24 竜虎相搏つ
文字数 4,230文字
地面を目指すクロハネへと、ヘッドライトからビームを放つ。
さっ
後ろに目があるかのように避けられる。だとしてもハウンドピンクへとは向かわせない。
猛チャージ。
燃える赤髪の女を乗せたクロハネが上空に消える。空に満月が浮かんでいる。こんな夜を果し合いに選ぶとは、布理冥尊の皮肉。
カーナビを確認する。現在地は大磯インターチェンジ付近。千由奈は林に落ちた。レイヴンレッドが向かった付近――。
野生の感! を上回る野獣。
レイヴンレッドが空から降ってきた。レッドタイガーソードを上段に構えて俺へと振り下ろす。
スカシバレッドの兜が縦に割れる。ティアラが斬撃に耐える。レイヴンレッドは宙に浮かぶ。その足もとにクロハネがやってくる。同時に俺へと向かう。
スカシバレッドはバイクで奴を轢こうとする。
交差して、奴のソードが腕をかすめる。頭部からの血がスカシバレッドの
スカシバイクを右へと旋回させる。
レイヴンレッドは、クロハネを上へと旋回させた。ジェットコースターみたいにトリッキー。上空からまた飛び降りる。スカシバレッドの背中をソードがかすめる。
血が口まで垂れてくる。俺はスカシバレッドの血を舐めて下界をめざす。と見せかけて前輪を浮かす。クロハネへと下からビームを放つ。
レイヴンレッドはクロハネを横に倒し、俺のビームをソードで弾く。
この女、やっぱり滅茶苦茶に強い。
……ハウンドのもとに誰かを向かわせるべき。俺は心に雪月花を思う。スカシバイクのハンドルを握る手に現れる。二度タップする。
スクランブルモ――
「ミンミンミンミンミン!」
夜空が揺れた。
「焼石様、こいつはまた誰かを呼ぼうとしましたよ。なので歪ませましたよ」
レイヴンレッドにはこのサポーターがいた。多彩な補助攻撃を持つセミの化け物。
「ウサミンミン、置き去りにして悪かった。追撃ならばクロハネのが速いから。――こいつの足止めをしてくれ。私は猟犬のとどめを刺す。奴は一人だと離脱できない」
クロハネが真っ暗な林へと目指す。スカシバレッドは空飛ぶバイクで追う。血が右目に入った。精神エナジーの具現も生身と同じで、頭部は大げさに出血しやがる。
ミミミミミミミミ!
耳から脳をえぐる超音波。俺は耐える。ウイングスカシバイクはクロハネを追う。差は広がる。
「おこもり半島へ
雪月花端末を二度タップする。ミミミと鳴かれる。
「無理だよ。私の五感は繊細なんだよ。拡散するには必要さ」
また超音波を放つ。鼻血が垂れてくる。
――ウサミンミンは私でも無理。
夢月が言っていた。ならば、こいつを追いかけて倒すのは俺にも無理。逃げられるだけ。ならばレイヴンレッドを追うだけ。ハウンドピンクを助けるだけ。
ウサミンミンはバイクの背後にぴったりとついている。自分を追うように誘っている。俺はアクセルを壊れるほどにまわすだけ。
と見せかけて。
スカシバレッドはハンドルから手を離す。スカシバイクは慣性で地面を目指し、俺はふわりと宙に浮く。先ほどのカラスの真似。両手にスピネルソード。
真下にウサギの耳を生やした巨大なセミ。
0.3秒の間に、セミはしくじったと思っただろう。でももう遅い。
こいつは電光石火の意味を知る。スカシバレッドは対のソードをクロスさせる。
「ファイナルアルティメットクロス!」
赤いXを羽根へと叩きこむ。
「ミミミ―!」
セミを絶叫ごと抱えこむように。更に。
「ファイナルアルティメットクロス!」
スカシバレッドの体がウサミンミンを突き抜ける。
……千由奈。お互いに本宮で救いあった人。
心に端末を呼ぶ。スカシバレッドをバイクへと転送させる。
いててて……。木の枝が腕と足に刺さりまくる。
バイクごと地面に直撃しかけたが、制御して林に停める。前輪を浮かばせて離陸する。暗黒のごとき林を見おろす。行き先など野生の勘だと思ったら、カーナビにマークあり。かぶせたヘルメットのおかげ? なんでもいい。また枝葉を体に当てながら着陸する。
「ウサミンミンを倒すとはな」
真っ暗な林の中でレイヴンレッドが睨む。
「たしかにお前もレッドだ」
その脇には、夜の林の闇よりも深く濃い闇。これぞ夜闇の結界。千由奈はその中に閉じこもっている。俺はバイクから降りる。
「深雪は結界を発生させるときにエナジーをまとめて消費する。こいつは結界を維持するためにエナジーをじわじわ消費する。精霊の力が弱まれば、じきに薄らいでいく。知っていたか? 意味が分かるか?」
レイヴンレッドの手に再びレッドタイガーソードが現れる。
「あなたも死んだ子分と同様にお喋りね。私とは気が合わない」
スカシバレッドの手にもスピネルソードが現れる。身震いするほどに心地よい緊張。
「分かっている? ここでレッドが一人倒れる。闇に堕ちた赤がね」
「面白い。ならば死力を尽くす」
レイヴンレッドが妖艶に微笑む。……偽りの笑み。ウサミンミンを倒した俺への怒りを隠せない。
