02 強者とのサシ勝負は避けるべき
文字数 3,497文字
つまりモスガールジャーだけでも倒せます』
布理冥尊を裏切った蒼柳からの情報に基づいた作戦。本部はさすがに俺も参加させた。さらには蒼柳に内緒で夢月も……。残存の力が情報以上であれば、蒼柳には騙す意図がある。
「私が支部長の
中年男性が両手を上げる。
「標準語で話せ」
白く戻った深雪が神楽鈴を根古田の鼻先に当てる。
「誰もいなかった」
スパローピンクが奥から戻ってくる。シルクイエローとキラメキグリーンの三名でアジト内をくまなく探し終えた。
「この後、上空からの照射でこの施設は消滅する。巻き添えがあったとしても貴様らのせいだからな」
深雪はそう言うと、捕虜たちに背を向けて離れる。小さく息をつく。前線を仕切るのは大変だろうけど、スカシバレッドはオブサーバーだ。意見を求められるまでは口出ししない。
紅月は破壊された屋根の上で待機している。敵援軍が来るのを待ちかまえている。
スカシバレッドは押収したマント四枚を畳む。……一枚は湖佳に、もう一枚は岩飛にいつか渡す。その時期は、桧の判断に従う。
『本部から指令。現在収容施設は満室に近い。なので根古田だけ連行。それ以外はその場で処刑』
モスウォッチからアメシロが小声で言う。
深雪が俺を見た。まじかよ、すがる眼差し。俺に手を下せだと……。
捕虜は根古田が四十過ぎで、カジュアルだけど年齢相応にまともな服装。ほかの親衛隊員は二十代後半から三十代男性で、地方都市の不良スタイル。顔のピアスが合わせて十個がいるし、顔に刺青もいるし、靴のかかと踏んでいるし……。こいつらを俺の家に匿えるはずがない。
かといって、もはやホットレッドが降伏した捕虜を倒せるはずない。
「お、お前ら精霊の盾を解除しろ」
俺と深雪の動揺に、根古田が気づく。
「これでこいつらは生身だ。傷つけられるか?」
根古田が笑う。その背後で一般人に戻った布理冥尊たちが邪悪に笑う。
「……仕方ない。司令部に告ぐ。生身が三体残る。モスキャノンの照射は中止するように」
黒神子になった深雪が三人を凍らせる。一人の首筋に唇を当てる。
凍っていない根古田は息を飲んでいる。
「彼女は体内から精神エナジーを吸いとる。精霊の盾をまとって死んだと同じだけど、生身の体はここに晒される」
スカシバレッドが説明する。
「……コールドレッド、俺と勝負しろ」
根古田の怒りの声。
「勝てると思うの?」俺は言うけど。
「すべての部下をやられて、俺だけ生き延びられないだぎゃー。マントを返すだぎゃー。万が一勝てたとしても、ここで巫女に首をさらすぎゃ」
こいつは嘘を言っていない。布理冥尊にもたまにまともな奴がいる。
深雪は二人目に取り掛かる。モスの三人は見ているだけ。
「あなたは原理主義?」
「ちがうだぎゃ。特性は“眠り猫”と“三猿”だぎゃー」
日光チックな特性が、なぜに愛知に?
「わかった。勝負しましょう」
スカシバレッドはマントをひとつ渡す。
「コールドレッド、感謝するだぎゃ」
根古田がマントを体に覆う。三毛猫ぽい毛並みが現れる。その体に力を込める。
2メートルほどの猫っぽい猿になる。
「三猿の特性を持つ俺には、特殊攻撃は効かざる。そして眠り猫の特性を喰らえ!」
ネンネコザルX3が口から念波を放つ。これは催眠光線?
