そのつもりだよ!」と椅子ごと転がされる。「まずは吊るして足の裏をあぶる」
俺の頭を踏みながら、金髪が腹に巻かれた縄をナイフで切る。二人がかりで押さえて、後ろ手に縛った縄も切る。馬鹿め。
うつ伏せのまま、頭を押さえている金髪のむき出しの喉首に手刀を入れる。決まりすぎた。金髪が喉を抑えてうずくまる。ナイフを奪う――より先に。
背筋の瞬発力。すなわちえび反りの頭突き。手応えあり。ハゲがひるんだところで、体をねじり、正面から狙いすました腹筋での頭突き。ハゲがコンクリートに転がる。俺は立ちあがる。
金髪はまだ首を押さえていた。なので後頭部を蹴る。崩れ落ちる。ハゲの頭も蹴る。動かなくなる。
それぞれの後頭部をさらに入念に蹴り、さらにさらに念のため死なない程度に首を絞めておく。
俺は喧嘩が強い。さすがに中学生で大人八人の金玉を踏み潰すのは無理だけど、高校生四人をのしたことはある。そのリーダーは俺への復讐のため格闘技の道に入り、気づいたら大晦日の生放送番組で試合をするほどになっていた。知り合いをテレビで観て感動した。そんな有名人が春先に私的にストリートファイトの再戦を申し込んできた。リスペクトして紳士的に戦おうと思ったら、途中からレフリー役のマネージャー(こいつもゴリラ体形)がバールを持って共闘しだした。なので二度と関われないぐらいに痛めつけておいた。
それくらいには強い。
俺は周囲を見回す。朱黒のコスチューム二着……。バーナーで焼く。窓は、二階ぐらいの高さだし鉄板が焼きつけてある。ハゲと金髪の頭をもう一度蹴ってから、金属バットを拾う。
深呼吸をしてドアを開けて外にでる。誰もいない。
お約束の倉庫街。夕立の水たまりがまだ残っていた。
街灯の下に黒色のワンボックスカー。運転席から女の子が降りてくる……。
「私は親衛隊。特性は“
コミケが似合いそうな、眼鏡をかけて後ろに髪を結んだ女の子が平然と歩いてくる。
こいつが押部諭湖。はったりでなければスカシバレッドより高いレベル。その手に黒いマントが現れる。
「精霊になり騒ぎを大きくしたくないですな。素直に
そういうことか……。家に帰れない。広尾にも江東区の二億ションにも逃げこめない。
カランカランと、バットを落とした音が倉庫街に吸われていく。両手をあげて降参した振りをする。女子中学生でも仕方ない。変身されるまえに手荒に扱わせてもらう。あとはひたすら立ち止まらずに逃げ続ける。
「ビキニ姿になりたくなかったので感謝しますな」
懐中電灯が俺の顔を照らす。
「リ、リ、リアルなスパダリ……」
押部諭湖が鼻血を垂らす。