決戦は始まっている。勝者だけが次なる戦いに赴けて、その陣営を勝利に導く。びんびんに感じる。
***
「アルティメットクロス!」
スカシバレッドが赤いXを飛ばす。
レイヴンレッドは読んでいたかのように向かってくる。赤いXをソードで弾き、間合いを詰める。スカシバレッドはソードをひとつ投げる。弾かれるも、もう一つを両手に持つ。喉への突きを横へはらう。
スカシバレッドの腕に籠手が現れる。
「喰らえ!」
接近戦での
「おっと」
ワタリガラスは飛んで避ける。反応しやがった。
「喰らえ! 喰らえ!」
スカシバレッドは矢を連打しながら追う。その手にソードが戻る。
「タイガークロー!」
レッドタイガーソードから飛ぶ斬撃が放たれる。
こいつは今まで直接の斬撃だけだった。でも、光を放てるに決まっている。つまり俺は読んでいた。スカシバレッドはソードをクロスさせ迎え撃――。
ワタリガラスが飛ばした三筋の赤い光はいずれも大きくて、樹間を縫ってきやがる。ひとつは正面に、残りは左右から俺を狙ってくる。
スカシバレッドは慌てて逃げる。なのに、いずれも
「くっ」スカシバレッドは悲鳴を飲み込む。
さきに有効打を決められた……。だがスカシバレッドはライフ値の塊。それに。
「甘い!」スカシバレッドはスピネルソードを上へと突く。
手応えあり。
「くっ……」レイヴンレッドが上空に逃げる。
初めて奴にソードを当てた。
夜空から赤い光が三筋飛んでくるのが見えた。スカシバレッドは正面突破する。中央の光を弾き、林の上にでる。追ってくる光に構わず、ワタリガラスに向かう。
奴が左手に持つレッドタイガーソードは赤く光ってない。タイガークローに注ぎこんだから。
光に追われながら、スカシバレッドは対のソードを構える。レイヴンレッドは正面を向いたまま空を逃げる。
「や、け、い、し!!!」
スカシバレッドは上回る速度で追う。対のソードをひろげる。
「クロハネ!」
「ファイナルアルティメットクロス!」
レッドタイガーソードをへし折りながら、レイヴンレッドの胸へと赤いXを叩きつける。同時に左右から追ってきた赤い光弾を受ける。
「ぐあ!」レイヴンレッドがカラスのような悲鳴をあげる。
「くっ」スカシバレッドはなおも悲鳴を飲み込む。
レイヴンレッドを乗せたクロハネが上空に消える。俺は林へと戻る。夜闇の結界へと戻る。
規制は解除されたらしく、車の音が静かな林に届く。
「千由奈聞こえる? ここまでは互角。でもダメージは奴のがあると思う。あなたの傷は?」
スカシバレッドは空を見ながら言う。赤い三筋の光に備える。出現したのならば繰り返すだけだ。二発浴びても一発当てる。削りあうだけ。ライフの残った奴が勝つ……。
“精神エナジーがダメージを受けただけだろ。赤子のようにわめくな”
ワタリガラスは孤島での戦いでスカシバレッドを嘲笑った。奴との戦いで二度と悲鳴を上げるものか。
「よくはない。ホットレッドも結界に入るか?」
「いいえ。スカシバレッドと呼んでくださる?」
くださるだと? しまった。こんな言い回しをスカシバレッドはしない……!
「たあ!」
振り向くなりソードを乱雑に交差させる。
「くそっ」
右手を深く斬られたレイヴンレッドが林の闇に逃れる。
奴のソードは即座に復活しやがった。スカシバレッドは腹を貫かれても悲鳴を漏らさない。樹木を背に構えなおす。斬られたら斬り返す。とはいっても木に寄りかかってしまう。止血できない。
「ハウンドは離脱するべき」
守りきれない。一対一の勝負なら助けを呼びたくない。意地だか矜持だかって奴だ。
「ふざけるな」
夜闇が消えてハウンドピンクが現れる。
「兜は脱いだら消えた。バイクに転送されたのだろ。だいじなヘルメットならば戦いに使うな……春風の治癒! 春風の治癒!」
俺へと枝を振るう。傷が癒されるのを感じる。
「まだ戦ってもらわないとならない。
私だけ参加しようがポイントは四人で分ける。そう決めてきた。私は最後まで残る。私が逃げたら、湖佳は100に戻れない。桧は強くなれない」
千由奈は青白い顔で強がっている。背中に傷を受けて林に落下したのに、弱音を吐かない。さらには力を譲ってくれた……。
気配が近づく。俺は盾になるべくハウンドピンクへと歩む。スカシバレッドを強めるために、レイヴンレッドを弱めるために、彼女は桜の花びらを散らす。
「素晴らしい心がけだ」
レイヴンレッドは林を歩いて再登場した。右腕を押さえている。
「死力を尽くすと伝えたよな。その言葉通りにしよう。――私に精霊はない。この姿で戦い切る。その誓いをいまここで捨てる」
桜散る闇の中、妖艶に笑う。
「宴の後!」
「無駄だ」
レイヴンレッドが体に力を込める。その体が巨大化していき……、さらにさらに巨大化していき、まわりの樹木をなぎ倒していく。
顔は樹冠を越えた。全長15メートルぐらいの二本足で立つ巨大な虎が現れる。黒い毛並みに紅い縞模様。
その爪ひとつひとつが、巨大な赤いソード。