２０　キバタンはもう見たくない

「隼斗君！」

　機内に司令官の悲鳴が響く。

「菜っぱ、冷静に！」

　私も落ち着け。隼斗はレベル１００を越えている。ペナルティを受けたとしても、まだまだ健康。エナジー枯渇の苦しみだって、ずっと病と闘ってきたのだから、あの子ならば耐えられる。
　とにかく下界にいる三人をレイヴンレッドから守らないと。

『シルクと合流。傷が深い。フォローし――、生身の敵が一体』
　深雪が唾を呑む音。
『この男は……』

「地上にモニター。リベンジグレイの召集準備」
　司令官が覚悟を決めた。

「了解。彼女の本日の行動可能時間は１０５秒」
「落窪さん、少ないよ……。ウラミルフで出動させるべきかな？」

　ウラミルフのが戦闘力は高く時間無制限。でも、あの姿は悪だ。

『深雪はシルクを連れて逃げろ。司令部は撤退命令をだせ！　各自敗走させろ！』

　エリーナブルーが二人と合流する。
　モニターがただ一人の敵を映しだす。
　背丈は１８５センチ。がっしりしているけど均整のとれた体格。黒づくめの服装の四十近い男。データだと整髪剤で固めたオールバックだったけど、今はツーブロック。どっちにしろ、色気ある大人の男。
　そいつは体に力を込める――。

「黒岩……」司令官から絶望が漏れる。

　モスプレイ後方から風が音をたてて舞いこんだ。唯一の弱点であるハッチ結合部が切り裂かれ、レイヴンレッドが現れる。
　妖艶な笑みを浮かべる……。

「リベンジグレイ召集！」アメシロが独断で叫ぶ。

　地上を写すモニターには巨大な黒い悪魔が映しだされていた。


　名称　　　　　　　ハデスブラック
　所属地位　　　　　親衛隊隊長
　特性　　　　　　　冥王星　玄武岩　貪
　ライフ　　　　　　４７５／４７５
　コンディション　　９９％
　レベル　　　　　　計測不能
　ボーナスポイント　４００
　特記　　　　　　　スーパームーンのみ対応


　計測不能？
　そんなものを読みあげる意味はない。全滅警報が鳴り響く。

『祓い賜へ、守り賜……』

　巨大な悪魔はシルクを抱えた深雪へと寄っていく。地上の三人は絶望の闇に閉ざされている。

「ウラミルフ、弱い太刀筋だな。鍛錬不足だ」
「くっ……」

　後部座席でレイヴンレッドがリベンジグレイを圧倒している。落窪さん、あんたが守るのは藍菜(こっち)じゃないよ……。

「上昇させる！」
　与那国司令官が操縦席に座る。
「穴の開いた機体で宇宙まで行く。嶺真も道連れだ」
「イエローたちはどうすんだよ！」
「ハウンドピンクがいるかもしれぬ。逃げたら追跡されて九州の二の舞になる。全滅しか道はない」

　ふざけんな……。でも、たしかに。
　イエローのライフ値がゼロになる。食う前に絶えたかと、悪魔の笑い声がスピーカーから響く。喰いたいのは一人だけと、深雪を見る。

　貴様と、ブルーがハデスブラックの巨体に向かう。

『ブルーやめて！　や、やめ……』

　深雪の怯え声。
　エリーナブルーの悲鳴が途絶える。
　悪魔の咀嚼音――。

「深雪逃げて！　もうあんただけ！」

　ペナルティなど私も引き受けるから。

「駄目だ！　今後は全チーム逃げたら叛逆者として扱われる。ハウンドがいる限りは駄目だ！」
　司令官が首を振る。

『……紅月が応答しない。智太君も……』

『憎き雪月花の電波はゆがめたよ』
　悪魔の声が響く。
『智太とはコールドレッドのことか？　ここまではすべて焼石の読み通りだ』

　雪月花の端末を握ったまま、深雪が悪魔に持ちあげられる。逃れようとして、爪で裂かれる。地面に叩きつけられて、また持ちあげられる。
　瀕死の獲物を弄ぶ……。

「アメシロ。後は頼む」

　リベンジグレイが切り裂かれ、消滅する。

　レイヴンレッドがこちらへと歩む。
　さみしげな顔をする。

「茜音っち、親衛隊本部はモスへの罠だった。捨ててあったんだよ。……そいつを差しだして。オウムは飛んで逃げたと伝えるから」

　ハッチからは冷たすぎる暴風。酸素などもはやないかも。精神エナジーどもの見るに耐えない競演。

「茜音っち、一蓮托生だよ。……嶺真ちゃんさあ～、私さあ～」
　司令官が操縦席から立ちあがる。
「紗助君も呼ぼうか？　そうすればファーストモスメンバー完全全滅だ。ヤマユレッドもな」
　やけくそに笑いながら端末を押す。

　アメシロの体に力が湧きだす。木畠茜音へと戻っていく。白いコスチューム。

『雪が逃げたぞ。最後にお前の読みが外れたな。私もそちらに向かう』

　レイヴンレッドの端末から悪魔の声がした。
　彼女の目に逡巡が浮かぶ。

「こちらも逃げられました。モスプレイは無人。数秒後に消滅すると思われます」
　通信端末を手から消し。
「読み通りだよ……。レインホワイトとは戦わない。貪欲な化け物が気づくまえに片をつけられないからな。――クロハネ！」

　漆黒の巨大な羽根に乗り、レイヴンレッドがハッチから消える……。

　＊＊＊

「茜音っち。降下するよ。空気がないからどんどんエナジーが減る」

　与那国司令官が操縦席に座りこむ。

「本部からメッセージが届いた。要約すると、お前らは全滅を免れて良かったな。ハウンドピンクは仮面ネーチャーとかと交戦していたので、腐れ巫女が追跡される恐れなし。
だとしても、レジスタンス中軸である関東管轄を危険に晒した行為は赦すまじ。この期に及んで誰も敵にケツを向けないように、見せしめに叛逆者に認定だとさ。
……本部と月だけ無事なら問題なし」

　あいつは二度殺される……。
　気づくとレインホワイトはアメシロに戻っていた。