21 怒りが化す精神エナジー
文字数 4,163文字
『落窪さんは殺される直前に時間切れを迎えた。生き延びたけど精神エナジーは枯渇寸前。……隼斗君のお母さんに連絡した。救急車で運ばれたって。明朝、町田さんと一緒に向かう。……あの馬鹿にはペナルティが待ちかまえている。また入院になるだろうね』
作戦失敗とメンバーを多数失った責任。当然だとしても、一年の半分以上は病院暮らしではないか。
「ほかのメンバーは?」
小声で聞く。俺のベッドでは、桧が柚香に寄り添い寝ている。妹は目を開けている。柚香はうなされている。
『陽南ちゃんは化け物。電話をかけてきた。震える声で、死んでしまい申し訳ございませんでしたって。いくら彼女の心が強いと言っても、その後のことは教えていない。
陸さんは電話に出た。彼にはある程度教えた。……清見さんと連絡は取れない。彼は一人暮らし』
ハデスブラックへの怒り。レイヴンレッドへの怒り。
自分への怒り。俺がいたなら。
「柚香は引き渡さない。今から夢月に連絡する。彼女は柚香を守るためならば何でもする」
柚香だから赦すんだよ――。夢月は本部などより柚香を選ぶ。
『誰も彼女を本部に渡す気はない。……嶺真は敵に決まっていた。私たちが愚かだった』
茜音が電話を切る。
本部への怒り。逃げた柚香への怒り。
何よりも、みなを殺したレイヴンレッド。清見さんを襲ったハデスブラック。
俺は怒りがエナジーと化す。寄り添い眠られる必要ない。
俺は心に雪月花を思う。端末は現れない。
『智太君からスマホに連絡来るの初めてだ! すぐに目が覚めました』
深夜三時半に夢月の元気な声が響く。安らぎを覚えてしまう。
「雪月花の端末だせる?」
『うん。……あれ? また無くしちゃったかな』
「使えなくなったみたい。モスがみんなやられて、柚香は敵前逃亡した。俺の部屋にいる」
『なんで智太君の家に……それって叛逆者?』
「ああ。どうせ俺の家知っているよね? 今から来て」
『雪月花の端末は通信専用だから、なくても変身できるんだよ。でも、そのまま学校に向かえるようにバイクで行くね。この時間だと二十分ぐらいだったかな? じゃあね』
彼女は深夜にバイクで俺の家に来たことがあるらしく、魔法でなく無免許運転で学校に行くらしい。俺も三日後から学校か。たしか柚香も。茜音は――。
窓に何か当たる音がした。覗くと、蘭さんがいた。
***
「本部が端末を使えなくした。なので直接来た」
蘭さんは長袖Tシャツに白いチノパン。いつか見たカーディガンを羽織っている。妊婦にはまだ見えない。
「柚香の件ですよね? なんでここだと分かるのですか?」
「すでに本部の戦闘員がアパートに向かったらしい。不在だった」
戦いが終わり抵抗もできない柚香を拉致するつもりだったのか。
怒りが際限なく湧く。
「怖い顔するな。案内しろ」
「妹がいますが気にしないでください」
自分の部屋へと彼女を連れていく。
桧は起きあがっていた。ここに現れた女性は何人目だって顔。
「かわいそうに」と蘭さんが柚香の髪をさする。「私が匿う」
「蘭さんはもう変身できない。無理です」
「私には吉原の人脈がある」
「俺のが頼りになります」
きっぱりと告げて。
「怒るかもしれないけど、夢月も巻き込みます。というかすでに呼びました。もうじき来ます」
蘭さんの額に青筋が出現した。
「それは絶対に駄目だ。すぐに連絡して戻させろ」
「お兄ちゃん! この人は何様なの!」
桧が蘭さんをにらむ。
「あなたがすればいいのでは? それと、いつまでもこの人の髪を触らないでください。彼女は嫌がっています」
柚香から蘭さんの手を払う――。
俺はようやく気づく。
「春日!」仮面ネーチャーの端末が手に現れる。「降臨!」
スカシバレッドが出現する。両手にスピネルソード。
「アルティメットクロス!」
蘭さんが吹っ飛ぶ。……勘ちがいだったらどうしよう。でも、こいつは精霊の盾をまとっている。ならば、さらにもう一撃。
「アルティメットクロス!」
「ぬお!」
蘭さんに擬態した奴が、至近からのXを腕で受けとめる。
俺は桧に目を向ける。女性に変わった俺を怯えずに見ていた。柚香を守ろうとしている。
「貴様……」
おそらく春日である蘭さんが、口から血を垂らし立ちあがる。
「お前も叛逆者だ」
その手に端末が現れる。体が薄らぐ。
「行かせるかっ!」
スカシバレッドは春日に飛びつく。
時空に消えかかる肉体を引きずりだす。背中にスピネルソードを突き刺す。
「ぐえっ」と蘭さんの姿がフローリングに落ちる。その姿が溶けて……、巨大化していく。俺は蹴り飛ばされて机に激突する。
「ローカルが。私の特性は“粘土”と“鹿”。昔はネンドクンと呼ばれていた」
鹿の角を頭にはやした灰色の地蔵が現れる。
「……なに?」柚香が目を開ける。
「本部だ。じっとしていて」
「警察呼ぶ?」桧が言う。
「無駄だ。逃げろ」お兄ちゃんの口調になってしまう。
「ならば私はお母さんも守る。行こう」
桧が柚香を起こそうとする。異形が目で追う。
「親族だろうが――」
