24 後腐れそうな後始末
文字数 2,492文字
「特別のコネがある。詮索せずに受けいれてくれる」
アグルさんがさわやかに言う。
「家族への連絡は夏目にやらせろ。入院費の支払いもな」
ガイアさんは岩飛を連行して表稼業に戻った。適当な軽犯罪を押しつけて、留置場にいれるそうだ。さすが国家権力。かつらと眼鏡も用意してあった。
本宮の場所を押部諭湖のために知る必要があるけど、俺に尋問は……無理だろうな。
清見さんは一般の病室に移された。ICUにしろと詰め寄ったら、アグルさんが指示したらしい。目立てないかららしい。清見さんは苦悶の表情で意識を戻さない。医者が来た。
詳細はご家族に伝えるが命に別状はなさそうです。ちゃんとした検査は受けるべきでしょうねだと。
『月は登校した』『雪はまだ寝ている』『連絡を返せないならば端末を返せ』
蘭さんからのメッセージが溜まっていた。たしかにこれでは藍菜クラスにいい加減な人間に見られる。しかし夢月を離れさせるなよ。彼女は高校中退でもいいだろ……。
俺の思考は自己都合オンリーに化している。ざけんなよ俺。
「お店は今日明日休みと連絡が来ました。なので私はここで看護を続けます」
芹澤が背筋を伸ばして告げる。
「俺はアグルさんと話したら花と合流する。芹澤は清見さんに添い寝してあげて。看護師が去ったらまたベッドにもぐりこむ要領で」
「はい! お教えいただけますか? モスは今後どうなるのでしょうか?」
「俺も分からない。……正義を貫くだけ」
「さすがです! ここは任せてください!」
ちょっと格好をつけてしまった。病室を出る。
雪以外のレベルが大幅に低下するモスガールジャーは、Aランクを維持できないだろう。生き延びている化け物同士の戦いに参加できるはずない。それでも彼らは正義を貫くだろう。おのれが信じる本当の正義を。
***
「本部から公式メッセージが届いた」
病院に隣接したカフェでアグルさんが言う。
「春日の件は事故らしい。なので月にお咎めなし。すべての責任は、雪を匿った赤い蛾にある。なのでペナルティを処す。仮面ネーチャーの報酬は現金だから、懲罰も現金。三千万円だそうだ」
「ふざけんなよ……」
静かな店内がもどかしい。怒鳴り飛ばしたい。
アグルさんが笑う。
「本部は金に困っていない。
そんなことができるのか。冗談か分からないけど、志願するだけしてみるか。
「冗談を本気にしてないだろうな。――雪の件は、花の耳に入る前に処理したかったみたいだ。なんで君の母屋を襲うなどと暴挙にでた。でも花も僕たちも知った。おそらく雪の叛逆者認定は解かれる。何かしらのペナルティは与えられるだろうけどね」
安堵しかけるけど正式に決まったわけじゃない。
「話題を変えるよ。傭兵を奪還した君のおかげで、九州が壊滅した原因が明らかになった。
ハウンドピンクの
あの時、傭兵が血を吐きながら教えてくれた。諭湖がアフガンハウンドの鼻を噛まなければ、俺は自宅に戻されていた。そして追跡された。諭湖よりはるかに極悪な連中に桧も晒された。
「もう一つ。僕たちが本部へ離脱したあとに、月はトリオスの機体を破壊したな。……本部も看破できぬゆえ、月と赤い蛾はトリオスに謝罪すること。文面でいいらしい」
アグルさんは呆れを通り越しているけど、俺もか? というより、それだけの処分? トリオスが納得するはずない……。レオフレイムの眼差しと手つきとともに、冷や汗が凍るほどに重要な案件を思いだした。
「つ、月の本名を傭兵が言ってしまったそうです!」
「立ちあがるなよ。その件は、吐いた本人が真っ先に本部へ伝えている。でも、あの団体は親族に手をださないじゃないかな。月を怒らせるメリットがない。あれの性格は向こうさんも知っている。母親を人質にするのさえリスクはある」
十五夜。空を覆った紅色の光。放射能はないにしろ、
「だとしたら何のためですか? 真っ先に聞かれたと言っていました」
「あの女の言葉を君も聞いているよな。おそらく月を悪に引きこむため」
百夜目鬼大司祭長のこと――白い光に包まれた魔女。夢月を待っていると言った。目が覚めるのを……。
夢月は怯えていた。
「夢月が裏切るはずない」
「前例がある」
即答される。ヤマユレッドであったレイヴンレッド。
正義の味方を名乗ろうが、周りに聖人君子なんて一人もいない。
キツイ小説を書くいい加減な藍菜、ふんぞり返ってほくそ笑む蘭さん。『いいね』でなんでも済ます隼斗。かわいいし真面目なのに強きに弱く弱きに強い柚香、その失態を喜ぶ茜音。この状況で言いたくないけど『私は忙しい』で押しつける清見さん。女装した陸さんの容姿……。
一般人のがまともがいるかもしれない。でも共通するのは、悪を倒し正義を守る心。夢月からも、その心を感じる。悪を微塵も赦せないほどの圧倒的な正義を。
「俺が裏切らせません。花も雪も行かせるはずない」
俺の言葉にアグルさんが頷く。
「さてと。僕は午後から当番だから、そろそろ帰らせてもらう。青い蛾はいずれ回復するから気を病むな。それより例の件を深川に説明することを忘れないように。
君の戦いはスピーディで素晴らしかった。でも、龍って感じではなかったな。レベルは違うにしろ本当の女たちに圧倒されていた。
モスの件も心配しなくていい。夏目はやられたままの女じゃない。あの女は病室で悪だくみをする。正義の悪だくみをな」
どういう評価か分からないけど、ならば早めに理不尽な事故に遭ってもらうべきなのか。
アグルさんがレシートを持ち去っていく。
俺はトイレに入る。蘭さんの了承を得て、新しい雪月花の端末で江東区のマンションに転送する。いくらでも飛び回ってやる。