24 日輪に照らされる
文字数 2,848文字
――さきほど私も試練を受けました。灼熱にあぶられようと眼だけはふさがずにいたので、あなたに会えました
誰だろう。年老いて落ち着きあるこの声に……力がみなぎる。
――偽りの月はあなたの目前で消滅する。それも導きかもしれません。あなたはあなたの力でおのれを守りなさい。裏切り者である欺瞞の海獣を倒せば、あなたは弱った私のもとへ導かれる
力があふれそうだけど……夢月さんが殺される? それを見守れだと? この声のもとに向かえだと?
岩飛さんが私の感情に気づいた。這うように後ずさる。
――怒りを向ける先は私でありません。龍は惑星に取りこまれてあなたを捨てた。あなたを守るべきものではなくなった。偽りの月がいる限りは
その声に、ローリエブルーである相生桧はただただ思う。お兄ちゃんは、あの女がいなくなれば戻ってくるの? ……あの人を呪えだと? 悪のくせに天使みたいなあの人を?
「ふざけんな!」
ローリエブルーが立ちあがる。レベル235の特殊攻撃をはじき飛ばす。手に青龍偃月刀が三たび現れる。
「夢月さん! 私が夢月さんを守ってあげる! だから、お兄ちゃんをあきらめなさい! 私に返しなさい!」
そうだった。恥ずかしくて隠していて、何度も奪われかけた。私はお兄ちゃんが大好きだった。兄として。異性としても。
悔し涙の夢月さんが私を一瞥した。真なる月の精霊が身震いしてしまう。その眼差しになおも籠るは、滅びの光。
だとしても、この人とは争わない。まだ。
「何人も我がハーレムの中で――」
「オットセイは黙れ! お前たちのせいで、私とお兄ちゃんはぐちゃぐちゃになった。……お前ら全員のせいだ!」
――私の後継者よ、素晴らしい感情です。月は陽の光を浴びて輝くのです
「魔女だな! 私はあなたを倒す存在だ! 兄をみんなを苦しめたな。あなたこそ悪だ!」
みんなのせいで私と兄は遠ざかった。でも、おかげで新たな関係が始まるかも。戦いが終わり二人きりになったら……。そんな頼りない予感はあてにしない! いまはただ、目の前の悪を倒す!
「テロリストの親玉! 消え去れ!」
ローリエブルーが矛を振るう。消え去るものへの――完全に消滅する精神エナジーへの哀れみを込めた青白い光。オットセイの化け物が分断される。悲鳴も残せずに消滅する。
――諏訪の精霊の力を断ち切りましたね。ただの人間として回復するのに一年はかかりましょう。罰せられる存在にふさわしい報いでした。そして、あなたは隠していた感情を実現するため、私のもとに現れる。……パックはさきに来なさい
――大司祭長様。ずっとお待ちしていました
「湖佳、行っちゃダメ!」
ローリエブルーは見えない仲間へと叫ぶ。返事はない。
がらんどうになったダイニング。玄関まで貫通している。
「こんな気がしていた」
黒ビキニの岩飛さんが夢月さんを抱えていた。
「みんな傷つき去っていく。私だけが無傷」
「なに言っているの? 私はいる――」
エナジーを使い果たしたローリエブルーの体が霞んでいく。強い力に抗えずにどこかへ運ばれる。
「……トビーちゃん、私はいるよ。智太君も」
疲れ果てた竹生夢月が微笑み、目を閉じる。
サイレンの音。岩飛は心に花鳥風樹を思う。端末が現れる。
年下の子たちとのわずかな時間の生活。後悔しまくりの人生に、与えてもらえた安らぎ。だけど最後に残った者の役割。部屋の自爆装置のボタンを押す。自分に持ち物なんてない。ラッコのぬいぐるみだけ取りにいく。
「清め賜へ」
黒い神子が神楽鈴と祓いの御幣を両手に現れる。
「
桁違いの呪符を唱えかけて、よろめきながら白い深雪に戻る。フロアに座りこむ。
「あと九十秒しかないっすよ」
岩飛が強い目で見下ろす。
「行きますよ。結界をお願いします」
****
「まさか諸々がマントを用いたペナルティで、露天風呂でニホンザルの縄張り争いに巻き込まれるとは思わなかった。幸いにもアメシロ君はさきにあがっていて、全裸だった私も全治一週間だろうがな。夏目藍菜に戻ったら入院だ。ははは」
シートに寝転がっていたスカシバレッドは、与那国司令官の豪快な笑い声に起こされる。モスプレイの中には俺と司令官、アメシロしかいない。シルクもすでに離脱している。
星空義侠団を東海チームに引き渡してすべてが終わった。本部の人間は来なかった。そんな話は聞いていないと、東海チームのリーダーが言った。アメコミをモチーフにした彼らは、温泉に浸かってから戻るらしい。
「寝たままでいいから聞いてくれ。まずは良い話をしよう。
お待ちかねのポイント分配だ。スカシバレッドの当初レベルは188。そこから配分すると、すべての戦いに参加した貴女はプラス14でレベル202だ。
魔女との戦いは君と深雪君しか参戦していなかった。なのでポイントはトリオスと二人で分けた。当然だが我々が八割の取り分。ゆえに彼女も規格外になった。
キラメキ君も参加した戦いが多かったので、100を超えた」
「私のレベルは150未満だった」
「言いづらいけど、原理を授かったから三割ほどアップしたみたい」
アメシロが司令官の肩から告げる。どんどんと現実味が増していくけど、あっという間に化け物に戻れた。……レベルなんか関係ないうえに化け物。そんな奴らしか残っていないとしても。
「よくない話も教えないとならない。ハウンドピンクが本部直属になった。それに反抗して、花鳥風樹とスーパームーンが本部二名を倒した。
本部に従ったハウンド以外の四名が抹殺対象となった。残存チームすべてに彼女たちを狩る任務が与えられた。我々モスガールジャーにもだ。断るならばお前たちも抹殺すると、特別なお言葉を頂戴した」
そんな予感はしていなかった。でも最後の戦いが始まる。ようやく終わりが近づいた。
「現時点では誰とも連絡が取れない。文京区のマンションは破壊されて警察が捜査中。怪我人はいないけど、紅色の光の目撃情報があるみたい」
アメシロが言う。
スマホがないと桧と連絡とれない。俺は心に雪月花を思う。……スクランブルモード。気づかずに寝ていた。夢月に連絡する。
『これ触ると消えちゃうんすよね? ……
岩飛がでてくれた。
「柚香が一緒です。岩飛もいます」
与那国司令官に言った後に。
「全員を守るから合流しよう」
端末に告げて切る。また目を閉じる。
死んだならば永遠の闇に閉ざされる。だとしても、なにより桧。大事なのは夢月だけじゃない。そのために夢月に頼れ、すがれ。
戦いから逃れられないならば、ラストスパートと思い込め。全力を振り絞り、本当の正義を貫くだけ……。いまは東京に戻るまで狭いシートに横になり、足をひとつ落として眠るだけだ。この子にはだらしない姿だろうと。
前半完
第五部後半へ続く