「アルティメットクロス!」
赤い光が、異形の腹にめりこむ。Xが飲み込まれ閉じられる。
「私は粘土だよ。致命傷は受けない」
地蔵の異形が笑う。その手が細長く伸びて、柚香を掴み引きずる。桧ごと。
「ざけんな!」
スピネルソードが異形の腕を斬りおとす。
落とした腕が這いだす。体につながる。
「ふざけているのはお前だ。ヘラジカ!」
鹿角が大きく広がり伸びる。
逃げようとするけど狭い空間。自分の部屋を壊したくないし。ソードで切っても別の角が生えてくる。硬い網のように捕らえられる。
「シルクイエローの店で、私のレベルを聞いたな? 教えてやる、191だ。お前らみたいなカスに負けようがない」
体中を締めつけられる。呼吸もままならない。
「お兄ちゃん!」
「行っちゃだめ!」
柚香が妹を抱いたまま白い光――。きゃあっと桧が逃れる。……妹は光に包まれて、変身しかけた。
続いて黒い光。黒神子が現れるなりよろめく。
「清め賜へ、強め賜へ」
それでも桧を背に俺へと御幣を祓う。
春日であった異形が嘲笑う。
「叛逆者に一度目の死を授ける」
異形の手がソードになり、深雪の胸に突き刺さる。
堪えようもない紅蓮。
怒りで充満。
「かすぐあああああああああ!」
すべてのエナジーを放出する。
「ひいいい!」
異形の角が溶けていく。
とどめより。
「解除しろ! 柚香に戻れ!」
「終わらせて。私が妹を守るから……」
深雪は崩れ落ちない。その目がスカシバレッドに戦えと訴える。
「二人とも死ね!」
ネンドクンがスライム状に盛りあがる。無数の鹿角が生えるのが窓ガラスに映る。
俺は桧と深雪を抱えようとする。相生智太より小さなスカシバレッドの体で。彼女の背中は化け物にむき出しだろうが。
「スカシバーニングクラッシュ!」
体から発する怒りの光に角が溶ける。なのにあらたな角が生じる。
化け物が角をこの子の背中に刺す。持ち上げようとする。スカシバレッドは悲鳴をあげない。二人を守るだけ。
「スカシバーニングクラッシュ!」
刺さった角は溶けるけど口には血の味。いつもと違う彼女の血の味。
バイクが停まる音がした。
「形状がない私は不死身だ」
スライムが天井まで広がる。俺を包みつぶそうとするけど。
不死身だろうが、こいつは終わり。
「スーパームーン登場!」
窓ガラスを破り、女剣士が飛びこむ。
「布理冥尊め、失礼つかまつる! 下弦の構え!」
鉢巻きからこぼれる赤茶色の前髪。強いけど脆い妖精の眼差し。
ソードを上段に構える。受けの必要なき威圧。
「姫の斬撃!!!」
ルビーソードの煌めき。紅色の太刀筋。
月明かりが一点に集中したかのような、陰惨たる滅びの光の剣。
「な、なぜ……」
切り裂かれた粘土の異形が消滅する。
「任務完了……」
深雪が消え、柚香がベッドに横たわる。
「お母さん大丈夫だよ!」
桧が階段を駆けおりる。
***
「あれは布理冥尊じゃない。春日だ。本部の人間だ」
奴を倒したことに
「似たようなものだし。それよりスカ怖いよ。怒っちゃ駄目だよ」
紅月に理不尽に睨まれる。
「自分の服を見てみな」
俺はスカシバレッドのコスチュームを見る。……濃すぎる赤。黒赤色。まるで血の色。慌てて変身を解除する。
「あっ智太君。さっきは一緒にUFOを落としたりして楽しかったです。私も夢月に戻ろう」
紅月も変身を解除する。制服姿になる。そのまま柚香の隣に潜りこむ……。柚香に抱きつきやがった。
「柚香と智太君の匂い……。登校するまでここにいるね。寝ちゃったら七時に起こしてください」
俺も一緒に寝たいけど、とりあえず夢月がいれば柚香は大丈夫。
で、俺がまずすべきこと。仮面ネーチャーの端末を操作する。機能を探っていたときに、たしかそれらしきものが……やっぱりあった。
俺は一階に降りる。
「何だったの? あなたはやっぱりおかしい。子どものころから……」
リビングで母が涙を流していた。桧が肩を抱いている。
「ごめんなさい」
俺は母に端末を向ける。記憶消去のボタンをタップする。クロ子がニャーと寄りそってくれた。
「お兄ちゃんはおかしくない。お母さんは混乱していただけ」
母を布団に寝かしながら妹が言う。深雪と一緒に変身しかけた桧……。
「彼女たちはまだ家にいる。夢月がいれば大丈夫だから、桧はお母さんといてあげて。お兄ちゃんはちょっとでかける」
「……お兄ちゃんが変身した女のひと。やっぱりお兄ちゃんの面影があった」
それは初耳だ。
俺は玄関で靴を履き、仮面ネーチャーの端末をだす。
……本部の人間を倒してしまった。もはやどうにもならない。どうせ夢月が味方になってくれる。彼女がいればみんな逃げる。
それよりも血の色。俺の怒りの精神エナジー。……たしかに原理主義かもな。
夢月が来なければ、春日を食い殺していた。なんてことはないにしろ。
行き先でガレージを選択。一人転送される。埃っぽくガス臭い部屋。
スカシバレッド専用の赤いバイクとヘルメット。それにまたがり、行き先をまた操作する。地図アプリの要領だ。
エンジンを起動させる。ふかせば江東区へ再度転送。