スピネルソード。スカシバレッドは余裕で跳ねかえす。次の瞬間には異形の胸もとに飛びこむ。
「ファイナルアルティメットクロス!」
猿っぽい猫へとふたつのソードをクロスさせる。続けざまに。
「ファイナルアルティメットクロス!」
「ふぎゃああああ!」
レベル上位者の最強攻撃を受けて、ネンネコザルX3が消滅する。
深雪も三人目のエナジーを吸い終わる。
***
「これでコノハをまた呼べるかな」
スパローピンクがにっこり笑う。
「報酬はたっぷりストックしますよ。……エリーナが目覚めるまでは」
シルクイエローがやさしく悲しそうに俺へと微笑む――。
ファン投票で独走一位が分かった気がした。中身が陸さんでなければ、甘い垂れ目であろうと戦いの中で惚れていったかも。顔面偏差値が上位でも戦地ではえげつない二人よりも。
「我々はモスプレイに帰還します。スカシバレッドまた会える日を心待ちします」
キラメキグリーンが直立不動で敬礼する。ピンクを抱えるなり、屋根を突き破り飛んでいく。
「ごめんね。私は深雪になってもパワーがあまり増えないんだ」
深雪がグリーンの開けた穴からふわっと夜空へ飛んでいく……。つまり俺かよ。グリーンと別れの挨拶を交わしたばかりなのに。
スカシバレッドはシルクイエローとスイカを二つ抱えてモスプレイを目指す。陸さん相手に貞操シールドを発動させるはずないので、イエローは柔らかいまま。
「私も行こ。ミカヅキ!」
紅月がスカシバレッドを置いて飛んでいく……。
***
「バイクを忘れるところだった。初夜!」
紅月が機内で朔を解除する。スカシバイクまで運びやがった。逃げる口実がなくなった。
「抵抗されたから端から倒した。本部も納得するしかないな。ははは」
与那国司令官が豪快に笑う。
病室で本部をぶっ倒すと誓った件。『もうちょっと
「蒼柳って奴の情報もガセではなかったし。信じやしないけど」
アメシロがその肩で言う。まったくその通りだ。
「エリーナの見舞いはまだ無理?」
深雪がオウムに尋ねる。
「親に説明しづらいよね」と、芸当みたいに首を横に振られる。
「何とかならないの? ……紅月、私も一緒に訓練したい」
「私はスーパームーン! 来たきゃ来ればいい。ミカヅキには乗せない」
……紅月の深雪への態度。機内のぎくしゃくした空気。ついこの間まで『柚香かわいい、柚香頭いい、柚香いい匂い』と抱きついていたのに。
根は単純だからきっかけがあれば仲直りする。蘭さんからはアドバイスをもらっているけど。
「ミカヅキ!」
かぐや姫がモスプレイの中にエアサーフボードを出現させる。
「じじい、ハッチを開けろ! スカ乗って!」
「……お疲れさまでした」
俺はみなに小さく頭を下げる。
相生智太が交わした約束を果たすために、スカシバレッドはミカヅキに乗る。
あの無人島で二人きりの模擬戦をするために。
「飛ばすよ!」
俺は紅月にしがみつく。東海の夜景が後方に飛んでいく。貞操シールドが発動しないのは、それどころでないからだ。
***
再びの音速体験。スカシバレッドはふらふらしながら礫岩のビーチに降りる。
星が空にびっしり。辺りは真っ暗闇でも視界良好。低い草に覆われた岩山から、鳥たちが非難の声をあげている。
「ご免つかまつる!」
やる気に満ちた女剣士が早々に現れる。凛とした眼差し。その手にはルビーソード。俺へと上段の構え。
夢月は西新宿の病院屋上にて、剣による戦いでレイヴンレッドに完敗した。一太刀も浴びせられず、斬られまくり刺されまくった。溢れるほどのライフ値と守備力と、一秒間にライフが1回復する反則の力がなければ、消滅していただろう。あらためて思いだすと、コスチュームは斬られるなり復活していたような……。
なので赤いカラス同様にソードをメインに戦うスカシバレッドに、実戦練習をご指名してきた。本来ならば言い訳を百並べて断る。でも、蒲田の歓楽街のホテルにご一緒してもらったので、約束は守らないとならない。
「絶対に月明かりをださない。私が降参したら深追いしない。あなたが勝っても、私に相生智太の姿で戦えと言わない。それだけは守りなさい」
スカシバレッドは五回目の念押しをする。彼女相手にはまだ足りないかも。とにかく月明かりが心配。接近している際に十三夜をだされたら、回避できずに一撃で消滅する……。いまのレベルの俺ならば、二発は耐えられるかも。試さないけど。
「うん。尋常に勝負だ!」
かわいい声で叫んでくる。鉢巻きから垂れる髪が女性らしい。
「あなたを三回斬りつけたら、私の勝ち。それでいいよね?」
さもないと永遠に勝負がつかない。
「絶対に絶対に絶対に、月明かりはださない」
それさえ無ければ生き延びられる。
「行くわよ!」
スカシバレッドの手に対のソードが現れる。同時に紅月に飛び込む。