16 赤い二人だけのアイランド
文字数 2,844文字
紅月がスカシバレッドをにらみながら言う。
「昨日パスタ食べたモールの屋上でしよ。並んで飛ぶと目立つから、ミカヅキ!」
彼女の足もとにミカヅキが現れる。
俺もにらみながらそれに乗る。スピネルソードを消す。
「拾うの面倒だから落ちないでね! 月の引力!」
ミカヅキは屋内に倒された壁を抜け、法定外速度で朝空を飛ぶ。立ってバランスを取るかぐや姫に、スカシバレッドは必死にしがみつく。……戸締まり不要と言うからには、壁の穴も許容だろう。
***
冷静に考えれば、夏休みピークのショッピングモールの屋上駐車場で果し合いをすべきでないよな。開店前だとしても。大田区東端だとしても。
「人のいない場所にしよう」
「うん。雪月花の秘密の特訓場所にする」
ミカヅキが左に90度向きを変える。海原へとでる。魔法の風防があるから風は気にならない。東京湾が朝日に輝いている……。
さらに冷静になれば、背筋が凍えるほどに気づく。昨日のスケール感さえ分からぬ怪物は、エアサーフィンするかぐや姫から尻尾を巻いて逃げた。つまり、ハデスブラックと果たし合いをするほうが、まだ勝てる可能性がある。いや絶対に勝てない。つまり、こいつにも。
スカシバレッドの写真は、司令官がデータを残してあるはずだ(ポーズがよいから加工して云々と言っていた)。柚香の写真は残念だけど、蘭さんが彼女を好きにしていいみたいに言っていた。柚香どころか巫女も黒神子も撮り放題だ。しかも、あんなポーズやこんなポーズで……。
ならば悲しむ必要はない。命を大事にしないと。
「やっぱり果たし合いは」
俺の声は風に流される。彼女の腰から手を離し、飛んで逃げるべきかも。
とかしていると海原にでて、ミカヅキは音速にギアを上げる。羽田を発ったジェット機を追い越したから、あれより随分早いのだろう。瞬時に通りすぎたのは大島だよな? ここから海上を飛んで帰るのは、スカシバレッドでも疲れて遭難する。
ミカヅキが速度を緩める。前方にいくつか島が見えた。かぐや姫は緑の山のような島を目指す。
***
「ここは伊豆七島の、なんとか島っていう無人島。じゃあ、始めよう」
そびえ立つ岩山だけでできた、狭くて傾斜のきつい浜。とても裸足で歩けない礫岩のビーチ。転ばされただけで全身を裂傷しそうだ。
某国の極秘施設がありそうな、都心に近いこの世の果てだけど、海鳥が賑やかだ。赤い二人を観察しながら飛んでいる。糞を落とすし。
「せいや!」
紅月の叫びに鳥が驚き逃げていく。やる気満々のお祭り娘が現れた。
俺をにらみ歌いだす。
「キスさえしてない超越紅色。だけど中身はオーバースコア。私こそが真打ちの、竹に生まれ月を夢見る紅月照宵。王子様が現れるまで、おのれの
「紅月、降参だ。私は相生智太を諦める」
写真も諦めるから、ここから早く帰りたい。
遠い汽笛が聞こえる。俺の発言に彼女は怪訝な顔になる。しばらく考えて。
「じゃあ智太君はもう赤モスに変身しないんだね。智太君のままでコスプレして戦うんだ。私からもジジイに頼んであげる。OKするまでモスプレイを落とすって脅すし、実際に落とす」
その論法だと俺との話し合いだけで、赤い女同士の果たし合いは必要なくね? ……ジジイって碧菜だよな。司令官は影でくそくそ言うだけで、ふたつ返事で従うよな。メンバーの一部は、僕も私もと歓迎するよな。
自分で言うのもなんだけど、締まりのない本当の顔よりスカシバレッドで華麗に戦いたい。だから。
「私は彼を諦めるけど、相生智太とともに戦い続ける」
そう宣言する。スカシバレッドもそう思うに決まっている。
「はあ?」と紅月は声にだし。
「よく分からないから、やっぱり果たし合おう。十三夜!」
いきなりのモスプレイを落とした大技。
スカシバレッドはジャンボ機の胴体もある紅い光を懸命に避ける。背中に熱を感じる。……モスプレイはこれを喰らい墜落で済んだのか。俺は一撃で消滅する自信がある。
「ちょっと待――」
「十三夜、十三夜、十三夜!」
大技の連発。スカシバレッドは生死の境を感じながら空へと逃げる。
「十三夜、十三夜、十三夜、十三夜!」
なのにお祭り娘が両手で頭上に丸を描いたまま追いかけてくる。
「素早い蛾め。ミカヅキ! 十三夜、十三夜、十三夜、十三夜、十三夜、十三夜……。へっ弱い蛾め。とどめを刺されたくなかったら降参しろ」
「降参します」
直撃は避けたけど充分にライフを削られたスカシバレッドが、海に浮かびながら両手をあげる。これが司令官が教えてくれたチートって奴か。今まで経験してきたものと違う次元の戦い。
「相生智太を諦めますと言え」
ミカヅキに乗ったお祭り娘が俺を見おろす。
さっきも言ったと思うけど。「相生智太を諦めます」
「もう二度とスカシバレッドになりませんと言え」
それは言えない。
「スピネルクロス!」と心で叫ぶ。ソードを海の中で交差させる。
赤い光が海面から飛び出す。紅月照宵が手のひらを広げる。光の十字が霧散する……。
「弱すぎるよ! それでも私を守る王子様なの? 私は守備力も規格外だしライフが600あるから、あんな光6000回当てないとならないよ。しかも鳳凰すなわち不死鳥だから、ライフは一秒ごとに1回復するんだよ」
チートすぎる。ハデスブラックがかわいく感じてきた。
「海中に逃げても無駄。追尾型月明かりの二十六夜でずたずたに切り裂く。十五夜は使わないよ。ここには鳥さんの巣がたくさんあるから」
二十六夜とは、温泉ランドで戦闘員一団を七秒で壊滅させた奴か。切り裂くより分断だったな。あっちの技を選択されなくて助かった。……十五夜とは、島一つを消滅させると噂される、彼女の最強魔法。海鳥に感謝すべきなのか?
「じゃあ、大きくはっきり言いましょう。相生智太はもう二度とスカシバレッドになりません」
最終通告。
「拒むと?」
「つらいけど死んでもらう。言うまで何度も。……浮気しやがって。それくらい怒っているんだよ。その代わり、布理冥尊に殺されないように守ってあげる。私より強くなるまで」
彼女の目を見れば分かる。理不尽という言葉は存在しない、大正義の眼差し。こいつは自分の言葉を実行する。
「相生智太はもう二度と……竹生夢月を好きにならない」
スカシバレッドは言われるがままにならない。
「レベルが1になるまで殺されようと、スカシバレッドとともに戦い続ける」
一矢報いることだけを考える。
竹生夢月の動きがとまる。
須臾にして久遠。
彼女の大きな目から涙が転がり落ちる。
「だったら私も一緒に死ぬ!」
お祭り娘がかぐや姫に戻る。ミカヅキからダイブする。俺に抱きつき、俺と一緒に海の中で裸になって――。
太平洋の荒波の中で、相生智太と竹生夢月に戻る。