36 新世代にして最終世代
文字数 2,568文字
夜景が綺麗すぎる。いつか三人でもう少し低い空をゆっくり飛びたい。そんな日は絶対に来ない。そんな予感は俺が作っているだけであって、柚香も夢月も黙ったままだ。
***
「柚香! じゃね深雪! しったげ大人になっているし。めんこいじゃね、きれいだ」
集合場所である大宮駅近くのマンションの屋上で、金色の鎧に包まれた男が騒ぐ。仮面に輪郭を隠されていてもイケメンだと分かる。この人が二十二歳のきりたんぽ職人の野原宏。関東以北で戦い抜いた、十八人の正義の味方からなる星空義侠団のリーダー。特性は天馬と剣闘士。コードネームはセイントアロー。
「恥ずかしいからやめて。方言で話しかけないで」
深雪である柚香はマジで怒っているけど、初見で分かる。この人はいい人だ。おのれの容姿を気にしない、純朴で秘めた闘志が伝わる。レベルなど関係なく、俺も配下に加わりたいほどのオーラ。
「たんまに帰ってぎでも、なんで俺らに顔ださねぁの?」
でも深雪しか見ていない。
エリーナブルーは眠ったままだ。岩飛がビキニ姿で抱いている。眼下のつぶれたボーリング場は、一般人の目を欺ける程度の弱小な結界に包まれている。
「スカシバさん久しぶりです。やっぱり相生さんと同じぐらい素敵ですね」
身震いする声が背後から聞こえた。レオフレイムがサント号に乗っていた。両脇のアギトゴールドとレアシルバーは穴が開くほどに俺をにらんでいる。
「皆様遠路はるばるありがとうございます!」
キラメキグリーンが上空からびゅんと飛んでくる。
「これはモスからの支給品です。今晩の作戦指令室はモスプレイになります」
みんなへとモスウォッチを配る。コノハに乗ったスパローピンクとハウンドピンクもやってきた。タンポポの綿毛みたいにパラシュートも二つ降りてくる。
「楽しかったですな」
「パックは飛べるからね。私は目をつぶっちゃったよ」
アナグマ状態の穴熊パックとHA16である桧がふわりと着地する。
この作戦に参加するメンバーがそろった。
紅月とトリオス、それにセイントアローとハウンドピンクの合計六人は、彩りランド本部屋上で魔女の到来に備える。現れたならば最終決戦が始まる。
俺が復帰したモスガールジャーの六人がアジトに突入して戦う。花鳥風樹の残り三人も、エリーナブルーに寄り添いながら同行する。
そのエリーナブルーはまだ起こさない。ピンクとイエローとグリーンは先行して敵アジトを監視する。
『トリオスと田舎者は不要なのに、本部が私の作戦に気づきやがって送りこんだ』
藍菜が言っていた。
『関東管轄の主力は私の掌中だと感づきやがったな』
俺は一兵卒だ。不平も不満も不安もあるけど、与那国司令官である夏目藍菜だけがトップだ。そいつの指示に従うだけだ。
「やっぱり男性の姿のがいいかな」
白巫女姿の柚香がやってくる。
「私には彼氏がいますと、はっきり言ってやれるのに。へへへ」
俺はスカシバレッドで戦い続ける。口にはださない。
金色の剣闘士はすでに戦いの目になっていた。俺たちなど見ていない。
かぐや姫もハンターの眼差しで大宮の空だけを見ている。
「現れるかな」
レオフレイムがかぐや姫に尋ねる。
「あの女、とてつもなく強いよ。稲葉さんのかたきなど討てないくらいに」
彼女は紅月を頼っている。それくらい紅月は強くなった。
「三人一緒ならばできるよ」
かぐや姫は空を見たまま言う。
「でも今夜は現れない。臆病カラスも来ない」
三人に俺も含まれている。そうに決まっている。
エリーナブルーが寝返りをうつ。
『作戦開始まで五分。各自体勢を整えるように』
アメシロの声がそれぞれのモスウォッチから聞こえた。
「お兄ちゃん!」
青色が基調のメイド姿のHA16がやってきた。
「なんで私を無視しているの! 本当の最初の戦いなんだから声をかけなさい! それと、私のコードネームはお兄ちゃんが決めるのでしょ? はやく名付けなさい!」
そんな約束をしていたな。でも……。
紅月がいるところで目立ってはダメだよ。月をかたどったピアスもペンダントも見られちゃやばいだろ? それに……メイド姿の桧は誰よりもかわいいよ。青白いブリムも、エプロンドレスもよく似合う。お兄ちゃんのくせに見惚れちゃうぐらいに――。なのに、ここからはお兄ちゃんは桧を守れないんだよ。怪我ひとつしないように戦ってもらいたい。……お兄ちゃんはもう桧を一番に守れない。
「あなたの容姿に私は衝撃を受けました」
スカシバレッドは余計な言葉を口にしない。
「なので、あなたの名前はショッキングファイヤーウッドです!」
「はあ?」アナグマが呆れ顔を向けてきた。「今夜はHA16のままでいい?」
「ううん。お兄ちゃんが決めてくれたから」
HA16が辛そうに答える。
「ローリエブルー」
ハウンドピンクがぽつり言う。
「月桂樹から作る
「素敵。それにしましょう」
スカシバレッドにこだわりはない。
「うん……」メイド姿の桧が躊躇した後に。「私にはもったいないぐらいだね」
そう微笑む。ひさしぶりに俺に向けられた妹の笑み。
『残り二分。練馬の兄妹は無駄話をやめろ』
そうだった。何よりも清見さん。誰もが戦闘モードに入る。
『こちらシルクイエロー。敵本部正面に異常は見当たりません』
『こちらキラメキグリーン。裏口からの出入りもなし。中にいるのは変わらず三十三体』
『こちらスパローピンク。屋上も変化なし。ハウンドちゃん、がんばろうね』
『敵にレベル100以上が三体しかいないからってたるむな』
『いやいや、これくらいがいい。今回の目的はひとつだけだ』
与那国司令官が言うとおり、目的はひとつだけ。
俺は南極トビーに顔を向ける。彼女が頷き、体に力を込める。巨大なイワトビペンギンが現れる。エリーナブルーを抱える。
『3,2,1,0』
南極トビーが深雪の祓いを受けながら古巣へと飛び降りる。俺と深雪も続く。
「なんだ、やっぱり飛べた」
「でしょ」
ローリエブルーと穴熊パックも横に並ぶ。